君と僕だけの教室 其ノ弐
貴方以外は何も要らないから——
「貴方を愛します」
——HRが終わったら一年の時に仲良かった西園春也に聞いてみよう。あいつも阿呆だが、やる時は頼りになる男だ。
HR終了のチャイムが鳴る。あいつは隣のDクラスにいる。
「はいじゃあ号令、誰かやってくれる人」
僕かこの女しかいないのに挙手制を取らせるのは愚策では無いか。まあこの女が手を挙げる訳が無いので僕がやるのだが。
「はいじゃあ、え〜と…雨宮さん!」
二人しかいないのだから名前ぐらい直ぐに覚えられるだろ、と言う事は考えないようにして早く号令を済ませる事を最優先にした。
「起立。気をつけ、礼」
素早く号令を済ませ隣の教室へ早歩きで向かう。この教室を出る時あの女から鋭い視線を感じたが、怖いから気のせいにしておく。
一限との間に十分程時間がある。その間で僕はこの異変と謎を説明する。
隣のクラスに行くと西園は知らない人と楽しく交流中だった。いつもなら絶対話しかけないが、話を割る気まずさと異変を比べればなんて事なかった。
「すまん西園。少し良いか」
クラス中から視線を感じる。僕もそうだが、他クラスの奴が自分のクラスに来ると、無性に見てしまう事。今はその見られる側の気持ちがよく分かった。最悪の気分だ。
他クラスや他学年のフロアに行くと同じ構造の筈なのに完全に別世界に見える。自分が異分子の様に思える。あの現象に名前をつけるとすれば、異郷感、とでも名付けるか。そんな事はどうでも良い。
「おう雨宮。そっちのクラスはどうよ?」
「丁度その話をしようと思ったとこだ」
「お前のクラス立花さんいるんだろ?良いよなー。俺も立花さんと同じクラスが良かった」
「…は?」
「ん?どうした?」
「立花しかいないの間違いだろ?」
「え?そうだけど、それがどうかしたか?」
目眩がする。嫌な予感が更に神経を撫でる。
ここは一旦身を引いて落ち着こう。気分が悪い。
「…なるほど。すまん話の途中で声かけちゃって」
「おう、それは大丈夫だけど…なんか悩んでるかお前」
「まあちょっとな」
「何か悩んでるならいつでも相談乗るぜ」
「それは頼もしすぎるな」
西園と別れて廊下に立ち尽くす。嫌な予感が徐々に的中する。
「ちょっとすみません」
廊下で歩いている知らない人に声をかける。気分は優れないが、それでも声をかける。
「はい、何ですか?」
「そこのEクラスって何で二人何でしょう?」
「何でって言われても、別に普通ですよね?」
相手が話し終えた瞬間、一限が始まるチャイムが鳴った。廊下にいた者は急いで教室へ駆け込んだ。僕もその一人だ。
普通では無いという認識はどうやら僕だけが持っているらしい。何故か。これを普通だと言うなら、僕はこれから世の中の普通を信じない。
「はいじゃあ号令お願いします」
「起立。気をつけ、礼」
席につくと同時に立花から話しかけられた。
「雨宮くん。廊下で何をしていたの」
「この異変を紐解く糸口が無いか、探ってたんだよ」
「で、収穫はあったのかしら?」
「聞けば聞く程悪化する一方だ」
「まるで雨宮くんの人生のようね」
先生が喋りだした。
「この時間はHRの続きね。じゃあ折角だし、席替えでもしましょうか!」
僕はこいつが何を言っているのかさっぱり理解出来ない。
「じゃあくじを引いてください!同じものが出たらやり直しで!」
「…」
僕はBと書かれたくじを引いた。
立花はAと書かれたくじを引いた。
「じゃあ移動開始!」
僕達は無言で立ち位置を入れ替える。
「うーん!こっちから見ると、やっぱり結構景色って変わるもんなんだね!」
こいつは僕を馬鹿にしているのか?
せめて二分の一を楽しませてくれれば良かったのに、それすら消したらもう引くまでもないだろ。
その後の授業2限も3限も4限も。全ての先生が違和感なく授業を進める。もう確かめる必要もない。この学校の人は今のこの状況を異常と思っていない。誰もが当たり前と思っている。
自分でも整理は出来た。今更何かを起こす気にもならない。今日は始業式なので4限で終わる。時計の針は十二時を指す。とりあえず今日は帰って頭でも冷やすか。
一人で帰ろうとした時、背後から声が聞こえた。
「雨宮くん。何処へ行くつもり?」
「家以外の選択肢あるか?」
「そうよね。放課後一緒に遊ぶ友達とかいないものね」
「別に僕はぼっちじゃない」
「二次元は含まれてないわよ?」
「大丈夫だ。ちゃんとこの三次元にいる。じゃあ、僕はもう帰るぞ」
「ちょっと待ってちょうだい」
「え?なんか僕に用でもあるのか?」
「雨宮くんなんかに求める用なんてないわ」
「じゃあなんで。用がないなら先帰るぞ?」
「何を言っているの。一緒に帰るのよ」
「は?」
普段ならあの立花刹那に帰りの約束を入れて貰えたら、嬉しさのあまりその場で全校生徒に向けて腹踊りでもしている所だ。
だがしかし、こんな状況。しかも真の立花を知ってしまった。この場合僕はどんな感情でいるのが正解だ?
