19 廃屋の一夜
ひっくり返ってはいたが廃屋にはテーブルも椅子もあって、ランプの下に並べると一応5人とも座れるダイニングテーブルができた。
椅子は6脚あった。
6人家族だったのかもしれない。
暖炉は使えそうだったので火を起こし、お湯を沸かした。
買い出してきた食料の中から干し肉と乾燥野菜とパンを人数分取り出す。干し肉は火で少し炙り、カップに乾燥野菜と調味料を入れてお湯を注げば簡易なスープになる。
「酒も少し買ってきたんだけど、こちらの酒は勇者様たちには合うかなぁ」
アリストーマが少し楽しげにそう言って、小さな器に酒を注いでゆく。
「合わなかったら言ってね。コロンが全部飲んじゃうから♪」
酒はなかなかフルーティで、アルコール度数はあまり高くないようだった。木の実を発酵させて作るのだという。
この世界にはアルコール度数の高い、いわゆる「強い酒」というのはないようだった。
酒は子供でも嗜むのだそうだ。
酒が入ったら、大鋸も少し落ち着いてきた。「ナンマンダブ」を言わなくなったのだ。
「幽霊の話だけどさあー♪」
「あわ……」
大鋸がまた青くなる。赤くなったり青くなったり、忙しい。
「するなよ、コロンさん! 勇者さん怖がってるじゃないか!」
「なにさ。情報はあった方が対処はしやすいでしょ。それでぇー」
大鋸が青くなって耳をふさいでいるのを、コロンが嗜虐的な笑顔で眺めながら話を続ける。
「話が途切れて沈黙が続くと現れるんだってぇ〜♪」
「だからって、その話題じゃなくてもいいでしょ?」
アリストーマがそう言ったあと、不覚にも一同の間に沈黙が流れてしまった。
あわわ……な……何か話さなくては……。とアリストーマが慌てる。が、すぐに話題は見つからない。
なにしろ異世界から来た人たちとの共通の話題なんか、そんなにあるわけもないのだ。
コロンさんは? と見ると、ワクワクしたような表情で成り行きを見守っている。
勇者様イジって楽しむなよぉ———!!
「ナ……ナンマンダ……」
と大鋸が言いかかったところで、大鋸の正面の石の壁あたりから何か白いモヤのようなものがふありと出てきた。
「ひい……!」
「出ぇ〜たなぁ〜」
コロンがにかっと笑って、指をパチンと鳴らす。
白いモヤは驚いたようなそぶりを見せ、慌てて石の中に引っ込んでしまった。
「あれ? 逃げちゃった……。捕まえてやろうと思ったのに」
コロンが残念そうな顔で石の壁を見る。
指の音が石の壁の前で鳥かごのような形になって、それから虚しくモロモロと消えていった。
「遊ばないでください。私たちには供養することはできないんですから。僧侶じゃないんで」
アリストーマがコロンの頭に手を置いて諭した。
「なんだよぉ。この前までアリスちゃんだった子がナマイキに」
「今は私が上司です。コロンさんが言ったように元は人間なんです。幽霊さんが気の毒でしょ?」
「はあ〜い」
「あのう……」
と事平がおずおず声を出した。
「幽霊になったということは、何かこの世に心残りがあるんですよね? それを聞いてあげたら成仏できるんじゃあ……」
言ってから、事平は(あ、ここの宗教では仏になるわけじゃないのか。だったら「成仏」もないのかもしれないなぁ)と思った。
「そんなの無理ですよ。ここには僧侶がいません。幽霊の声を聞くなんて……。まあ、一夜の宿だけ借りて、そっとしたまま明日旅立ちましょう」
アリストーマが毛布を頭からかぶって震えている大鋸に苦笑いしながら言った。
するとまた、石の壁から白いモヤが現れてきた。
コロンが嬉しそうに指を鳴らそうとするのを「ちょっと待って」と事平が止める。
白いモヤはやがて形を成して人の姿になった。大きさからして子供のようだ。それが何か言いたげに自分が出てきた石の壁を指さす。
「なんだろ? その石がどうかしたのかな?」
アリストーマが首をかしげるが、幽霊は何も言うわけでもなくただそこを指差している。
面田がすくっと立ち上がって、その石のそばに行った。
白い影のような幽霊は相変わらずただ指をさしたままだ。外形だけで顔がないので表情がわからない。
面田はそこにしゃがみ込むと、そのあたりの石を拳でコンコンと叩きはじめた。
「ここの石だけ薄い。周りの石との間に隙間もある。これ、引っ張ったら取れそうだぞ。なあ、鉋さ……ああ、そうか……」
面田が指をかけてぐいと引っ張ると、いちばん上の1枚がごとりと外れた。
その下の石は掛け金のようなものに引っ掛けられている。石の後ろは頑丈にできた木の扉だった。
大きさは大きくない。大人だとしゃがまなければ入れないくらいの大きさの扉だ。
幽霊は片側にちょっと小首をかしげて立っている。
もう指さしはしていない。




