空白の三年 其ノ壱
貴方以外は何も要らないから——
「夢の内容。真実」
——左右に広がる田園風景に、一直線の道路。見上げると、麦わら帽子を被った白いワンピースの少女が前にいる。その少女がこっちに手を伸ばした。
「ねえねえ!貴方の名前はなんて言うの?」
「…」
「朱斗!朱斗くん!よろしくね!」
「…」
「私 の 名 前 は……」
——目が覚めた。僕は鬱蒼とした暗い森の中、うつ伏せで倒れている。どうやら気絶していたようだ。にしても、何だ。今の…。「私の名前?」
そうだ、神社に行こうとして、ここに来て、それから…
「っ!!!」
昨日の事を思い出そうとして、頭に激痛が走った。一先ずここを出たいのに身体が動かない。金縛りか?でも正直、動かせなくて正解な気がする。今動かせば多分、心臓がはち切れる。そんな予感がする。
昨日まではあった、ある筈だった神社が、今朝来たら消えていた。跡形もなく。
唯一残っているのは、昨日僕等が投げ、書いた、小銭と絵馬のみ。この二つとも、昨日新しく追加された要素という共通点がある。この状況から察するに…
昨日から、あんな神社は存在してなかったという事。
「まさか…いや、やめておこう…」
——僕はこの日のこの瞬間に考え、そしてすぐやめた、恐ろしく、悍ましい仮説が、この先の未来と大きな関係を持つ事をまだ知らない。
やっと上半身は動かせるようになったので、匍匐前進で昨日書いた絵馬の元へ行く。少々時間をかけて近くまで行った時、僕はある変化に気づく。僕等は二人でここに来て、各々絵馬を書いた。必然的に絵馬は二つある筈だ。なのに何故だ。
一つしかないぞ?
僕は傍にある裏返った絵馬を表向きに返した時、またも僕の心臓は波打った。
——今の日々。
僕は昨日、「過去の日々」と書いた。それが斜線で消され、その下に「今の日々」と書かれている。僕の筆跡じゃない。という事は誰かがここに来て、絵馬の内容を書き換えたという事だ。悪寒がする。神社がある訳でもないし、誰がこんな森の中に来るんだ?
「(ザッザッザッ…)」
二足歩行の何かが歩く音が聞こえる。後ろに誰かいる。足音は徐々に迫ってくる。振り向きたくない。怖い。恐怖で頭がおかしくなりそうだ。
目を瞑り深呼吸して僕は徐に後ろを見た。
木と木の間から人影が見える。僕は警戒態勢になる事も逃げる事もできない。ひたすらその人影を見ながら深呼吸をしていた。もう顔が見えそうな程近づいた矢先、一筋の声が聞こえた。
「あれ?朱斗くんじゃん!」
「一之…瀬?」
一之瀬?何故ここにいたんだ?僕はますます混乱する。
「何してんのこんなとこで倒れ込んじゃって」
「ちょっと色々あり過ぎてな。話すと長くなる」
「今日学校いなかったよね?まさかずっとここにいたの?」
「ああ。そうみたいだな」
「なんで他人事なの」
一之瀬と話せて少し楽になった。でも何故だ?なんでこんな森の中にいるんだ?
「てか、一之瀬こそ何しにこんな森に来たんだよ」
「いや、それが今日話したかった事なんだよ!」
「話したかった事?」
「そう。私が今日見た夢」
「え、今日も見たのか?」
「だから、それを話にそっちのクラスまで行ったのにいなかったから」
ここに来る理由になった夢。僕の中学の出来事と関係しているのか?
「それで、どんな夢を見たんだ?」
「うん、大体の内容は前とそんな大差ないの。朱斗くんの中学の頃の日常が見えてる感じ」
「大体って事は他の夢も見たって事だよな」
「そう。それは目が覚める直前でみたの」
一之瀬は少し間を開ける。僕はその間、瞬きもせず息を呑む。
「…私、夢でこの場所に来たんですよ」
「…まじで?」
「見た時間も短いし内容も全然覚えてないの。でも唯一覚えてた事があって」
「…うん」
「床に転がってた絵馬に「今の日々」って書いてあった事」
「今の日々」それは僕の絵馬から上書きして書いてあった言葉だ。どうして夢の中の絵馬が?
