君と僕だけの教室 其ノ参
貴方以外は何も要らないから——
「一緒に世界を、創りたい」
——夢の内容とクラスの事を思いながら、混乱する頭を誤魔化して登校する。あれは高校に入る前の立花だ。恐らく中学の制服を着用していた。しかし少し幼い姿で出てきた理由は何だ。
聞いたことある。夢の内容は自分の見た記憶の断片を繋ぎ合わせている、と。だとすると、僕は高校に入る前の立花刹那を知っている事になる。
でもおかしい。中学は違うし、住んでいる市も違う。そもそも高校に入るまで立花刹那という名前すら知らない…筈だ。
しかしあいつを見ていると、何処と無く不思議な気持ちになる。例えるなら、久々に祖父母の自宅に帰省した時の気持ち、とかそんなとこだ。
流石に考えすぎか。別に夢で見たからと言って必ず現実でも起こった事という保証は無い。実際、高い所から落ちた事も、銃で撃たれた事も無いはずなのに、僕は夢でどれも体験している。
それと同じように、自分の頭が作り出した妄想にすぎないのだろう。
「何をやっているの。ゴミ箱の真似?」
気付いたら横に立花がいた。少しだけびっくりしたが何事も無かったかのようにやり過ごす。
「何もしてないし、ゴミ箱の真似もしてない」
「そっか。真似はしなくてもいいものね」
「誰がゴミ箱だ」
「ねえゴミ…間違えた、雨宮くん。これから回収されるゴミみたいな顔してどうしたの?何か考え事かしら?」
「立花の事、考えてた」
「気持ち悪いわね。でも気になるわ。一体私の身体を想像してどんな事考えてたのかしら」
「誰も身体なんて言ってないだろ」
「言ってるじゃない。その視線が」
こいつはやけに鋭いな。実際見ていたがそれはあくまで夢の中の立花と重ねていたからだ。断じて欲ではない。いや本当に違うよ?
「見てたのは事実だが、それは言いたいことがあったからだ」
「そう。因みに私は男にどんな想像されても構わないわよ」
「有用な情報をどうもありがとう」
「それで、ゴミ箱の言いたい事って?」
でも、果たしてこれは本当に言っていいものか。もし仮にあの出来事が実際に起こっていたとしたら、それは触れて欲しくない事の筈だ。でももしこの出来事があのクラスの異変に繋がっているのなら。聞いてみるしか道は開けない。
「なあ、立花。僕ら昔に会ったことあるか?」
立花の顔に変化はない。
「雨宮くんと初めて会ったのはクラスが一緒になってからよ」
正確には初めて会ったのは入学式だけどな。
「そうか。変な質問してすまない」
「どうしてそんな事聞くの?」
「いや、今日変な夢見てさ」
「夢?」
「中学生の立花が自殺しようとしてた夢」
「あら。それは怖かったわね」
ん?予想外の反応だな。いつもなら
「ゴミ箱が歩くゴミ箱にグレードアップしたのね。あ、このゴミ捨てといて」
とか何とか、息を吐く度、蔑みの言葉を入れてくるはずなのに。あの立花が同情だと。これは収穫有りか?
「私がいなくなるとクラスは雨宮くん一人になってしまうものね。ゴミ箱もゴミを捨てる人間がいないとゴミ同然だもの」
いや、別にそんなことないかもしれない。
でもまあ一度でも予想が外れたという収穫はある。頭の片隅に入れて置こう。
学校に着き教室を目指す。相変わらず賑やかだ。
やけに注目されるのはあの立花と一緒に歩いてるからだろう。
教室に入った瞬間周りの音が小さくなる。この空間だけ異様に静かだ。いや異様ではないか。人がいないのだから当たり前だ。
異常なクラスで、いつも通り授業が始まる。前回とは違う教科の先生でも、やはり何も反応しない。期待してなかったので落ち込みはしない。
暇だったので昨日の事をぼんやり思い出していた。立花の奴、電車に乗らなかったけど、この周りに住んでいるのか?それに、なんで誘ってきたんだ?
そうだ。西園に昨日の事自慢するんだった。
昼休み、西園のクラスへ行く。この教室から出る時また立花から睨まれた気がしたが、怖いから無視する。
隣のクラスから注目を浴びない程度に西園を探す。しかし西園の姿はない。何処か外で食べに行っているのかもしれない。今は諦めて放課後話すとしよう。
自分の教室に入るや否や
「雨宮くん。何処へ行っていたの」
なんでこいつは毎回何処へ行っていたか聞いてくるんだ。
「いや大したことないよ。西園に会おうとしただけだ」
「ねえ雨宮くん。金輪際その西園さんとは関わらない方が良いわよ」
急に何を言い出す。
「どうした急に。普通に良い奴だぜ?」
「とにかく、その西園という名前を周囲の人達に喋らない事ね」
言っている事がよく分からない。あいつは確かにヤンチャたが、問題を起こすような事はしない。こいつと西園の間に何かあったか?
