空白の三年 其ノ参
貴方以外は何も要らないから——
「朱斗くんを救うの」
——何故一之瀬が休日に尋ねてくるんだ?何故僕の家の位置を知っているのか?数々の疑念は残ったまま僕は薫子に言われる通り、玄関のドアを開けた。
「おい、どうしたんだ。こんな急に」
「あはは!パジャマだし寝癖も凄い!」
「お前のピンポンで起きたんだ。しょうがないだろ」
「いやーごめんごめん」
「てか一つ聞かせてくれ」
「何ー?」
「なんで僕の家を知っているんだ?」
「いや実はね、今日朱斗くんの家に行く夢を見たの」
なるほど。疑問の一つは消えた。
「そういう事か。と、言う事はお前は中学生の時に僕の家に来た事があると言う事か」
「多分そうだよね。夢でここまでの道を朱斗くんと一緒に歩いてて、それで中に入って…」
「おいおい、一番気になる所だぞ」
最重要項目と言っても過言じゃない。僕の家に一之瀬を連れ込んで、一体何をしたというのだ。一体何を。
「少なくとも朱斗くんが今思っている事はしてないよ」
「なんだ。根性ねえな僕」
「そもそもどんな関係だったのかも分からないし」
「そうだった」
仮に同じ状況になったとしても、今も昔も結果は変わらないのだろう。
「まあとりあえず、その夢を見て気になったから思い出しながら道を辿って行ったら、本当にあったの」
「なるほどな。距離的にはどうだった?」
「そんな遠くなかったよ。歩いて十五分くらい」
仮に忘れていたとしても、そんな近くに同じ高校に通う生徒がいたなんて。高校に入ってから地元で会った事は多分一度もない。一之瀬は恐らく僕より早く家を出ているのだろう。
「そんな近くだったなんて驚きだよ」
「本当にそうだよね」
「え、ここに来た理由ってそれだけか?」
「実はもう一つ言いたい事もあったんだよねー」
もう一つの疑問。ここに来て何をしたかったのか。僕は過去にも経験した、少しの期待と大きな不安を抱えて答えを待った。
「ねえ。今日暇だったら折角だし遊ばない?」
お母さんお父さん。産んでくれて有難う。待ち望んだ言葉だ。まずい顔がニヤけてしまう。大丈夫大丈夫。集中集中。
「ああ。丁度暇だった所だ。まあしかも、こんだけ朝早く起こされたんだし、遊ばなきゃ勿体ないな」
「んー?なんか顔ニヤけてない?嬉しい?」
「ああ。最高の気分だな」
「分かりやすいね」
最高だ。一之瀬、あの一之瀬とデート。また僕の逸話、いや神話が増える。今すぐ皆に自慢したい所だ。
…皆。昨日あのお爺さんに言われた事を思い出した。早くしないとまずい…か。まあこれも何か分かる手がかりになるかもだしな。そうだそうだ。これは手がかりを探すんだ。一之瀬と一緒にな。
「よし。準備してくるから待ってる間リビングにでもあがっとけよ」
「やったー!お邪魔しまーす」
入るやいなや、一之瀬は徐に壁や装飾品を見ている。
「やっぱり、夢のまんまだ。少し配置は違ったりするけど大体はそのまま」
「じゃあ、これで上がるのは二度目って事だな」
「いや二度目とは限らないよ?」
「ん?」
「もしかしたらまだ見てないだけで何回も来てるかもじゃん」
おいおいなんだか緊張してきたぞ。
「そうだったな」
「今エロい事考えたでしょ?」
「そりゃあもう、ご想像の十倍は」
「想像力豊かで何より」
僕は部屋に戻ってパジャマから着替える。私服を着るのはなんだか久しぶりだ。シャツはこれで、ズボンはこれで。…まあ一応パンツも替えとくか。一応な。いつ以下なる時でも、僕は準備を怠らない。
ついでにネックレスとかつけて、よし。次は髪の毛だな。
僕は洗面所に行って、髪を軽く濡らして乾かし、短い時間で髪を整えた。もう一度部屋に戻って荷物の準備をしようとした矢先、
「おい。僕の部屋で何してる」
「あ〜。いやーこれはー」
「言っておくけどな、今の時代アナログで持っている奴なんかいないぞ」
「べ、別に探してた訳じゃないし。ちょっと夢の内容と比較してただけです」
「ベッドの下まで比較する必要は何処にあるんだ。って夢で僕の部屋まで来たのか?」