「私はどうもここが気になって、学校終わりに来たら、まさかの夢と同じように、絵馬が床に転がってたの。でもそこには、今、じゃなくて「過去の日々」って書いてあって」
「夢がこの変異を紐解くヒントなのは確かだけど…まるで分からないな」
「そもそもなんでこんな所に絵馬が落ちてるのかな?」
「ああ、実はその絵馬、僕が書いたやつなんだ」
「…冗談?」
「こんな時に冗談つく奴がいるか。まあそれで僕は絵馬にこう書いた。「過去に日々」と。でも一之瀬が見た夢は「今の日々」尚且つ今ここにある絵馬にも同様な事が書いてある。夢で見たやつは分からないが、今ここにあるやつは、誰かが昨日今日で上書きしたことになる」
「え?昨日来たの?ここ?」
「ああ、まだなんの説明もしてなかったな」
僕は昨日、立花と神社に行った事、その神社がここにあった事、そして消えている事、それに加えて、前まで言ってこなかった変異の事を軽くまとめて、その全て話した。一之瀬には他とは違う何か特別なものがある。それはきっと役立つ筈だ。
「面白い話ですね。いつアニメ化するの?」
「そうだな。この問題が解決したらアニメ化してやるよ」
「じゃあその時は私をヒロインにしてね?」
「考えておく」
「じゃあ、私も張り切りますか!頼りたい時もそうじゃない時も何でも言ってね!私は朱斗くんに何も言わずに消えたりしないから!」
何も言わずに消えたりしない、か。
期待はしない。期待はしない。うん。大丈夫。
「あ、言うの遅れたんだけど、そこにある絵馬を書き換えたのは私です」
「…ん、なんでだ?」
「なんか、この「過去の日々」と書いてある絵馬がとても気持ち悪かったの」
「いくらなんでもそれは酷いだろ」
「ああ、違う違う!なんか、夢の内容と違うと、こう頭が変な感じになるというか…」
「だから無理矢理書き換えた訳か」
「ご名答」
なんとなくだけど、気持ちはわかる。過去の出来事が夢に出てきた時、それが事実と違っていたら変な気分になる。それの夢と現実、未来と過去が入れ替わったバージョンという事だろう。
「で、いい加減立ったら?」
「いやあのだな……あれ?」
普通に立てた。
「よし、一之瀬。もう行こう」
「う、うん(何だったの?)」
森を出たら世界はオレンジ色に染まっていた。夕日が僕等を照らす。僕からしたら、ついさっきまで朝だったので、まるでそれは朝日に見えたが、ちゃんと西からの光だった。
「綺麗だね」
「ああそうだな。嫌な記憶を忘れられる」
一之瀬は嫌な記憶には触れてこなかった。触れてこなかったというか、知っていたから聞かなかったのだろう。
「そういえば、今日休んでる事学校に伝えてないよね?」
「ああ。そうだな」
「大丈夫なの?親に連絡とか行くかもよ?」
「僕の親は寛容だ。恐らく、サボったとしか思わないだろうな」
「羨ましいなあー」
「そっちは厳しいのか?」
「まあね。小さい頃から習い事は沢山させられたし、今だってちゃんと勉強しないと怒られる。サボるなんて考えるだけでも恐ろしい」
「お嬢様は大変だな」
「お嬢様って言うな」
「じゃあお姫様」
「よろしい」
今までこのお姫様は、その明るい性格と多彩な能力で、クラスの代表として皆を引っ張っていたらしい。英才教育の賜物だ。
「なあお姫様」
「なーに?」
「…中学の頃の話をしよう」
「記憶がないのにどうやって話をするの?」
「想像でもいいぞ」
「…私は、朱斗くんとよく遊んでたんじゃないかな?」
「一之瀬が僕とか。それは羨ましいな」
「羨ましいって、朱斗くん自身だよ?」
「そうだった」
実際にどうなのだろう。僕と一之瀬は中学の時どんな関係だったのだろう。まだ一之瀬と知り合ってからは日は短いけど、実はもっと前から知り合っていたのかもしれない。
いやでも、僕みたいな奴と一之瀬のような人は、相反する。思春期真っ只中の中学生なんかは尚更だ。やっぱり同じ中学というだけで、知り合いではなかったのかもしれない。
今の情報だと、この程度の深堀しか出来ない。一之瀬の夢があるにしても、それに決定力はない。何かもっとこう、決定力のある情報が手に入らないものか。
「じゃあ明日は寄り道せず学校来てね」
「ああ。変異に遊ばれない限り、僕は学校へ行く」
一之瀬は駅からバスに乗る。少しだけ離れた所に住んでいるそうだ。僕はそれを見送って、その後電車に乗った。
今日の授業の内容は明日立花に聞くか。てか今日の学校、立花一人だったのか。ちょっと可哀想だな。明日ちゃんと謝っておくか。
そういえば昨日は立花と一緒にここへ来た。立花にも神社は見えていた筈だ。いや、最初から立花にはそんなもの見えてなかったのか。僕の幻覚か。
あるいは、変異か。
どちらにせよ、明日立花に聞いてみる他ない。
玄関前についた。あの件から、玄関前につくと少しの動悸が起こる。あの瞬間がフラッシュバックする。ドアノブに手をかけ、勢いよくドアを開ける。
