10 復元魔法
朝風呂に浸かり、美味い朝食を食べてすっかり元気を取り戻した勇者一行がご機嫌で宿を後にしようとしたとき、宿の主人が言いにくそうにしながら声をかけた。
「あのう……勇者様にこんなことをお願いするのはなんなんですが……」
ん? と3人が振り向く。
「実は、この垂れ幕の後ろは壊れてしまっていまして……」
宿の主人の話では岩が落ちてきたとき、洞窟から突き出していた雨よけの庇が壊れてしまったのだそうだ。
勇者の一行を迎えるのにそのままでは——ということで、急遽あの垂れ幕を作って壊れたところを隠したらしかった。
「自分たちの魔力ではこれだけの大きなものを復元するのは難しく、王都の魔法士を待っていたところだったのです。まことに図々しいお願いとは存じますが……宿代は要りませんので……」
「なあんだ、そんなことなら……」
とコロンが言いかけるのを面田が止めた。
「ちょっと待てよ。復元魔法ではあの岩も崖の上に復元しちゃったりしないのか?」
「あ……」
「そしたらまたいつか落ちてくるよな?」
「ええっと……」
コロンが少し目をさまよわせる。
面田がにやりと笑った。
「ちょっと鉋さん。」
面田が紙に何やらサラサラと描いて大鋸に見せる。
「この大きさだったら、無事な材料だけで作れるんじゃないか? 鉋さん」
大鋸は面田の描いた絵を見てニカッと笑った。
「ああ、これならできるな」
何を言っているのかよくわからないという顔の宿の主人に向かって大鋸が胸を張った。
「俺がちょいと違った復元魔法を見せてやろう。時間は今日1日かかっちまうけどな。その代わりもう一晩泊めてもらえるか?」
アリストーマが渋い顔をしたが、大鋸が頼み込んだ。
「宿代タダにしてもらったんだ。少しくれぇは役に立っていかねぇと俺の気がすまねぇ」
大鋸は道具袋に入っていた折りたたみの手ノコとノミとゲンノウを取り出して作業に取りかかった。
面田がそれを手伝う。
「墨壺がねぇからな。おう、面田先生、アレが要るわ」
「ああ、アレね」
この人たちこれだけでわかっちゃうんだなぁ……。
事平はただ感心して見ていることしかできない。
手に職があるっていいなぁ……
大鋸は生き生きとした表情で仕事をしている。
破壊されてささくれだった材の先端を手ノコで切り落とし、寸法を測って同じ長さに切りそろえる。
ノミを使ってホゾ穴を掘り、端材をクサビに作り替える。ノコとノミでホゾの形を整え、先端をゲンノウでとんとん叩く。
「これぁ、木殺しってぇ技だ」
宿のスタッフのゴブリンが興味津々と言った顔でそれを覗き込んでいた。
庇を支える柱2本は石場建てとし、盛り上がった石の形に柱の端部を光った。
こうして大鋸は面田を「手元」に使って夕方までには小ぶりな庇を宿の入り口の上に作りあげてしまった。
釘やビスなとはあるわけがないから、何も使っていない。糊も使っていない。ホゾ差し、込み栓、クサビ打ちだけを使って固めた木組みの構造である。
面田が近くの木の皮を剥いできたので、庇の上は少し凝って檜皮葺きにした。(ヒノキじゃないから厳密には檜皮葺きではないかもしれないが)
宿の入り口は少しだけ和風の趣きになった。
「こ……これは……! なんという美しい……」
宿の主人の賛辞に、大鋸が得意そうに鼻の下を指でこする。
「他に修繕するところがあれば……」
「勇者様。一晩だけです。先を急ぎませんと……」
アリストーマがちょっと怖い顔で釘をさす。
そうでした……。本来の目的はこれではない。
それでも暗くなってから森を行くのは危険だからと、アリストーマは渋い顔をしながらももう一晩泊まることに同意したのだった。
「あ゛————! ゴクラク、ゴクラク」
光る=柱の端部を自然石の形に合わせて整えることで、見た目も美しく外れにくいように加工すること。
手元=職人の手伝いをする人のこと。たいていはその親方の弟子。
今回、少しばかり面目を取り戻した「勇者」2人。
しかし……
次回、「勇者」の役立たずぶりが際立ちます。(^◇^;)




