表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初めて口にする二度目の言葉  作者: 相上和音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/35

第25話 約束

 私がおにぎりを食べ終えても、彼は長いこと動かなかった。

 この世界に何かしらのバグが起きてフリーズしてしまったのかもしれない。

 本気でそう思うほどに、重く長い沈黙だった。


「……仮に」


 やがて顔をあげた彼は、酷く憔悴した声で言った。


「君の言っていることが全て本当だとして、この世界が、はりぼての作り物だったとして……。君は、これからどうするの?」

「どうって……」


 私は首を振った。


「わからないよ。私はこれからどうすればいいの? もし捕まったら、どうなってしまうの?」


 質問に質問で返すのは好きではないけれど、この時ばかりはそうするしかなかった。

 彼は言い淀む。

 けれどすぐに、まるで自傷でもするかのように端的に言った。


「首を刎ねられるだろうね」


 後でこっそりと解放してくれる王様は、もうどこにもいないのだ。


「どうにかして、助かる方法はないかな」


 私の声は情けないほど震えていた。


「それは逃げ延びるって意味じゃなくて、元の世界に戻るって意味だよね」


 私が頷くと、彼は考え込むように黙った。


「……重い罪を犯した者が、国外追放に処されることがある」

「国外追放?」


 なぜそんな話になるのだろう。

 国外追放になったところで、この世界から抜け出すことは出来ないんじゃ——と、そこまで考えて、ようやく彼の言わんとすることに思い至った。


 ここは『不思議の国』という名の世界なのだ。

 つまり国から追われるということは、イコールで世界から放り出されるということなのだ。

 そうなれば、確かに元の世界に戻れるかもしれない。


「いや、駄目だ」


 彼は口惜しそうに首を振る。


「ど、どうして?」

「君が犯した罪は、あまりに重すぎる」 


 到底、国外追放で済まされることじゃない、と彼は言った。


「さっき私がした話をしても、駄目かな」

「駄目だろうね。女王様が聞き入れてくれるとは思えない。仮に信じてもらえたとしても、王様を殺害したことは事実なんだ。斬首は免れないよ」

「ほ、他に方法はないの?」

「……俺は知らない」


 彼は弱々しい声で言ってから「でも」と覚悟を決めるように続けた。


「この国から出る方法を知ってるかもしれない人に、心当たりはある」

「本当っ」


 思わず声が大きくなる。


「その人はずっと昔から——この国が誕生するよりも以前から、この世に存在しているらしい。噂によると、もう千年以上も生きてるとか。この国の誰よりも多くの知識を有していて、女王様ですらその人には逆らえないんだ」

「そんな人が、この世界にはいるんだ」


 そんな理を超えた人物なら、確かにこの世界から抜け出す方法だって知っているかもしれない。

 希望が芽生え、そこからふつふつと気力が湧いてくる。


「その人がいる場所を教えてっ」


 でも私の胸中とは対照的に、彼の表情は硬いものだった。


「いいよ。案内するからついてきて」


 決然と言い、彼は立ち上がろうとする。

 私は慌てて引き留めた。


「そこまでしてもらわなくてもいいの。ただ道順を教えてくれるだけで」

「たどり着けるわけないよ」

「そんなの、わからないでしょ」

「仮にたどり着けたとして、そこからどうするつもり? 相手をどうやって説得するの?」

「それは……」


 彼の言う通りだった。

 私は王様を殺した大罪人なのだ。

 相手が話を聞いてくれるとは思えない。


 でもだからこそ、彼に道案内を頼むわけにはいかなかった。

 たとえ形を模した偽物にすぎなくても、彼を危険にさらしたくなかった。


「そ、そうだ。君が一人で尋ねに行くってのはどうかな。全部を任せてしまうみたいで申し訳ないけど、もしわからなかったら、私のことはそのまま放っておいてもらっていいから」


 それなら、彼の裏切り行為が露呈することはないはずだ。

 私はここで待っていればいい。

 自分の手すら見えないような暗闇の中、戻ってくるかもわからない彼を、あるいは別の誰かがギロチン台を引きずってくるのを、ただ膝を抱えて待っていればいい。


 でも彼は首を振る。

 私がぱっと思いつくような案は、すでに検討済みなのだろう。


「ただ国から出る方法を尋ねても、素直に教えてもらえるとは思えない。むしろ変に隠し事をすれば、感づかれてしまう恐れがある。それなら最初から、君のことを全て話してしまった方がいい」

「でも信じてもらえなかったら」

「俺は信じたんだ。だから、その人も、きっと信じてくれる」


 彼は自分に言い聞かせるように言った。

 その考えが楽観的過ぎることを、彼自身が理解しているのだ。


 私は逡巡する。

 結論が出るまでに、そう時間はかからなかった。

 私は首を横に振った。


「なんで」


 彼は声を張り、すぐに口をつぐんだ。

 幾分か声を潜めながら、それでも厳しい口調のまま続けた。


「他に方法はないんだ。ここに隠れていたって、いつか必ず見つかって首を刎ねられる」

「その時はその時だよ」と私は言った。「その時は、それでもいいよ」


 私は王様を殺したのだ。

 死にたくはないけれど、誰かを危険に晒してまで助かりたいとも思わない。


 彼は私を責めるように睨み付け、やがて呆れたように嘆息して立ち上がった。

 救いようがないと判断したのだろう。


 私はほっと胸を撫で下ろした。

 全身から力が抜ける。

 その反応に、彼は疑念を抱いたようだった。

 しまった——そう思った時には手遅れだった。


「……俺を巻き込まないため?」


 答えられない。

 肯定も否定も、あるいは沈黙すらもここでは同義だった。


 彼は何かを言おうとし、けれど結局は口にしなかった。

 生半可な説得では私が応じないと思ったのだろう。

 長い時間考え込んでから、ようやく口を開いた。


「全部君のせいにする。もし捕まって、逃走幇助の罪に問われても、君に脅されたことにする。そうすれば、そうひどい仕打ちは受けないはずだ」


 確かにそれなら、万が一の時も彼は無事に済むだろう。

 私は迷ってから「約束して」と言った。


「絶対に、全部私のせいにするって」

「約束する」

「絶対だよ。私が首を刎ねられることになっても、庇ったりしないって、約束して」


 念を押すと、彼は億劫そうに視線をそらした。


「わかってるって」


 彼の手首をつかみ、こちらを向かせる。

 私の剣幕に目を見張り、それから彼は真剣な表情で頷いた。

 それでも私は彼の目をじっと見つめ、ちゃんと明言してくれるまで待った。

 やがて彼は言う。


「もし君が首を刎ねられるようなことになっても、庇ったりしない。全部君のせいにして、俺は罪を免れる。——約束するよ」


   ♠ ♥ ♣ ♦

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