「ねえ雨宮くん」
「なんだ」
「雨宮くんはこのクラス、好き?」
帰り道にて、立花と並んで一緒に帰る。あーは言ったものの立花が横にいるこの景色は、やはり悪くない。明日西園に自慢してやろう。学校では焦りと混乱でよく考えられなかったが、最早、二人きりでも良い気がしてきた。
にしてもこの質問は何だ。こんなの答え方次第で実質告白じゃないか。
「僕は平穏な生活を送りたかったんだ」
「答えになってないわよ。あと平穏な生活は叶っているじゃない」
「どこがだ」
「四十人のクラスメイトの内容に一喜一憂して、いつでもどこでもゴミゴミうるさい。でもこれなら静かで人目も気にせず済むじゃない」
言われてみれば、一理ある。周りもこの事を気にしてる素振りは無いし、ある意味平穏な生活が手に入ったのか。
「望む展開では無かったけど、言われてみればそうだな。その考えは無かった」
「嬉しい?」
僕はその質問が何だか少しだけ怖かった。とりあえず肯定しとく。
「まあ、嬉しいな」
常に無表情の立花の顔が一瞬だけ揺らいだ気がした。
僕は京王相模原線の改札口へ向かう。立花は電車に乗らないらしいが、改札口前まで着いてきてくれた。
「じゃあね雨宮くん」
「うん。また明日学校で」
「またね」
数歩、歩いた先で振り返るともう立花の姿は無かった。
電車に揺られながら今日の事を振り返る。相変わらず訳の分からない話だ。夢なら覚めてくれ。
だがしかし、これが人生最大の謎だと言うのであれば、この問題を是非解決してみたい。解決と言うか、真相を突き止めたい。
そんな事を思っているといつもより早く家に着いた気がした。気づいたら目の前に玄関があった。
玄関の戸を開けると、まるで現実に戻ってきたかのような、不思議な感覚に襲われた。クラクラするというか、頭が重いと言うか。疲れか?気づかない間に頭を使いすぎていたかもしれない。そりゃそうか。人生最大の謎を解こうとしているのだ。
食事や風呂にも入らず、僕は不思議な感覚に身を委ねて昼間からベットで直ぐに眠りについてしまった。
——気がつくと自分の首に包丁を刺そうとする女の子が前にいる。僕の視点なのに僕の意思では思うように動けない。身体が勝手に動く。勝手に動いた僕の体はその女の包丁を振り払った。
「私、助けてなんて言ってない」
「そんな怖い顔しないで。そんなに震えた手だと、刺すとこ間違えて死にきれないぞ」
僕の意思に反して、勝手に口が開く。
「…」
「おい。なんか喋ったらどうだ」
「…ねぇ、余計な事しないで。もう生きる意味なんてないから。こんな世界で未練なんてない。だから…」
「生きる意味がない生物なんか、この世に存在しない。様々な感情を知って、子孫を残して、僕等は意味を持って死ぬ。もし仮に君が本当に生きる意味を見つけられないと言うなら……誰かを愛すれば良い。何かを本気で愛すれば、自然と生きる意味なんて湧いてくる物だ。何でもいい。人でも動物でも魚でも物でも」
「馬鹿な事を言うのね。もし自分の愛が一方的なものと知った時、生きる意味なんてまた消え失せてしまうじゃない」
「別に両方が必ずしも愛し合う必要なんてないんじゃないか?自分がそれに夢中になれば生きる意味、理由が生まれる物さ。世界はそうやって作られてきた。これからもそうやって、僕らは世界を創る」
「…」
「じゃあ僕はもう行くから。生きる意味、ちゃんと考えとけよ」
「…」
——ねえ雨宮くん。愛してる。
朝の光に包まれながら、制服のままベットの上にいる。そうか、昨日は疲れて倒れるように寝てしまったのか。てか何だ…あの夢。まるで現実みたいだった。視界、呼吸、声、匂い、肌にまとわりつく感触まで全て覚えてる。生きる意味…。あの女、自殺しようとしてたのか?
それに、あいつ…
立花だよな?
二千二十年四月九日
二千二十年四月十日