「そりゃ勿論」
「おい。まじでどんな関係だったんだよ」
「それは私も分からないよ。また新しく見たら分かるかもね」
期待が膨らみすぎるな。気になりすぎる。
「まあとりあえず、もう準備終わるから、大人しくしててくれ」
「最初から私は大人しいよ」
一之瀬はそう言いながら僕のベットに寝転がる。それには触れず、チラチラと見て堪能しつつ準備を進めた。
「よし。行くか」
「ラジャー」
僕等は玄関を出て、駅まで並んで歩く。
「なんか行きたい場所とかやりたい事ないか?」
「私、鎌倉行きたい!」
「まるで事前に決めてたみたいな早さだな。まあ良いな。ついでに海でも見に行くか」
「やったー!」
激アツ展開に心が踊る。一之瀬と二人で海か。燃える展開だ。
最寄り駅に着き、小田急線の改札を通って、藤沢行きの電車に乗った。同じ電車の同じ号車で隣同士に。
「そういえば、今日の夢の内容まだ詳しく聞いてなかったな」
「あー、そうだね。えっと最初はいつも通り三人称視点で見てる感じ。そこから二人で一緒に帰ってて、それでそのまま朱斗くんの家に行ってた」
「そう聞く感じ、僕と一之瀬はそこそこ仲良かったんだろうな」
「うん。そう見たい。でも高校入ってからはお互い名前すら知らない状態になってた訳だよね」
「ああ。多分それも変異によって消されてたんだろうな」
「なんだか不思議だよねー」
「本当にな。まだ一週間程度の記憶しかないのにな」
「え、てかなんで私最近になって朱斗くんの夢を見るようになったんだろ」
「確かに、一年の時から記憶が消されてたとしたら、その時から見ててもおかしくないよな」
「なんでだろう。私達の因果とか?」
「まあそんなとこだろうな。一之瀬があの時話しかけた瞬間、止まっていた記憶と消されていた記憶が、動き出した、的な」
「まあこうしてもう一回出会えた訳だし、巡り巡って同じ所に来れたのかな」
「そうだな」
藤沢に着いた。体感早く着いた気がする。電車内では僕等の会話は度切れる事はなかった。出来ればこの時間、一之瀬が隣にいて、滞りなく会話出来るこの時間が永遠に続いて欲しかった。そういえば一之瀬の下の名前は永遠と書いてトワだったな。いい名前だ。
僕等は小田急線から江ノ電の改札方面へ向かった。
「なんだか海の匂いしてきたかもー」
「流石に早いな」
江ノ電の改札口を通過し、丁度止まっている鎌倉行きの電車に乗った。電車は江ノ電を象徴する緑とクリーム色の様な色をしている。
電車内には思ったより人は少なく、余裕を持って立っていられる程だった。しかし一之瀬との距離は近く、肩が当たるか当たらないかのスレスレだ。全神経をそこに持っていかれる。景色を見たいというのに。
電車はさっきの小田急線とは変わり、ゆっくりと住宅の間を走る。窓から手を伸ばせば届いてしまいそうな距離だ。その家に住んでる人は毎日どう思ってるのだろうか。お世辞にもその家には住みたくない。
数駅止まった後、江ノ島に着いた。ここでかなり人の増減があった。
「江ノ島かー。行きたいな」
「次は夏にでも行くか」
「次の予定立ててくれるの?なかなかテクニシャンだね」
「何処が」
江ノ島を出た後、腰越に着き、住宅地を抜けた先には、道路沿いに敷かれたレールへと進路を変え、景色は何処までも続く水平線が拡がる、なんとも美しい物になった。観光客らしき人がスマホを構えてる。僕も1枚写真を撮った。一之瀬も同様に。
「何回か写真で見た事はあったけど、こんなに綺麗だったなんてね」
「こんないきなり開けるなんてな。動画を撮っておけば良かった」
僕らが知っている美しさとは対照的な、緑と青、山と海。しかしどっちが良いとか決めつける様な物じゃない。どちらにも良さと悪さがある。そもそも人間程度が比較していい代物じゃない。
鎌倉高校前で一気に観光客が乗り降りする。恐らく日本一有名な踏切で有名の、あの場所に行く為だろう。坂から始まり、それを横切る線路を走る江ノ電。先に広がる水平線。今僕らは撮られる側になるのだ。
