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僕のクラスメイトは君一人  作者: 綾小路ハオ
第壱篇 君と僕だけの教室

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4/12

君と僕だけの教室 其ノ肆

貴方以外は何も要らないから——

「それでも私。一方的な愛なんて嫌」


——辺りが暗くなる。

理解に苦しむ現象の連続で吐き気がする。これは、まずい。もう現状を構成する均衡は崩れた。今すぐにでもこの異変の真相に辿り着かなければ。全てが消えてしまう前に。


僅かな望みにかけて、辺りを探したが、案の定、野々宮の姿はない。

探す途中で気付いた事は野々宮という男がいた痕跡がこの世から消えていたという事。あいつの足跡や歩いてる最中蹴っていた石。そういったものは全て野々宮が来る前の姿に戻っていた。あいつの存在は僕の記憶の中にしか残っていない。


この世界で起こる不可解な現象は、徐々に僕の首を絞める。過去、一瞬でもこのままでも良いと思ってしまった自分を憎む。


混乱した頭のまま帰りの電車に乗る。今ここにいる乗客もいつか消えてしまうかもしれない。そして僕も、野々宮の様に急に消える可能性もある。


もし仮にこの問題の真相を解決したとしても、一度消えた人間が返ってくる保証は何処にも無い。しかしどれだけ過去を恨んでも過去が変わる訳でも戻れる訳でもない。なら僕が今すべき事は後悔でも悲観ではなく、被害者を最小限に抑える事だ。

しかし、そうかっこつけても助ける手段なんて分からないのだが。


解決策も浮かばないまま、家の最寄り駅に着いた。僕が俯きながら歩いていると、


「おい。そこの若いの。少し止まれ」


如何にも強キャラ感を感じる老人に話しかけられた。これは何かしら助言を貰えるかもしれない。


「はい。なんでしょう?」

「このー、協同総合病院?の行き方を教えてくれないか」


ああ。僕は混乱で少し頭がおかしくなっていたようだ。


「ここをずっと真っ直ぐ行って大通りを左に曲がれば左手側にあります」

「おお。すまないねえ」

「いえいえ。お気をつけください」

「有難うね。礼には及ばんが、一つ教えてやろう」

「教える?」


「お前さん。変異に取り憑かれておる」


まさか想像通りの展開になるとは。にしても変異?


「変異?」

「ああ。最近おかしな事に出くわさなかったか?」


おかしな事だらけだ。おかしな事しかない。


「はい。最近奇妙な出来事が立て続けに」

「やはりな。とても強い変異だ。相当な想いが込められておる。それも日に日に強くなっておる」

「その変異って何ですか」

「わしも変異そのものの意味や起きる理屈は分からん。だが、起きる原因は分かる」

「…原因」


「想いだ」


「想い?」

「それを想う気持ち。強さ。世界を変えてしまう程、強い想いを抱えると、それが変異としてこの世界に見える形として現れてしまう。ま、普通に生活してればまず起きない。世界を変える程の、膨大な想いが必要じゃからな」


普通こんな話デタラメに聞こえるが、今の僕にはその言葉がどれ程、重要で大切かを理解している。


「そう…だったのですか」

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「ん?何じゃ。わしはそろそろ病院へ行かなければならん」

「すみません。すぐに済ませます」


「その、変異で崩れた世界は、元に戻るのでしょうか?変異を解決すればいつも通りに、なるのでしょうか」


「…」


「それは、変異を起こした奴によって変わる。解決したとして、それでも変異を起こした奴がその世界を望むのであれば、世界はそのままじゃ」

「でも、変異を解決するにはその人の強い想いを弱める、または消すしかないんですよね?それならその後に変異後の世界を望む事なんて無いんじゃないですか?」

「自分ではその想いを抑えてるつもりでも無意識で想っている場合は少なくないんじゃ」

「…」

「そろそろ時間じゃ。久しぶりに若い者と話せて楽しかったよ」

「すみません!最後に一つだけ…」

「ん?どうした?」

「何で色々とそんなに詳しいのですが?」

「…」

「…長い事生きていれば、嫌でも知恵はつくものじゃ」


「そう…ですか…」


「お時間取らせてしまって申し訳ありません。色々有難う御座いました」

「またな小僧。お前さんの未来に神の助けがあらん事を」


話し終えた後も動揺は続いていた。この話で真理まで何歩も前進したと同時に、それと同等の不安と後悔が募った。何故もっと早く気付かなかったのか。


今思い返してみれば、一番最初に、この世界から人が消えた徴候があった。僕はあの時、二人だけしかいないクラスに対して疑問と意識を持ってかれていた。冷静に考えれば単純な事だった。


一年の頃は五クラス四十人で一律に揃っていた。何処かのクラスが少ない事も、退学者が出ている事もない。でも僕らのクラスは二人で、他は四十人。


——残りの三十八人は、何処へ行った。


この事を何故最初に気づかなかったか。答えはいつでも僕のすぐ近くにあった。灯台もと暗しとはこの事。

漠然とした不安を残しながら重い足で家へ帰った。


家に着くと、また昨日と同じ様に突然の目眩と不可思議な感覚に襲われた。家が縦横無尽に上下左右に動いているみたいだ。家にあるもの全てが歪んでいる。まずい。立っているのも困難だ。辺りを見渡しても知らない家の様に見える。家具が浮いている。


「…う」


もう何なんだ。僕はどうしてしまったのか。僕がおかしくなってしまったのか?

