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駅で出会った女の子と不思議な関係に。明日も死にたくなる彼女に、俺は毎日、生きる理由を渡すことになった。  作者: 逢華 (最後の挑戦)
春休み ( 出会い編 )

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第4話 『“何もない日”は、連続使用禁止らしい』

いつもなら駅に向かうはずの足が、その日は自然と別の方向へ進んでいた。駅とは反対側、人の流れから外れるように住宅街へ入っていく。決まった道を歩いているわけではないのに、どこへ向かえばいいのかだけは分かっている気がした。


明るかった道は、進むほどに静かになっていった。街灯の間隔が広くなり、一つ一つの光の間に暗さが残る。人の気配もゆっくり遠ざかっていき、足音だけが自分のものとしてはっきり聞こえた。


しばらく歩くと、視界が少し開けた。そこにあったのは、小さな公園だった。広くもなく、特別なものがあるわけでもない。ブランコと、滑り台と、ベンチが二つ。それだけの場所だった。


昼なら、誰かがいたのかもしれない。子どもが遊んでいたり、近所の人が休んでいたり、そういう光景が浮かぶ。けれど今は、人の気配だけがきれいに抜け落ちて、空間だけが残されているように見えた。


風が吹くたびに、遊具がわずかに揺れた。金具のこすれる小さな音が、静けさの中にゆっくり広がっていく。それ以外には何もない。この場所だけが、夜の中から切り取られたみたいだった。


湊は公園の入り口の手前で足を止めた。踏み込めないほどではないのに、そのまま入るには少しだけ空気が違う気がした。街灯が一つだけ白く光り、公園の一角をぼんやり照らしている。


その下に、ミアがいた。


ベンチに座り、足元へ視線を落としている。昨日と同じ無表情で、感情が抜け落ちたみたいに静かだった。けれど、前を見ていた昨日とも、本を読んでいた一昨日とも違って、今日はどこか遠く見えた。


「……ほんとに来たんですね」


声をかける前に、ミアが言った。ゆっくり顔が上がり、こちらを確認するみたいに時間をかけて視線が合う。その動きの遅さだけで、駅にいたときとは違う空気だと分かった。


「そっちこそ」


湊は短く返しながら、公園の中へ入った。昨日と似たやり取りのはずなのに、同じ感触にはならない。場所が変わっただけで、言葉の届き方まで変わったみたいだった。


少しだけ間が空いた。何を話せばいいのか分からない時間が、二人の間に残る。湊はそれを埋めるように、公園を見回してから口を開いた。


「ここ、何もないよな」


見たままの感想だった。ブランコも滑り台も、暗がりの中ではどこか古く見える。誰かのためにある場所なのに、今は誰にも使われていない。その空白が、妙に目についた。


ミアはゆっくり周りを見る。


「そうだね。……なんでここにしたの」


責めるでもなく、強い興味があるわけでもない。ただ確認するみたいな声だった。近かったから、なんとなく、理由はいくつでも作れたが、湊の口から出たのは別の言葉だった。


「……静かだから」


考えたというより、自然に出てきた答えだった。言ったあとで、自分でもそれに納得しているのか分からなくなる。けれど、ミアは何も言わず、もう一度公園の中へ視線を向けた。


木の葉が風に揺れて、小さく鳴る。少し遠くで車の走る音が聞こえるが、人の声も足音もここまでは届かない。この場所だけが、街の中から少し外れているみたいだった。


「……うん。静かで落ち着く」


ミアは小さく言った。大きな反応ではなかったが、拒んではいない。その言葉を聞いて、湊は少しだけ肩の力を抜いた。


「更新は?」


ミアがベンチに座ったまま聞いてくる。昨日と同じ言葉なのに、白線の前ではなく、駅でもなく、公園のベンチで聞かれるだけで重さが少し変わる。同じ高さで向き合っているせいか、言葉は少しだけ出しやすかった。


「ある」


湊は短く答えた。無理に飾る必要はない気がした。今日は少し考えてきた。昨日みたいにその場で拾うだけではなく、この場所へ来る前から、頭の中で何度も形を変えていた。


「……今日は」


ゆっくり口を開く。急ぐ理由はなかった。暗い公園の中で、街灯の届く範囲だけがぼんやり明るく、その外は影に沈んでいる。木が揺れるたびに、地面の影が少しずつ形を変えていた。


