13 空からの眺め
大鋸は手際よく材料にノミで仕口を刻んでいった。
「これぁ鼻栓って言うんだ」
得意そうに横材から突き出た長ホゾに短い棒のようなものをゲンノウでコンコンと打ち込んでゆく。
「これならしっかりして壊れることはねぇ」
「大丈夫だよ。壊れたらわたしが復元魔法で直してやるから」
コロンがけろりんとした表情で言う。
「元も子もねぇこと言わんでくれ……」
大鋸がこしらえた輿は長さ6.7ホイル、幅3ホイル(約2メートル×90センチ)の手すり付きの床のようなものだった。
手すりの高さは2ホイル(約60センチ)で、これなら事平たちも安心して乗っていられる。
「いやあ、いい眺めだ」
「飛行機とはまた違いますねぇ」
風を感じながら低空を飛ぶというのは、飛行機で高空から地上を眺めおろすのとは全く違う爽快感があった。
「空飛ぶ絨毯に乗ったらこんな感じなんだろうか?」
「あれはふわふわ形が変わるから落ちそうで怖いと思いますよ」
「その点、鉋さんの作った輿はしっかりしてるから安心感があるねぇ」
面田の言葉に大鋸がまた鼻の下を指でこする。
「なんでコロンさんまで乗ってるんですか?」
飛行魔法で輿を飛ばしながら傍らを飛んでいるアリストーマが不満そうな声で言った。
「魔力節約したいから♪ それに、2人で飛行魔法使うとバランス崩して輿が傾くかもしれないって言ったのトマちゃんでしょ?」
「縮めないでください」
空から眺めると王国はわりと起伏の少ない台地のような場所だった。その台地のところどころに深い亀裂のような谷が走り、その周辺には農地と農民の小屋が見えた。
あとは低い山々と森である。
遠く台地を囲むように険しい山々が望まれ、わずかに南西から西方にかけてのみ開けているようだった。
アリストーマの話では山岳地帯は魔物の棲み処で、その向こうはどうなっているかわからないということだった。
南と西の低地には海に面した別の国もあり、王国との交易もあるということだ。
「海にはまた海の魔物がいるんだよ」
コロンが風に髪をなぶらせながらそう言った。
「人やエルフの住める地はそう多くはない」
森が続く。
目指す紫魔山は、台地の果てに立ちはだかる壁のような山脈の中でもひときわ高くそびえ立つ急峻な山だった。
よく晴れた日には雪に覆われた山頂部も見えるという。
光のせいなのか、邪気のせいなのか、はたまた岩そのものの色なのか、遠目にもそのそびえ立つ峰だけがその名のとおり紫色に見えた。
風が気持ちいい。
てっぺんが禿げた頭に風を戯れさせながら風景を眺めていた事平は、谷から少し離れたところにある開けた場所の小屋の前で鍬のようなものを構えている女性の姿を見つけた。
女性の後ろに小さな子供が2人、隠れるようにして怯えている。
鍬を向けている森の中から、何か黒いものの足が出てくるのが見えた。
「あ、あれ……!」
事平が思わず指差すと、コロンがこともなげに言った。
「うん。さっきから魔力感知はしている。クー魔というザコ魔だけど、あのお母さんの魔力と鍬じゃちょっと手に余りそうだな」
クー魔と呼ばれた真っ黒なそいつは森から出てきた。
足が6本、黄色い飛び出たような目が3つあり、直径1メートルほどの饅頭みたいな形の胴体の半分くらいが裂けたような口だった。乱杭歯のような牙が並んでいる。
その口を大きく開けるとよだれが落ちるのがここからでも見えた。
母親と子供は餌にしか見えていないようだ。
「こんなところまで魔物が出るようになったのか」
アリストーマがため息をつくように言った。
「た……助けないんですか?」
「助けるよ? もちろん」
コロンが当然という顔でそう言うと、アリストーマが輿を大きく旋回させた。
勇者3人は初めて目にした魔物に向かって自分たちの乗った輿が下りてゆくことに、背筋に冷や汗を覚える。
これからあれと戦うのか?
いやまあしかし、戦うのは魔法の使えるアリストーマさんたちだと聞いてはいるけれど……それでも何かのはずみであんなのがこっちに向かってきたら——。
事平たち3老人には身を守るようなスキルさえない。
武器になりそうなものといったら、大鋸大工の持っている手ノコとノミとゲンノウくらいのものだ。
それでも事平は自分の言ったことに後悔はしなかった。見捨てて行ってしまう方がよほど後悔するだろう。
手すりにしがみつくようにしている勇者たちに向かってコロンがにっこり笑った。
「では勇者様、よろしくお願いします」
「「「え?」」」
「ザコ魔ですから♪」
え? いや……ちょっと……!




