第60話 また明日で終わる今日
到着を知らせる放送が終わると、階段の方から人の流れが増え、ホームへ靴音が重なり始めた。
湊は電光掲示板を見上げた。次に来る列車へ乗るなら、そろそろ立ち上がってもいい時間だったが、美愛は鞄を膝に置いたまま動こうとしない。
「カフェのバイトはどのくらい入ってるの?」
ミアが髪を耳へ掛け直しながら聞いた。先ほど背けていた顔は戻っていたが、湊と目が合うと、すぐに掲示板へ視線を逃がす。
「学校がある日は週に三回くらい。土日は長めに入ることもあるけど」
「疲れない?」
「もう慣れたよ。店長もいい人だし、学校から近いから続けやすいんだ」
「どんなお店?」
「駅前の商店街を抜けたところにある。広くはないけど、昼は近所の人や大学生がよく来るかな」
ミアは頭の中で場所を辿るように、駅の外へ続く階段の方を見た。
「私、行ったことあるかも」
「名前覚えてる?」
湊が尋ねると、美愛は口を開きかけて止まった。覚えていないらしく、眉を寄せながら看板の形まで思い出そうとしている。
「入口に黒板があって、ケーキの絵が描いてあるところ?」
「あー、それなら違う。うちは入口に観葉植物がある」
「大きい?」
「店長が育てすぎて、今は看板より目立ってる」
「じゃあ、見たことあるかもしれない」
ミアは鞄からスマートフォンを取り出したものの、調べるところまではせず、画面を点けたまま湊を見た。
「湊がいる日、教えてくれる?」
予想していなかった言葉に、湊はミアの顔を見た。
「来るの?」
「んー、湊は私に来てほしくない?」
「いや、そんなことはないけど」
「行こうと思った日にいなかったら困る」
湊はミアがバイト先のカフェに来てくれた時のことを想像し、接客する自分をイメージした。
「今度行くから、接客してね」
「あぁ、ミアのこと待ってる」
「……湊って、誰にでもそうなの?」
声は先ほどより抑えられていた。
「えっ」
湊は自分が何か特別なことを言ったつもりはなかった。思ったことをそのまま口にしただけだった。
ミアは前へ向き直ると、線路の向こうを見たまま唇を開いた。
「じゃあ、今度シフト教えて」
「来週以降の分かったら送る」
ホームへミアが乗る列車の接近を知らせる放送が流れる。
「今日はこれ以上遅くならないように帰ろうか」
列車が近づき、線路の先から白い光が見えた。
ホームへ風が流れ込み、ミアのスカートと長い髪を揺らす。ミアは髪を押さえながら立ち上がった。
彼女は鞄を肩へ掛け、乗車位置の列へ向かおうとした。
二歩進んだところで足を止め、振り返る。
「更新、合格です」
春休みの夜に聞いた言葉だった。
ミアはまっすぐこちらを見ていた。
「また、明日な」
湊が頷くと、ミアも小さく頷き返した。
「また学校でね、湊」
列車の風が、二人の間を通り抜ける。
美愛は今度こそ乗車位置へ向かい、白線の内側で足を止めた。春休みの夜と同じ場所に立ちながら、今日は線路ではなく、近づいてくる列車を見ている。
ドアが開き、ミアが乗り込む。
窓際まで進んだ姿がこちらを向き、目が合うと、スマートフォンを軽く持ち上げた。
シフトを送れという合図らしい。
湊もポケットの上から自分のスマートフォンへ触れ、忘れないと伝えるように頷いた。
ドアが閉まり、列車がゆっくりと動き始める。
窓の向こうにいたミアの姿がホームの端へ流れ、やがて見えなくなるまで、湊はベンチの前に立ったまま見送った。
列車の音が遠ざかってから、ポケットの中でスマートフォンが震える。
『今日は、見つけてくれてありがとう』
その下へ、続けてもう一通届く。
『次は、私の話をするね』
湊は返信欄を開き、しばらく考えてから文字を打った。
『待ってる』
送信すると、間を置かずに既読がつく。
それ以上の返事は来なかったが、湊には十分だった。
春休みが終わったあの日、ミアとの時間もそこで終わったのだと思っていた。
けれど、今このホームで交わした約束はあの日とは違う。
もう会わないではなく、また明日。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第1話からここまでちょうど3ヶ月経ちました。
1ヶ月ほど更新できない期間がありましたが、それでも投稿したら読んでくださる人がいることに感謝しかありません。
当初のラストは、二人が再会して終わりにしようと思っていましたが、読んでもらえて嬉しいの気持ちが強くなってしまい、終わらせたくなくなっちゃいました。
よければこれからも読んで応援してください!
それと、短いですが新作の方も書きましたのでそちらも読んでくれると嬉しいです。
湊の友達のお話で、今より1年前になります。




