表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
駅で出会った女の子と不思議な関係に。明日も死にたくなる彼女に、俺は毎日、生きる理由を渡すことになった。  作者: 逢華 (最後の挑戦)
春休み ( 出会い編 )

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/64

第7話 触れたのは、偶然ではない

その日、公園は、不自然なくらい静まり返っていた。


風が吹いていない。


枝先の葉は一枚も揺れず、遊具の鎖も音を立てない。いつもなら遠くから聞こえてくるはずの子供の声や車の走行音まで、今日は薄い膜を一枚隔てた向こう側にあるみたいに遠かった。


白石湊は、公園へ続く舗装路を歩きながら、無意識に呼吸を浅くしている自分に気づく。


理由は分かっていた。


最近、この場所へ来る意味が変わり始めている。


最初は、ただのルールだった。


“更新”。


それはミアが今日を終えるための儀式で、湊にとっては、それに付き合うだけの時間だった。毎日を切り抜けるための、形だけの約束。それ以上でも、それ以下でもない。


そう思っていたはずなのに、今は違う。


気づけば湊は、“更新のため”より先に、ミアがいる景色を探している。


今日もいるだろうか。

昨日みたいに、水たまりを見ているだろうか。

そんなことを考えている時点で、もう最初の頃とは違っていた。


そこまで思考が進みかけたところで、湊は小さく眉を寄せる。


認めてしまえば、何かが変わる気がした。だから、それ以上は考えない。考えないまま、公園へ入る。砂を踏む音だけが静かに響いた。ざり、と乾いた音が、一歩ごとに耳へ残る。


そして、視線を上げた瞬間、湊はわずかに足を止めた。


ブランコの前に、ミアがいた。


背中を少し丸めるようにして座り、鎖を軽く握っている。足は地面についたままで、ブランコは揺れていない。ただそこに座っているだけなのに、周囲から切り離されたみたいに見えた。


だが、今日はそれだけではなかった。


知らない男が二人、ミアのすぐ近くに立っている。

近すぎる距離だった。


大学生くらいだろうか、と湊は思う。片方は茶色く染めた髪を無造作に流し、もう片方は黒いキャップを被っていた。二人とも笑っている。軽い調子で、何かを話しかけているのが見えた。


ただ、その笑い方が妙に軽薄だった。

相手が返事をしていないことすら気にしていない笑い方。


ミアは顔を上げない。返事もしていなかった。


それでも男たちは構わず距離を詰めている。


ブランコの鎖が、かすかに軋む。

その音がやけに耳についた。


湊は立ち止まったまま、その光景を見ていた。


別に、よくある光景だ。一人でいる女の子に誰かが話しかけている。それだけ。見ようによっては、ただのナンパかもしれない。普段なら、たぶん気にも留めない。


けれど――今日は違った。


胸の奥に、妙な引っかかりが残る。見て見ぬふりをするには、ミアの顔が静かすぎた


ミアが、完全に黙ってしまっていた。

嫌だと言えない代わりに、全部を止めて耐えている時の顔だった。


「……ミア」


気づけば、名前を呼んでいた。 助けようとか、割って入ろうとか、そんなことを考えたわけじゃない。ただ、声が先に出た。


自分でも少し驚くくらい自然だった。


男たちが同時に振り返る。さっきまで軽かった空気が、その瞬間だけ止まった。


ミアも、ゆっくり顔を上げる。


目が合った。張り詰めていたものが、ほんの少しだけ緩んだ気がした。


「知り合い?」キャップの男が探るように言う。


湊は答えず、そのままミアの隣まで歩いていった。


自然な動作で、男たちとの間へ入る。


「だったら?」


否定はしなかった。


茶髪の男が、面白がるように口元を歪めた。


「彼氏?」


「……嫌がってるんで」


声は思ったより低かった。自分でも少し驚く。

男たちは一瞬だけ顔を見合わせる。


面倒そうな空気を感じ取ったのか、さっきまでの軽さがわずかに薄れた。湊はそのままミアを見る。


「帰ろう」


ミアが小さく瞬きをする。返事はすぐには返ってこなかった。数秒の沈黙が落ちる。その時間だけ、公園の静けさが余計に際立った。


やがてミアがゆっくり立ち上がる。


立ち上がる瞬間、少しだけ身体が揺れた。


反射的に手を伸ばす。細い指先が触れる。驚くほど冷たかった。ミアは躊躇うように一瞬だけ視線を落としたあと、そのまま湊の手を握った。


強くではない。

けれど、自分から離さない程度には確かな力だった。


「……うん」


かすれた声が返る。それだけで十分だった。

湊は何も言わず、そのまま歩き出す。


背後で何か言われた気がしたが、振り返らない。公園を出た瞬間、空気が少しだけ軽くなった。張りつめていたものが、ようやく緩む。


それでも、ミアの手はまだ離れないままだった。


「大丈夫か」


歩きながら聞く。


少し間を置いてから、


「……ごめんなさい」


小さな声が返ってくる。


湊は眉を寄せた。


「なんで謝るんだ」


「巻き込んだので」


「あいつらが勝手に来ただけだろ」


そこで言葉を切る。それ以上、謝らせたくなかった。


ミアは黙る。


住宅街へ伸びる夕方の道を、二人分の足音だけが続いていく。しばらくしてから、ミアがぽつりと呟いた。


「ああいうの、苦手で」


湊は少し考えてから答える。


「怖かったよな」


ミアが小さくこちらを見る。


「……固まっちゃうので」


その言い方が少しだけ幼く聞こえて、湊は無意識に肩の力を抜いていた。


怖かったのだろう、と思う。

怖いと口に出せないくらいには。


「……あの」


「うん」


「さっきの」


ミアは俯いたまま続ける。


「……ありがとうございました」


声は静かだった。

落ちるみたいに小さいのに、不思議とはっきり耳へ届く。


湊は少しだけ困る。

こういう時、気の利いた返事が分からない。


「どういたしまして」


普通の言葉しか出てこなかった。けれどミアは、ほんの少しだけ笑った。そのあと、二人とも黙ったまま歩き続ける。気まずさはなかった。


ただ、繋いだ手だけが残っている。


離すタイミングはいくらでもあったはずなのに、どちらも言い出さない。


夕方の光が、長く影を伸ばしていた。並んだ影が、アスファルトの上をゆっくり滑っていく。その影を見ながら、ミアが小さく呟く。


「……更新は」


いつもの言葉だった。


湊は繋がったままの手を見る。細くて、冷たい指先。

それがまだ自分の手を掴んでいる。


「今日は、もうこれでいいんじゃないですか」


繋いでいる手をミアの目線まで上げる。

ミアはすぐには答えなかった。代わりに、指先へ少しだけ力が入る。


「……ズルいです」


困ったみたいな声だった。でも、嫌そうではない。


湊は小さく笑う。


「今回だけな」


その返事に、ミアもまた、少しだけ笑った。

★やブックマークで応援してもらえると、作品を見つけてもらいやすくなり、モチベーションが上がり更新を続ける力にもなります。


次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