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初めて口にする二度目の言葉  作者: 相上和音


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第21話 王様、激闘

 気づけば礼拝堂に足を踏み入れていた。

 ハッとして振り向くと、そこには今さっき通ってきたはずの廊下はどこにもなくて、無機質な壁があるだけだった。

 場面が転換したのだと悟る。


 唯が描いた背景と同じで、左右に荘厳な太い柱が何本も並ぶ広い空間だった。

 奥の十段ほど上がったところに祭壇があり、その傍らに誰かが佇んでいる。

 薄暗くてシルエットしかわからない。


 その人物は足音を響かせながら、ゆっくりと階段を下りてきた。

 やがて姿を現したのは、見知ったお調子者だった。


「瀬川……」


 彼が『王様役』として出演すると言っていたことを思い出す。

 学校指定の詰襟姿だったけれど、なんかいい感じのローブを羽織っていたから、ちゃんとそれっぽく見える。

 それに彼の手には、彼の背丈よりも長い煌びやかな槍が握られていた。


「よくもトランプ兵たちを壊滅させてくれたな。許さんぞ貴様」

「不思議の国で一番強いと言われてる王様だぴょん! たとえ聖剣を持っていても、アリスの敵う相手じゃないぴょん!」


 白ウサギが隣でぴょんぴょんと跳ねる。

 突然だったからびっくりした。


「そうか、その小娘はアリスというのだな」


 王様は白ウサギに視線を向けた。


「お前は離れていろ」


 白ウサギは鞄を放り出すと、近くの柱の陰にさっと隠れた。


「私はこの国の王。これ以上貴様の――」

「死ね!」


 王様の口上など一顧だにせず、私は攻撃を加えた。

 この世界は瀬川が考えた脚本の通りに事が進むのだ。

 理不尽だと自覚しながらも、彼に対する怒りを抑えられなかった。

 あとなんか自分の登場シーンや台詞だけ無駄に恰好よくしているのも気に入らなかった。


 聖剣は彼の左の頬をとらえる。

 鈍い感触。

 手応えがあったのは、初めてのことだ。

 王様はトランプ兵たちのように吹き飛んだりしなかった。

 それどころか、なんのリアクションも見せない。


 予想だにしていなかった状況に、私は色を失う。

 凍ったような王様の無表情。


「私はこの国の王。これ以上貴様の好きにはさせん!」


 やがて彼は、口上を言い直した。


(あ、そっか。脚本の……)