一瞬人混みが見え、恐らくあの場所がそうであろうと簡単に予想がついた。
次の七里ヶ浜についた。ここは帰りに降りる予定だ。あの海から見える景色は人生で一度は見てみたい。
その後も数駅揺られ、距離の割には時間がかかったが、鎌倉に到着した。
「案外長かったね。もっとすぐだと思ってた」
「ああ僕もだ。電車が遅いからだな」
「でもその分景色はじっくり見れるから、一長一短かな」
「そうだな。あれは確かに美しすぎた」
鎌倉駅から少し歩いて小町通りを歩く。店は沢山あっても、同じような店が多い為、どれを行くべきか悩む。僕は悩んでいたが、一之瀬はそうではないみたいだ。
「え!この抹茶ソフトクリーム食べたい!」
「ああ。美味そうだな。抹茶は結構好きだ」
人に譲らない精神がこういう場では重要だ。正直ありがたい。実際抹茶ソフトクリームはとても美味そうだ。値段は六百円だが、それを高いとは思わない。僕等は少し列んでから無事買う事が出来て、一口食べてみた。
「ゴホッゴホッ」
「あはは!粉吸い込んだ?大丈夫?」
ソフトクリームの上にかかった抹茶の粉を吸い込んでしまった。そうだそうだった。これ系の上に粉がかかってるやつは、かぶりつくんじゃなくて舐めるのが正解だ。死にそうだ。
「ちょっと食べ方間違えた」
「本当。ちゃんと考えて食べなきゃ…ゴホ」
「ん?どうした?」
「いや…なんでも…ゴホない」
こいつめっちゃ咳我慢してる。小馬鹿にした手前、まさか自分がなるとは思いもしなかっただろう。恥ずかしさと苦しさで顔が真っ赤だ。面白いやつだ。
朝ご飯も食べずに昼になってしまった。腹の中には何も入ってないみたいに空か空かだ。食べ歩きだけでなくちゃんとご飯を食べないと、この先もつ保証はない。
「何処かで昼ご飯を食べないか?」
「そうだね。今にもお腹が鳴りそうでヒヤヒヤしてたとこ」
「もう少し言うのが遅ければお腹の音を聴けたかもしれなかったのか」
「流石にそれは気持ち悪すぎない?」
「厳密にはお腹の音に興味は無い。それを聴かれて恥ずかしそうにしている姿を見たいんだ。羞恥という感情は、多数の行動と直結しているからな」
「なんだか意味は分からないけど理由は分かった」
「簡単に言うと恥ずかしそうにする姿は可愛いと言う事だ」
「可哀想は可愛い的な?」
「ビンゴ」
そんな事言いながら、今の腹に何を求めているか模索している最中、元気の良いお姉さんが近づいてきた。
「そこのカップルさん。ここ食べてかない?」
「いや別にカップルって訳じゃ…」
「カップルです。三年目です」
「三年か。いいねぇ。ここの海鮮丼、お昼ご飯にどう?今なら空いてるよ」
「本当ですか?ここで良い?朱斗くん?」
「ああ。大丈夫だ」
正直この店がなんの飲食店なのか聞いてなかった。
「うわ〜どれも美味しそう!」
「まあそんな事より、どうして嘘をついた?」
「まあー、流れに身を任せてた」
「もはや遠回しな告白かと思ったぞ」
「もし仮に告白だったらどうする?」
「そんな在り来りなラブコメ展開お呼びじゃない」
「正直?」
「最高だ」
「それ好き」
僕は漸く、この店が海鮮系の店だった事を知った。一之瀬はもう選んでいるみたいだ。僕はメニューの隅々まで見る事は無く、目に付いた美味しそうなセットを頼んだ。
海鮮丼が来た。一口食べると箸が止まらない。矢張り海が近いので、心做しか新鮮な気がする。そうでなくても、この美味さは格別だ。
「美味しぃー!」
「だな」
本当、幸せそうに食べる。いい顔だ。
狙った訳じゃないが、偶然同じ商品を頼んでいた。この海鮮丼の美味さは共有済みだ。
ふと我に帰る。刻一刻を争う変異との戦い。消えた人々。原因。
不安が募る。そうだ。そうなんだ。僕は変異を解決するまで、それを忘れる事等出来ない。喜怒哀楽の全てに、不安が加わる。目を逸らしても何も解決しない。忘れる事も出来ない。僕は…
「ねえ!聞いてる?」
「ああ。それな。マグロ美味いよな」