授業が全て終わり、帰りのHRも終わった。さっきの立花の発言は気になるが、一先ず西園のクラスへ行く。
このクラスを出る時今までとは比べ物にならない程の殺気を感じた。恐怖が背中を撫でる。僕はあいつの考えている事が分からない。
おかしい。隣のクラスを見たが、やはり西園はいない。ただいないだけじゃない。そもそも机すらないのだ。他にも所々机がない席がある。そして更なる恐怖が僕を襲う。西園のクラス以外のクラスも見たが、間違いない。
その消えた全ての席はいずれも僕の一年の頃の友人だ。
どういう事だ?いやでももしかしたらサボって何処かで遊んでいるだけかもしれない。僕はそんな望みを持って西園のクラスメイトに話しかける。
「すみません。このクラスにいた西園って人今日学校来てますか?」
「西園?そんな人いましたっけ?」
「…え?」
——事態が急激に変化する。嫌な予感が鼓動を早める。立花から壁越しに視線を感じる。
西園はよく喋る、コミュ力の高い奴だ。クラス内であいつの苗字すら知らない奴はいないはず…
「すみません。このクラスにいる西園って知ってます?」
「西園?誰だそいつ。俺は野々宮で、主席番号の次の奴は戸崎だ。クラスを間違えたんじゃないか?」
間違えている訳がない。異変の連続で、目眩がする。今にも取り乱しそうだ。落ち着け。俯瞰して考えろ。大丈夫。ここは一先ず身を引こう。
「そうか。すまなかった。ありがとうな」
「いやいや。あ、そうだ。お前の名前、何て言うの?お前この前立花さんと一緒に歩いてただろ?羨ましいなー。付き合ってんの?」
そんな呑気な事言っている場合では無いが、ここで無愛想な対応しても変な奴だ。冷静に。冷静に。
「僕は雨宮だ。立花とは別に付き合ってない。同じクラスメイトだ」
「いいなー同じクラスメイト。俺もそっちが良かったぜ」
僕もそっちのクラスが良かった。是非交換して欲しいものだ。
「なあ、お前立花さんと仲良いんだろ?俺も立花さんとお近ずきになりたいんだけど、何とかしてくれないか?」
あの女に生半かな思いで近ずくのは愚行すぎる。ワニの池に飛び込むようなものだ。でも仲間が増えるのは有難い事だ。ここは可哀想だけど、誘いを受けよう。
「今日も多分一緒に帰るから、野々宮も来るか?」
「行かない選択肢なんてないだろ?」
僕らは一度教室に戻り、帰る準備を済ませた。
「ほら雨宮くん。微生物の真似してないで早く行きましょう」
「真似してない」
「そうね」
「「真似はしなくていいものね」」
「あら。自覚しているの?」
「少し未来を読んだだけだ」
世界で一番無駄な特技を会得した。
「おーい。雨宮」
僕たちのクラスのドアの向こうで野々宮に呼ばれる。
「どうやら動物園から猿が抜け出したようね」
「これは僕の友達だ。因みにちゃんと人だぞ」
「あれ、君は立花さんだよね?初めまして!俺野々宮って言います!」
多分直接言っても断れるだけだ。ならば偶然を装えば。
「俺これから雨宮と帰る予定だったけど、そっちも?」
「…」
(おいなんか言えよ)
「私帰るわ」
先に帰る展開は予想出来てたけど、まさか一緒に帰ろうともしないなんて。
「えぇ。そんな気使わなくていいのに。一緒に帰ろうよ」
「気は使ってないわ。ただ私が好んで選んでいるだけ」
「じゃあね雨宮くん。また明日」
「おう…またな」
「…」
「現実を知れたみたいで良かったじゃないか。これが立花刹那という女だ」
「好んで…先に帰った…」
普通の反応はこうだ。このクラスメイトに選ばれたのが僕で良かったかもしれない。
「もう諦めろ。あいつを恋に落とすなんて、そんな事出来てしまったら世界の形を変えられるぞ」
「じゃあなんでお前は一緒に帰れるんだ!俺では、世界を変えられないのか…」
「まあまあ切り替えろ。今日は一緒帰ってやるから。帰りに牛丼でも奢ってやるよ」
「まじで!早く帰ろうぜ」
結果はわかっていたのに止めなかったのは僕の責任だ。この位の褒美は与えてやろう。
帰り道、辺りに広がる田園と住宅地を歩きながら、オレンジ色の空を見上げる。
「なあ。本当に立花さんと付き合う事って無理かな?」
「お前、あんな事言われてまだ諦めてないのかよ」
「いやーだってさ?」
「何処がそんなにいいんだ」
「顔と身体」
「付き合う理由がそれの内は、蟹が縦で歩くより不可能だ」
「じゃあ、蟹飼って、縦で歩くまでずっと見ていようかな。いやまあ、簡単ではないとは思ってたけどさ?まさかあそこまで初対面で拒絶されるとは」
「立花はそういう奴だ」
「お前はいつもこんな感じなのか?」
「そうだ」
「なんでそんな耐えられる。Mだからか?」
「例えMだとしてもあの罵りは求めてないだろ」
「だよな。因みに俺はSだ」
「実は世の中の人間はどっちもいける奴かMしか存在しない」
「え、なんかそういう研究とかあるの?」
「いや。あくまで僕の持論」
「何だよって言おうと思ってたけど、一理あるな。別に責められて嫌な訳では無い。何なら嬉しいかも」
「だろ?」
こんな調子で駅までゆっくりと歩く。
「なあ雨宮」
「なんだ」
「立花さんってなんか裏がありそうじゃね?」
まさかこいつも思っていたなんて
「僕も同感だ」
「いや、これはまだ予想だけどよ」
「うん」
「多分、立花さんはお前を利」
「ん?何だ?」
「…は?」
僕の少し後ろを歩いていた野々宮は、
——姿を、消した。
「雨宮くん…私だけを…」
——愛して。
二千二十年四月十日