「あ!!」
「んー」
今回も目眩は起きなかった。今まで何故起きていたのか。何か原因があるのだろうか。
「しゅうー?そういえば今日学校から電話あったよ。あんたどっかでサボったの?」
「ああ、ちょっとどうしても外せない用があってな」
「そんな事なら隠す事ないのに。せめて休む時は一声かけてくれ」
案の定、薫子から聞かれた。でも想像通り。理解ある母で良かった。まあ嘘はついたけど。
僕がリビングで寛いでいると、扉が開く音が聞こえた。いろはが帰ってきたようだ。
「あ”あ”ー疲れたー」
いろはは僕が横たわっているソファーに倒れるように寝転んで来た。窮屈だ。
「邪魔だどけ」
「私は部活で疲れたの。その席を譲りなさい」
「その理屈は通らない。もっと理論的に話せ」
「男子は女子に優しくするもんなの」
「残念ながら僕は男女平等に扱う。優劣に関しては個人の問題だろう」
「あんた、男は仕事、女は家事とか、そういう思想持ってる?」
「いや、自分の得意分野で家庭を支えるべきだ。もし被った場合はジャンケンでもすればいい。ジャンケンは平等だ」
「あ!いいかもそれ。私はダラダラする係」
「そりゃあいい。ジャンケンに勝てばお前は自由になる」
僕は男尊女卑だの男の責任だの語ってる奴がこの世でで二番目に嫌いだ。最早、女尊男卑とまで言える程の思想を持ったフェミニストや、女性専用車両という問題まで、僕は全てに冷笑する。
異端フェミニストは手に負えないが、電車の件には一つ考えがある。一号車が女性専用車両なら、最後尾の車両を男性専用車両にするべきだ。それが公平だ。僕はどちらかと言うと、平等より公平の方が好きだ。平等も差別の一環に過ぎない。高い能力を持った者が損をするからだ。
因みに一番嫌いなのは革命だ。男性専用車両の導入や、消費税の撤廃など、起こすべき事はあるが、世界を揺るがす程の革命を起こそうとする奴はどうかしてる。不自由なく暮らせたら、それでいいじゃないか。
天動説や地球平面説が現代まで事実として言い伝えられてたとしても、不幸せな暮らしになる訳ではない。知らなければ何も問題は無い。
例として上げる地動説は、様々な人が苦労を重ねて、証明されてきたが、その背景には残虐な拷問や、非道な扱いを受けてきた歴史がある。そんな血と涙で証明された地動説も、確かに世界は変えたが、大多数の人の暮らしまでもは変わる訳でもない。努力と結果が釣り合ってない。
だが、今回の件に関しては、その半々だ。世界を変える程の想いで実際に世界を変えてしまった。これは、努力と結果は釣り合う。犠牲ではなく、想いだけで世界を変えるからだ。でも僕は、現代のこの世界を変えようとする革命は嫌いだ。
だから僕は、変異を起こした奴に同情も批判もしない。救ってやるのだ。止めさせてやる。
「何ぼーっとしてんの。早くどいてよ」
「これから世界を変えようとする奴に言う言葉か?」
「は?」
薫子が夕食を並べている。今日はカレーらしい。まあ匂いで薄々気づいていたけど。そんな事を思っているとまた、玄関の扉が開いた。
「無事帰宅」
「あら、今日は少し早いわね」
「運動ついでに今日は歩いてないからな」
「運動するなら歩いた方がいいんじゃないの?」
「いや、常に走ってた」
こいつは父の雨宮志朗。自由な奴だ。
それにしても常に走ってたって、まさか会社内や電車内でもそうだったと考えると、こいつの子供である事が屈辱すぎて死ねる。
四人同じ机でカレーを食べる。
「なあ薫子」
「んー?」
「このアメーまだあるか?」
「ん?アメーって何?」
「甘いカレーのこと」
「辛えが由来じゃないから」
そんな他愛もない会話を聞いて話して、アメーを食べ終わり食器を片した。僕は寝る準備を済ませ、布団に入った。
最近はいつも、寝ようと目を閉じるとその日の事が頭に思い浮かんでくる。本当にそろそろこの問題を解決したい。しかし解決するにはその人物の特定と、想いの原因の解決は不可欠だ。どれもまだ正確な解決策などない。仮に人物を特定できても、その想いを変えさせる事は出来るだろうか。元の世界に戻るだろうか。
いつも僕は蓋をしてしまう。もし、西園や野々宮が戻らなかったら。その起こりうる未来が怖くて、行動に移すのを遠回しに避けてる。でもこれ以上人を失いたくなくて。全てが怖い。想いの内容も原因も。全てが。
「(いつか、立花と野々宮と一之瀬も入れて、西園達と全員で旅行とか行けないかな)」
——そんな夢を描きながら、僕は本当の夢の世界へ行った。
「新学期楽しみだね!私達もう中二だよ?」
「…」
「だよねー!クラス替え楽しみ。一緒のクラスになれるかな?」
「…」
「神様に頼っちゃダメだよ?自分に頼らなきゃ」
「…」
「うん!違うクラスになっても沢山遊ぼーね!」
——朱斗くん!
二千二十年四月十二日