 私は彼の台詞を遮ってしまったのだ。

 王様がじっと見つめてくる。

 次は私の番なのだ。

 慌てて応じようとしたけれど、台詞を思い出せなかった。


 いや、違う。

 そもそも私は、この後の展開を知らないのだ。

 黙っていると、彼は目から感情が抜け落ちた。

 ハートの女王と同じ、あの虚な目。


「ち、ちょっと待ってよ。この後どうしたらいいのか、私は……」


 ハッとして、私は鞄に飛びついた。

 ぶるぶると震える手で脚本を取り出し、ページをめくる。

 すでに進行した部分は飛ばして、今私が発するべき台詞を探した。


「待っていたわ、王様」


 読み上げると、途端に空気が弛緩した。


「貴様の目的はなんだ」


 王様も脚本通りの台詞を口にする。


「教える義理なんてないでしょ」

「なら、何もしゃべらずに死ね!」


 ホッとしたのも束の間——

 続きにはこうあった。


『アリスは王様と激闘を繰り広げる。』


 私はピッと手を挙げ、高らかに宣言する。


「タイム!」


 王様は当前のように聞く耳を持たなかった。


「うぉおおおおお!」


 雄叫びをあげながら襲い掛かってくる。

 人間離れしたスピードだった。


「ひっ」


 あまりの速さに、私は目を瞑ることすらできなかった。

 荘厳な槍が大きく振りかぶられて——

 でも頂点のあたりでエンストでも起こしたみたいに減速し、スローモーションになった。


『激闘』なんて書いてあったから、どうなることかと思ったけれど……。

 なんてことはない、今までと同じだ。

 動きだけはやけに豪快だったけれど、結局は誰も――私を含めて誰も――傷つくことはないのだ。

 なぜならこの世界は、くだらないコメディだから。


 私は嘆息しながら、聖剣を頭上に構えた。

 そっとぶつかる。

 刹那――激しい金属音と盛大な火花。


「へあっ!」


 私は今まであげたことのない、奇妙な叫び声をあげる。


「やるな! ならば、これならどうだ!」


 王様はぐるっと回転し、遠心力を蓄えた上段からの斜めの一撃を放った。

 でもやはりその攻撃も、途中からスローになる。


 反射的に聖剣で受け止めようとしたけれど、さっきの光景が脳裏をよぎって、慌ててかわすことにした。

 バックステップで槍の間合いから抜け出す。

 槍は眼前をのろのろと通過し、ことっと床に軽くぶつかった。

 直後——

 ドガァァァァン! と地雷が炸裂したみたいな大爆発。


「ぎぃやぁああああ!」


 凄まじい風圧に、私は絶叫しながらごろごろと何度も後転した。

 顔をあげると、床には肩までつかれそうなほどの大きな窪みができていた。

 激闘――


「ほう、今のもかわすか」


 王様が感心したように言う。


「だが、身を守るので精一杯のようだな。その程度か、アリス」


 私は床にへたりこんだまま動けなかった。

 ドンドンドンと、誰かが耳元で和太鼓を叩いている。

 戦闘を盛り上げるためのBGMかと思ったけれど、そうじゃなかった。

 これは私の心臓の音だ。


 王様の言葉を脳が理解するまでに、かなりのタイムラグがあった。

 言外に「攻撃して来い」と言っているのだと気付くまでには、さらに時間を要した。

 彼に襲ってくる気配はない。

 私の反撃を待っているのだ。


 選択の余地はなかった。

 こちらから攻撃しなければ、またあの過剰演出な攻撃を仕掛けてくるかもしれない。

 それか、あの虚な目で見つめてくるとか。

 そのどちらも恐ろしかった。


 よろめきながら立ち上がり、王様にそろそろと近づく。

 彼が持つ煌びやかな槍は、メイス以上に威圧感があった。

 鈍器と刃物の違いだろうか。

 同じ凶器でも恐ろしさが段違いだ。

 槍の間合いに入る時は、生きた心地がしなかった。


 私が近づいても王様は身じろぎすらしない。

 その泰然とした立ち姿が恐ろしかった。

 でもなんかそれ以上にムカつく。

 私は十分に距離を詰め、聖剣を上段に構えた。


「むん!」


 応じるように、王様が槍を頭上に掲げた。

 そこに目掛けて聖剣を振り下ろそうとし、ふと気づく。


(私が攻撃しても、過剰演出になるんじゃ……)