耳鳴りが止まらない。目眩は激しさを増す。異変は留まる事を知らない。


「…ゅう」


あの話を聞いて理解した事はもう一つある。それはあの爺さんが言っていた通り、誰かが僕に対して何らかの強い想いを抱いていると言う事。僕はそんな世界を変えてしまう程の想いを抱かれているのか?僕はそんな大層な人間では無いはずだ。誰かの命を救ったわけでもない。ん?命を…救った?


「おいゴミ箱!」

「……っ!」


ふと我に返り、目眩が収まった。混乱する頭で視界に映る景色を整理する。ここは僕の家。


「ねえ。大丈夫?顔が真っ青。ていうか青色。目も死んでる。死人見たい」


大丈夫。大丈夫。ここは心配かけさせない為にいつも通りの対応で。


「死人みたいなのはいつもの事だ」

「そうだけど…今日は別格」


こいつは僕の妹、雨宮いろは。僕とは対照的に天真爛漫で元気な奴だ。馬鹿な中二。


「お前も僕の事をゴミ箱呼ばわりするんだな」


何でどいつもこいつもゴミじゃなくて箱なんだ。

そんな事よりまだ頭がぼんやりする。


「昨日も昼からご飯も食べず寝て。何かあったの?自己紹介で一発芸でもして滑ったの?」

「そんなレベルならどれ程良かったか…」

「まさか、始業式、全校生徒の前でやったの?」


流石にその問いにはそんなレベルとは言えない。どっちかを選ぶなら一瞬の迷いは生まれてしまうかも。だとしても一発芸の方を選ぶが。


しかしこんな事態をこいつに事細かく話した暁には、不安や恐怖以前に理解するメモリが足らなくてショートする。ここは軽く流そう。


「まあ、そんなとこだ」

「皆も無愛想だよね。嘘でも笑ってあげればいいのに」


とんでもない誤解は生まれたが、今の僕には何も気にならない。こんな会話を出来るこの瞬間が、どれ程貴重で幸せかを、この件で身をもって実感した。


「なあいろは。もし今この瞬間、僕が消えたらどうする?」

「ゴミ箱が無くなるのは不便だね」

「ゴミ箱って意外と大切なんだな」


ゴミ箱の重要性を改めて実感した。そんな会話をしていると、玄関の扉が開いた。


「おかえりー」

「ただいまー」


挨拶が逆だ。

仕事から帰ってきた大人の女性。

こいつは僕の母、雨宮薫子。通称タオル子。


由来はタオルへの異常なこだわりと名前との繋がりだ。因みにタオルのこだわりポイントは、肌に伝わる感触がザラザラしてないもの、かつ吸収力に優れているものらしい。


全くどうでもいい。しかしこの僕、母が認めたタオルとそうでないタオルの二つがあれば母の認めるタオルを選ぶ。


行き帰りの挨拶が逆なのは、我が家はこの風習を十年続けているからだ。しかし僕だけは「あ!」と大きな声で言う。ま、最近は言えてない日々が続いている。到底言っていられる状況ではなかったからしょうがない。


今となって、言えていた日々が恵まれていた、恵まれていたというか平和だった事を知る。平和すぎる日常、変化の無い日常。


平穏な日常を望んでいた僕だったが、心の何処かで少し、ほんの少しだけ変化を求めていたのかもしれない。


退屈で暇な日々。勿論、西園達と遊ぶ日もあった。ただそんな頻繁にあるものでも無い。基本、大体は、

朝起きて、電車に揺られて、学校で授業受けて、学校から下校して、また電車に揺られて、家に着いて、ご飯食べて、風呂入って、寝る。

そんな日々の繰り返しに飽きていたのかもしれないな。だとしてもこんな変化はお呼びじゃない。


食事を済ませ、寝る準備も出来たとこで、僕は直ぐに眠りについた。この現実から逃れるかの如く。



——全部、貴方のおかげ。



夢は見なかった。しかし突然頭の中から声が聞こえた。その声で飛び起きるように目を覚ます。その声は囁き声なのにとんでもない音量だった。頭の中から耳に向かって放たれたかのような声色。その声が今も木霊する。変な汗が背中を濡らす。


「全部、僕のおかげ?」


息が切れる。心臓が身体から飛び出しそうな程、鼓動している。耳が痛い。変な汗が止まらない。目眩がする。僕のおかげとはどういう事だ?声の主は恐らく


立花だ。


立花と同じクラスになってから、立花に関連した夢やそれに近い物によく遭遇する。今回僕に取り巻くこの変異と何か関係はあるのだろうか。ただ単に僕が立花の夢をよく見ているだけだろうか。


ふと時間を見ると時刻は七時半を回っていた。僕がいつも家を出る時間は七時半。僕はまだ汗だくのパジャマでベットの上だ。起きるのが遅かったか、考えすぎたのかよく分からないが、一先ず時間が無いので、学校に行く準備を早急に済ませよう。


——朝の準備をしている時も、電車に乗っている時も、耳鳴りは鳴り止まなかった。

二千二十年四月十日

二千二十年四月十一日

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