第39話 気になる理由
「湊くんも告白されたりする?」
彩音の声音は軽い。冗談みたいにも聞こえるのに、聞いたあとだけ、こちらを見る視線は逸れない。
窓の外では風が木を揺らしていた。図書室前の静かな廊下に、葉の擦れる音だけが細く残っている。
湊はすぐには答えず、手の中の参考書へ目を落とした。
「……ない、とは言わないけど」
曖昧に返すと、彩音がぱちりと瞬きをする。
「へぇ」
彩音はチラっとこちらを見ながら
「湊くんと話してみて、思ったことあるんだけど」
「なに?」
そこで少し言葉を止める。風に流れた髪を耳へ掛けながら、困ったように笑った。
「最初は距離あるなって感じだったんだけど」
少しだけ視線を逸らす。
「最近そんなことないし」
そこまで言ってから、自分でも照れたのか、彩音がふっと視線を逸らす。
「……あと、普通に目立つし?」
「目立つ?」
「いい意味で。見た目もだけど、雰囲気がとくに」
思ったより真っ直ぐな言葉で、湊は返事に困る。
「自分じゃ分かんないな」
正直に返すと、彩音が少しだけ考える。
「なんかさ、湊くんって話すほど印象変わるんだよね」
「印象?」
そこで少し笑う。
「だからかな、もっと知りたくなる」
「それはいいことなの…か」
「私はそう思うよ。で、告白は?」
「…何回かはあるけど」
中学の頃は一度。
高校に入ってからも、放課後に呼び止められたり、教室に残ってほしいと言われたことは何回かある。
不思議と強く残っている記憶は少ない。
夕方の校舎とか、西日の差した窓とか、部活帰りの声。そういう景色の方が先に浮かぶ。
そう言うと、彩音がこちらを見る。
「何回か?」
「中学とか、高校入ってからとか」
「へぇ……」
今度は、ちゃんと感心している顔だった。
窓の外で風が吹いた。遅れて髪が揺れて、制服の袖が小さく動く。彩音がぽつりと口を開いた。
「なら、湊くんならわかってくれるかな」
声が、さっきより静かになる。
「私さ、断るときって結構気疲れするんだよね」
窓の外を見たまま、小さく息を吐く。
「嬉しくないわけじゃないんだけど、ちゃんと返したいし、傷つけたくないし。でも、どう言っても少しは傷つけちゃうじゃん」
制服の袖を指先で摘まむ。
「期待させたかな、とか。もっと早く気づけたかな、とか」
笑いながら言っているのに、最後だけ力が抜ける。
「別に悪いことしてるわけじゃないのに、なんか疲れるんだよね」
視線が落ちる。
図書室で見た時より、今の方がずっと素に近かった。
湊は返事を探す。
けれど、気の利いた言葉は浮かばない。
だから、思ったままを口にした。
「ちゃんと断ってたじゃん」
彩音がこちらを見る。
「……聞こえてた?」
「聞こえた」
否定はしない。
湊は参考書を持ち直す。
「嫌な感じしなかったし」
少し考えてから続ける。
「ちゃんと考えて返してたの、分かったから」
彩音は何も言わなかった。
ただ、数秒だけこちらを見て、それからふっと肩の力を抜く。
「……そういうとこだと思う」
「何が」
聞き返すと、彩音が小さく笑った。
「なんか気になる理由」
窓の外へ視線を戻しながら続ける。
「ちゃんと見てるし、ちゃんと考えてるし。そういうの、分かる人いると思う」
「買いかぶりだろ」
正直に返すと、彩音が息を漏らして笑った。
「そこ、全然自覚ないんだ」
「ないな」
「すごいね、それ」
呆れたように笑いながら、彩音が窓の外を見る。
風が吹く。
髪が揺れて、その横顔から、さっきまでの張った空気が少し抜けて見えた。
「……でも、ありがと」
彩音は窓の外を見たまま、小さく息を吐いた。
ぽつりと落ちた声に、湊は顔を上げる。
風が吹き抜ける。
窓の外で揺れた木の影が、廊下の床へ細く揺れていた。
「断ったあとって、結構引きずるんだよね」
彩音は苦笑する。
「相手のこと嫌いだったわけじゃないと、余計に」
制服の袖を指先で弄びながら、言葉を探すように視線を落とした。
「ちゃんと返したつもりでも、あれでよかったかな、とか、逆に優しくしすぎたかな、とか」
そこまで言って、自分でも考えすぎだと思ったのか、少しだけ笑う。
「重いよね、私」
「そんなことないだろ」
反射的に出た言葉だった。
彩音が、わずかに目を丸くする。
「即答なんだ」
「いや……」
湊は言葉を探す。
うまく説明できる気はしなかった。ただ、さっきのやり取りを聞いていて、適当に返していたようには見えなかった。
だから、思ったままを口にする。
「ちゃんと考えてるだけじゃないのか」
図書室の扉へ目を向ける。
「……やっぱり、そういうとこだと思う」
「またそれ?」
「うん」
今度は楽しそうだった。
窓際へ寄りかかったまま、こちらを見上げる。
「ちゃんと見てるじゃん」
「普通だろ」
「普通にできない人、結構いるよ?」
言われて、湊は返事に困る。
その沈黙がおかしかったのか、彩音がふっと笑う。
「なんかさ」
風で流れた髪を耳へ掛け直す。
「湊くんって、優しいっていうより、ちゃんと理解してくれる人って感じ」
「……もうやめようか、この話」
もう一度言うと、彩音が肩を揺らした。
「照れてる」
「照れてない」
「ふふ、照れてるじゃん」
「面と向かって、そんな恥ずかしいこと言われたことないからしょうがないだろ」
笑う声が、さっきより軽い。
廊下の向こうから、昼休みの笑い声が遅れて聞こえてきた。
ふと、彩音が「あ」と小さく声を漏らす。
「……お昼、完全に逃したかも」
「自分で逃げたいって言ってたじゃん」
「それはそうなんだけどさ」
少しだけ唇を尖らせて、それから諦めたみたいに笑う。
「戻ったら絶対聞かれるんだよね。“どうだった?”って」
湊は参考書を持ち直す。
「大変だな」
彩音はそれに気づいたみたいに笑う。
「……でも、ちょっと楽になったから、まあいいや」
そう言って窓の外を見る横顔は、図書室から出てきた時より、ずっと力が抜けて見えた。
キャラの会話がもっとある方がいいとアドバイスを頂いたので、挑戦していこうと思います。
続きが読むたいな、と思っていただけるように頑張りますので、★やブックマークしてくれたら嬉しいです。