 いやむしろ、私の時だけ何も起きないほうが不自然だ。

 なぜそのことに、もっと早く思い当たらなかったのだろう。

 音と光のせいで、思考が麻痺していたのかもしれない。

 まあ思い当たっていたところで、他の選択肢があったわけじゃないんだけど。


「…………」


 私も王様も動かない。

 王様は鉄棒にぶら下がっているような格好だ。

 私だって、傍から見れば登り棒にぶら下がっているような感じかもしれない。

 そんな間抜けな状態で睨み合う。

 コメディ劇にしても、あまりに滑稽だ。


 耐えきれず、私は聖剣を振り下ろした。

 できるだけ穏便に済むように、可能な限りゆっくりと。

 聖剣と槍がそっと触れ合う。

 小動物の接吻のような優しさで。


 激しい金属音と盛大な火花。

 小動物は何者かに打ち殺されてしまった。

 王様の足が床に沈み、放射状の亀裂が走った。

 ぷつんと、私の中で何かが切れる音がした


「わぁああああああ!」


 狂ったように叫びながら、餅つきみたいに何度も何度も聖剣を振り下ろした。

 その度に激しい金属音と盛大な火花が散る。

 少しずつ少しずつ、王様が床にめり込んでいった。

 涙が溢れて止まらない。

 火花がじわりと滲んで綺麗だった。


 息が切れて攻撃の手を止めた時には、王様は太ももまで床に埋まっていた。


「す、すさまじい連撃だ」


 そう呟きつつも、大根でも引き抜くみたいに簡単に両足を自由にする。


「こうなれば、私も本気を出さねばなるまい」


 王様はカッと目を見開いた。


「受けてみよ、我が必殺技を!」

「知るかボケェ!」

「ぐああ!」


 王様の宣言など無視して追撃を加えた。

 私は誰かに見られたらお嫁にいけなくなりそうな形相で、誰に聞かれたら地元を追われそうな奇声をあげながら聖剣を振り回す。


 オーディエンスはウサギの被り物をした誰ともわからん輩だけだ。

 気にする必要はない。

 というか、気にしている余裕がなかった。


 激闘の中でも、やはり誰も傷つくことはなかった。

 瓦礫は人を避けるように飛び散ったし、聖剣がヒットしても吹き飛ぶだけで王様にかすり傷一つつかない。


 こちらも同様だ。

 王様の攻撃が当たってもエフェクトがかかるだけで、痛みどころか衝撃すらなかった。

 それでも大きな音や激しい光には生得的な恐怖心があった。


「ぐぅ……」


 その呻き声が、終幕の合図だった。

 おそらく、私がやけくそになって放った月牙天衝が決め手になったに違いない。


「ま、まさかこの私が、こんな小娘に……」


 それが脚本通りの台詞であることを、なんとなく察する。

 王様は槍にすがりつき、かろうじて立っていた。

 いや、それはたぶん演技だ。

 彼は汗を大してかいていなかったし、ぜぇぜぇと切らした息もどこかわざとらしい。


 なぜそんなことがわかるのかといえば、私が実際に聖剣を杖替わりにかろうじて立っていたからだ。

 足は生まれたての小鹿のように震え、滝のような汗をかいていた。

 空気が喉を通るたびに、ひゅーひゅーと変な音がする。


 礼拝堂は原型を留めていなかった。

 柱は一つ残らず折れていて、局所的タイフーンに見舞われたみたいに瓦礫が散乱していた。

 穴だらけの床や壁。

 祭壇は痕跡すら残っていない。


 大きな耳が瓦礫の影からのぞいていた。

 どうやら白ウサギも無事だったみたいだ。

 そのことになぜかほっとして、私は少しだけ元気を取り戻した。


 王様の様子を見るに、次は私の台詞なのだろう。

 脚本の続きを読もうと、自分の手元に視線をやった。


「……あれ?」


 でもそこに脚本はなかった。

 おそらく激闘の最中に手放してしまったのだろう。

 たぶん結構序盤で。


 礼拝堂を見回してみる。

 瓦礫に埋もれてしまっていたら、見つけるのは一筋縄じゃいかない。

 そう危惧したけれど、幸いなことに脚本は抜け毛の塊みたいな寂寞感を湛えながら、礼拝堂の隅に転がっていた。

 ふらつく足で拾いに行き、王様の前にまで戻る。


「なかなか強かったわ、王様」


 乱れた呼吸を整えながら、なんとか台詞を口にする。


「ちょっと待つぴょん」


 白ウサギが瓦礫の陰から飛び出してきた。

 それを王様が身振りで制止する。

 それらもまた、脚本に書かれた通りの所作だった。


「こなくていい。私は戦いに敗れたのだ。お前はそのまま身を隠していろ」

「お、王様」

「さあ、アリスよ、とどめを刺せ。私は命乞いなどせぬぞ!」


 王様は槍を放り出し両腕を広げた。

 私は一切の躊躇うことなく、脚本の通りにとどめを刺した。

 やはり自分の台詞だけ無駄に格好よくしていることに苛立ち、聖剣を振るう腕に自然と力が入った。


「ぐわぁあああああ!」


 吹き飛んだ王様が壁にめり込む。

 なんだか懐かしい。

 トランプ兵を蹴散らしていたのが、遠い過去のように感じる。

 かさぶたが自然に剥がれるように時間をかけて、王様はぼとりと床に落下した。


「に、逃げろ……」


 最後の言葉を口にし、力尽きたように動かなくなった。


   ♠ ♥ ♣ ♦

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