「聞いてないじゃん!」
「ごめん。なんて言った?」
「この後何処行く?って」
「んー、とりあえず鶴岡八幡宮行こう」
「あ、良いね」
海鮮丼も食べ終わり、席を立つ。そのまま小町通りに戻り、鶴岡八幡宮へ向かった。
「そういえば一之瀬」
「なぁに?」
「お前って立花と面識あるか?」
「ん〜ある事にはあるけど、別に友達とかでもないかな」
僕が変異に取り憑かれてるのは分かる。只それが一人かどうかは確定してない。何故一之瀬は僕と同じように記憶を消されたのか。一之瀬だって変異に取り憑かれている可能性だってある。それか、何か立花と繋がりがあれば、糸口とまでは言わないが、真相の伏線位にはなるのではないか。
いや待てよ。もう充分伏線は見つかっているのかもしれない。僕等の記憶が消えているのには共通点がある。それは察しの通り、同じ中学校だからだ。そして中学校の記憶が消された原因は、
僕等が中学の記憶を有したままだと、変異した世界にとって不都合だから。
現在の出来事には干渉できる。例えば人が消える事。実際それも、何故他の人は出来なくて、僕等には出来るのか。その理由は全く分からないが、何かしらの原因がある筈だ。しかし、過去に関しては、推察出来る要素がある。予想はズバリ、過去は書き換えようがないからだ。足手まといの過去をどうするか。考えられる事は一つだ。
消すしかない。
一先ずはこの仮説を信じる事しか出来ない。これ以上は何も思いつかない。矢張り、何かを変えないと。何かを。
「ねぇまた上の空。心ここに在らずって感じ」
「ああ、ごめんごめん」
「分かりやすく何か悩んでるね。何?」
「変異についてだ」
「随分漠然とした悩みだね」
「まあ少し詳しく言うと、何故僕等は人が消えた事を認識出来るんだろうって」
「…」
一之瀬は黙りだ。そりゃそうか。いくら一之瀬でも、少し無茶振りが過ぎた。
「分からないけど、雨宮くんが見える原因は少し分かるんじゃない?」
「え?分かるのか?」
「まああくまで予想だからね。もう一回確認するけど、変異を起こすには莫大な想いが必要なんだよね?」
「そうだ」
「じゃあその変異を起こした人が、雨宮くんに対しては、その消えた事を認識出来る世界の方を望んだからじゃないかな?」
理屈が分からない。これが理由で認識出来るのだとしても、そうするメリットが浮かばない。認識できない方が、こうして今も、思考し、疑問に思う事もない。何故だ。
「まあ、そういう事なんだろうけど、何故だ」
「理由とかじゃなく、本当にその世界を望んでいるだけなんだよ。多分ね」
「まあ僕の理由がそうだったのだとしても、じゃあ一之瀬は何故なんだ?」
「それは…分からない。体質的な要因かも?」
でもまあ今更理屈だの理由だの考えても埒が明かない。考えるだけでなく行動しないと。
数分歩いた先に、鶴岡八幡宮が見えてきた。神社や鳥居を見ると、立花と行ったあれを思い出す。あの時は本当に死ぬかと思った。失神から目覚めて、あの後一之瀬と合わなければ、僕はどんな行動に出ていたのか。安全は保証出来ない。
神社まで続く、大きな道を歩く。僕等にとっては余分なスペースが多すぎる。そのほんの一角に手水鉢がある。そこで作法に従い、身体を清め、その先の階段を登った。
登った先に本殿が現れた。目の前にお賽銭箱がある。これは流石に存在するお賽銭箱だな。周りの人も参拝している。それを見て少し安心した。
「いくら入れる?」
「私は参拝の時は必ず五百円」
「結構な額、神に募金してるんだな」
「そう言う朱斗くんだって百五円入れるつもりなんじゃない」
「百円だけじゃ、周りの人と違いが無いから埋もれてしまう。でも百五円なら神から見ても見つけてもらいやすいだろ?」
「今、口に出さなければ完璧だった」
「お前に嵌められた」
お賽銭箱にお金を入れる。二礼二拍手一礼。周りの人より少し長く、そこに居続けた。
「なんてお願いしたの?」
鳥居を潜る直前で聞いてきた。
「予想はつく筈だろ?お前は過去に僕の絵馬を見ている訳だし」
