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駅で出会った女の子と不思議な関係に。明日も死にたくなる彼女に、俺は毎日、生きる理由を渡すことになった。  作者: 逢華 (最後の挑戦)
新学期、更新のない日々 (家族編)

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第47話 紬との日曜日の買い物(2)

玄関を出ると、朝の空気は思ったより冷たかった。マンションの通路を抜ける風が頬に触れるたび、眠気の残った頭がゆっくり覚めていく。


紬は鍵が閉まったことを確かめてから、財布とエコバッグの入った小さな鞄を持ち直した。近所のスーパーへ行くだけなのに、服装も髪もきちんと整っている。そういうところは、家の中で台所に立っている時と変わらない。


エレベーターが点検中だったため、階段を下りる途中、下の階から誰かの足音が響いた。湊が端へ寄ると、紬も遅れて同じように体を寄せる。すれ違った住人が会釈をして通り過ぎ、紬は控えめに頭を下げたあと、何事もなかったように歩き出した。


ただ、その位置が前より近かった。肩が触れるほどではない。けれど、半歩分だけ空いていたはずの距離が、今日は自然に埋まっている。湊が歩幅を落とす前に、紬の方がこちらの速度に合わせていた。


マンションを出ると、住宅街は休日の朝らしい静けさに包まれていた。


「今日買うものはメモしてありますから」


紬が歩きながら買い物用のメモを開いた。玉ねぎ、じゃがいも、人参、ルー、豚肉と順番に並んでいる。きれいに整えられた文字を見て、湊はなんとなく彼女らしいと思った。


「覚えてるなら、見なくてもよくないか」


「確認です。買い忘れると困りますから」


返ってきた声はいつも通り落ち着いていた。


「じゃがいもは、多めでいいですよね」


「どうして?」


「湊、そっちの方が好きでしょ」


言い終えた瞬間、紬は自分で口にした内容に気づいたみたいに視線を逸らした。大したことを言ったわけではない。家族の好みを覚えていただけ。そう言ってしまえばそれまでなのに、彼女の横顔には、言葉にしたあとで持て余した熱が残っていた。


湊は気づかないふりをして、前を向いた。そこで何か言えば、紬はたぶんすぐに距離を取り直す。せっかく自然に隣を歩いているのに、それをわざわざ壊す理由はなかった。


信号の前で立ち止まる。向かい側では子どもが母親に袖を引かれながら、白線の手前でつま先を止めていた。風が抜け、紬の髪が頬にかかる。彼女は片手で押さえながら、ちらりと湊を見た。


「今日、寒くないですか」


「肌寒いな」


「そうですよね」


それだけで会話は途切れた。けれど、途切れたあとも紬は離れなかった。赤信号の前で同じ方向を見て、青に変わるのを待っている。その横顔を見ていると、昨日の食卓で向かい合っていた時間が、まだ家の外まで続いているような気がした。


信号が青に変わり、二人は並んで横断歩道を渡った。途中で風にあおられた店先の小さな看板が、かたん、と軽く鳴る。紬が音の方へ目を向け、湊もつられて視線を動かした。看板は倒れるほどではなく、揺れただけで元の位置に戻る。


「今の、倒れるかと思いました」


「子供が近くにいたから倒れなくてよかったな」


「……そういうところ、湊らしいですね」


紬は前を向いたまま言った。何気ない言葉のはずなのに、湊は返すタイミングを逃す。紬の方もそれ以上続ける気はないらしく、鞄の紐を持ち直して歩き続けた。


スーパーの入口が見えてくる。開店して間もない時間だからか、駐車場に停まっている車はまだまばらだった。自動ドアの前で紬が足を止める。先に入るのかと思ったが、彼女はガラスに映る湊の姿を見て、そのまま待っていた。


「行きますか」


紬は何でもない顔で言う。けれど、湊が隣へ並ぶまでドアの前を動かなかった。以前なら先に入って、カゴを取って、用事を済ませるように売り場へ向かっていたはずだ。


「ああ」


湊が答えると、紬は小さく頷いた。二人の足がほとんど同じタイミングで自動ドアの前へ進み、センサーが反応してガラスが左右へ開く。外の冷たい空気が背中に残ったまま、店内の明るい照明が足元へ広がった。


野菜売り場の匂いと、朝の店内BGMが流れてくる。いつも来ているスーパーで、棚の並びも、入口近くに積まれた特売の箱も変わらない。それなのに、紬が隣にいるだけで、見慣れた場所がいつもより新鮮に見えた。


紬は入口の横に積まれたカゴへ手を伸ばし、持ち手に指をかけた。そのまま自分で持とうとした。

湊は彼女の手元に視線を落としたあと、何も言わずにカゴの反対側へ指をかけた。


「持つよ」


紬は言い返さなかった。ただ、ほんのわずかに目を伏せてから、カゴをこちらへ渡す。


「……お願いします」


その声は、店内の音に紛れるくらい静かだった。

湊はカゴを受け取り、紬が歩き出すのを待った。


最初に向かったのは野菜売り場だった。紬は玉ねぎの袋を手に取り、重さを確かめるように軽く持ち上げる。湊が横に立つと、彼女は一度だけこちらを見てから、何でもないように袋をカゴへ入れた。


「これでいいですか」


「いいと思う」


「じゃがいもは、こっちの方が大きいですね。形はこっちの方が使いやすそうですけど」


紬はそう言って、二つの袋を見比べてながら、湊に相談して買うほうを一緒に決める。

今までなら口に出さずに選んでいたはずのことを、今日はこうして話し合う。


湊はカゴを持ったまま、紬の手元を見た。家のことを回すために、彼女はいつもこうやって考えていたのだろう。冷蔵庫の中身や、日持ち具合、帰ってから作る順番まで。湊が見ていなかっただけで、その手間はずっと紬の中にあった。


「使いやすい方でいいんじゃないか」


「では、こっちにします」


紬が選んだ袋をカゴへ入れる。袋の底がカゴに当たって、軽い音がした。その音を合図にするように、二人は次の棚へ向かう。紬は歩き出してから、ほんの一拍遅れて振り返った。


湊がついてきているかを確認しただけ。きっと、それだけだ。


それでも、その一拍遅れた振り返りを、湊はしばらく目で追ってしまった。

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次回もよろしくお願いします。

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