「そうだったね。平穏な日々。過去の日々」
「あの頃…」
何故かその後の言葉が続かなかった。しかし僕は気にせず、一之瀬にも同じ事を質問した。
「元の世界に戻りますように」
「そうだな。早く終わらせよう。終わらせて、皆で飯でも食べよう」
「そうだね」
——元の世界。朱斗くんの目を、覚ませますように。
僕等はそれから、フラフラと気になる店に立ち寄ったり、食べ歩きしたり、雑談しながら、一秒一秒噛み締めて、時間を過ごした。
最後に寄った店の鎌倉のお土産コーナーにて、僕等はお土産を選んでいた。しかし僕に関しては誰かに上げるお土産ではなく、自分へのお土産を買うつもりだった。そこで一之瀬が声をかけてきた。
「ねえ。なんかお揃いの物買おうよ」
「それはいい。まるでカップルだな」
「最早言いたいだけでしょ?」
「そうでもない」
「あ!このキーホルダー可愛くない?」
見せてきたのは三日月のような形をしたキーホルダー。まあ可もなく不可もなくって感じだ。
「ああ。じゃあ僕は赤を買う」
「じゃあ私は青」
値段は五百円。そこそこお手頃だ。一之瀬はキーホルダーを大事そうにしまった。僕もバックにしまった。
僕は考えている。愉悦、歓喜、疑念、不安。様々な感情が右往左往している。そんな状態で電車に揺られていて、気づいたら七里ヶ浜に着いた。一度ここで降りる。短いプラットフォームに、無人の改札。駅から出て、海に向かう道を歩く。左手側にあるコンビニの前の横断歩道で止まり、青になって歩き出した先には、写真で見た美しい七里ヶ浜の海が、視界いっぱいに映し出された。
「初めて本物の七里ヶ浜を見た」
「初めて…ね。どう?綺麗?」
「想像の二倍位」
「そうでもない?」
「いや、僕の想像力が高かっただけだ」
丁度時刻は五時を過ぎた。この時間になると空がオレンジ色に染まる。それが余計に海を美しく照らす。天国はこんな場所何だろうか。
「江ノ島見えるよ。綺麗だね」
「ああ。次、一緒に行こう」
「ねえ。また、その言葉の繰り返し」
「え?」
…あ?
——気がつくと、僕は自室の布団の上に座っていた。あれ?僕は何故ここにいるんだ?さっきまで一之瀬の七里ヶ浜にいたよな?夕日の中奥に見える江ノ島を見て、それから……。
そこから何も思い出せない。最後に一之瀬が不思議な言葉を放って、その言葉が訳わかんなくて、そして僕は一之瀬の方を振り返って…それで?
我に返り、スマホで日にちと時刻を確認する。
西暦二千二十年四月十五日、日曜日。時刻は七時。
どうやら夢という事では無さそうだ。僕等は土曜日に鎌倉へ行った。そう断言する極めつけの理由は、お揃いで買ったお土産のキーホルダー。それが大事そうにしまってあったからだ。
七里ヶ浜に行くまでの記憶は鮮明にある。愉しく、安心する時間だった。しかし、あの後の帰りが何一つ思い出せない。どうやって帰ったのか、どういう会話をしたのか。
本当にあの時、瞬きして、目を開いたら自室だった。そんな感覚だ。
あ、そういえば行く前、一之瀬がこのベットで横になっていたよな。
僕は何も考えず、本能に任せて、身体を動かした。その結果、一之瀬と同じ位置同じ向きで横になっていた。ほんのり薫る、自分とは違う匂い。それを堪能していた矢先、布団の中に紙が入っている事に気づいた。
「ん?」
僕はその紙を広げて確認しようとした瞬間、何か嫌な予感がした。悪寒がする。それでも僕は紙を広げて内容を確認した。してしまった。
僕は…狼狽えた。
——嫌な夢を見たの。本当に嫌な夢。でも…まだ、その過去が確定している訳じゃない。もう少し、様子を見させて欲しい。朱斗くんにはこの件の事、話すべき状況になったら話すから、それまでは、何も聞かないで。知らない方が、朱斗くんにとっては幸せだから…。
どうかこれが、「真実」では無い事を、願ってる。
嫌な夢。話すべき状況。知らない事の方が幸せ。
手紙の中身。
——真実。
二千二十年四月十四日
二千二十年四月十五日