「ここ、何も起きないだろ」


思ったままを口にする。騒がしさもないし、人もいない。ただ静かなだけの場所。特別な出来事が起きる気配は、どこにもなかった。


「うん」


ミアは短く返す。否定も補足もない。ただ、そのまま受け取っている声だった。湊はその反応を確かめてから、言葉を続けた。


「だからさ」


少しだけ言葉を選ぶ。考えてきたものをそのまま出すのではなく、今この空気に合う形へ整える。ここで言うべき言葉を間違えたら、意味がなくなる気がした。


「何も起きない日が、一日くらいあってもいいだろ」


言いながら、ミアを見る。視線がゆっくりこちらへ向いた。湊は逃げずに続ける。ここで目を逸らしたら、言葉まで弱くなる気がした。


「何もないまま終わる日があっても、別にいいと思わないか」


特別な理由ではない。説得力があるとも思っていない。それでも、この場所で出すならこれだと思った。静かな公園には、大きな言葉よりもその方が似合っていた。


風が少し強く通り、ブランコが小さく鳴った。きぃ、と細い音が、二人の間に残る。それ以外は何も変わらない。ミアは黙ったまま、湊を見ていた。


その視線は、いつもより少し長かった。試しているのか、考えているのかは分からない。ただ、簡単に流しているわけではないことだけは伝わってくる。


「毎日理由考えるの、めんどくさいだろ」


湊は少しだけ肩の力を抜いた。さっきまでの張り詰めた感じを、わざと少し崩す。きれいな言葉ではない。けれど、嘘ではなかった。


「だったら今日は、“何もない日”でいい」


言い切った。正しいかどうかは分からない。でも、今の自分が出せる答えとしては、それが一番近かった。


音が止まったように感じた。風も、ブランコの軋む音も、一瞬だけ遠くなる。返事を待つ沈黙が、昨日よりも少し長く伸びていく。


「……それ」


ミアが口を開いた。さっきまでの沈黙を、そのまま引き継ぐみたいにゆっくりだった。すぐには続けず、何かを測るように湊を見る。


「ズルいね」


ぽつりと落ちた言葉は軽かったのに、静かな公園の中で妙に残った。湊は予想していなかった返しに、少しだけ眉を寄せる。


「は?」


思わず聞き返す。否定でも肯定でもない言葉だった。けれど、何かが引っかかる。ミアは少しだけ視線を外し、言葉を選ぶように間を置いた。


「それだと、明日も何もなくてよくなる」


静かな声だった。説明するでもなく、ただ事実を並べているみたいだった。けれど、その中にある意味は分かった。一日だけならいい。でも、それが続いたらどうなるのか。


「……ダメか?」


自然と口に出る。強く言い返すわけではなく、ただ確認するみたいな聞き方になった。自分でも少し弱いと思ったが、取り繕う気にはなれなかった。


「ダメじゃないけど」


ミアはゆっくり立ち上がった。迷いのない動きだった。ベンチから一歩離れるだけで、さっきまで同じ場所にいたはずの距離が少し遠く感じる。


「終わりが来ないよ、それ」


淡々とした声だった。感情はほとんど乗っていない。それなのに、その言葉だけがやけに重く残る。湊は考えるより先に返していた。


「終わらない方がいいだろ」


静かな場所に、その言葉だけが落ちる。正しいかどうかは分からない。ただ、そう思ったから言った。どちらが正しいのか分からないまま、二人の考えの違いだけがはっきり残った。


少しだけ間が空いた。ほんの短い時間なのに、やけに長く感じる。言葉が止まり、空気だけがそこに残る。


「……そうかな」


ミアがようやく口を開いた。さっきまでとは少し違う声だった。ゆっくり振り返る動きにも、わずかな迷いが混ざっているように見えた。


目が合う。昨日より、ほんの少しだけ揺れている。はっきりとは分からないくらいの変化だったが、確かに違って見えた。


「終わらないって、結構しんどいよ」


強くもなく、弱くもない声だった。押しつけるでもなく、ただ自分の中にあるものをそのまま置いたような言い方だった。


そのまま、ミアは少しだけ視線を落とした。さっきまでこちらを見ていた目が外れるだけで、わずかに距離ができる。湊は何かを言いかけて、飲み込んだ。


「……でも今日は」


ミアが小さく息を吐く。重かった空気を、少しだけ外へ逃がすみたいだった。


「合格」


短く、あっさりした一言だった。それでも、張っていたものが少しだけ緩む。湊は知らないうちに強く握っていた手を開いた。


「ただし」


ミアが指を一本立てる。ほんのわずかに表情が動き、そこに少しだけ遊びが混ざった。


「連続使用は禁止」


「なんだそれ」


湊は思わず笑った。作ったものではない、自然に出た笑いだった。さっきまでの空気が少し軽くなり、その変化がはっきり分かった。


「明日はちゃんと考えて」


ミアは軽く言っただけだった。けれど、その言葉はきちんと残る。約束というほど重くないのに、ちゃんと意味を持っている。


それだけ言うと、ミアは歩き出した。向かう先はブランコだった。金具が、きぃ、と小さく鳴る。ミアはゆっくり座り、足で地面を軽く蹴った。


体が、わずかに揺れる。前後に、ゆっくりと。ただそれだけの動きなのに、その一つ一つが妙に印象に残った。


「……乗るのかよ」


湊は思わず言った。特に意味はない。ただ、そのまま出た言葉だった。


「なんとなく」


ミアは前を見たまま答える。振り返らず、そのまま揺れ続ける。ブランコの音が一定の間隔で、公園の静けさに混ざっていった。


「ねえ」


小さく呼ばれる。視線はまだ前を向いたままだった。こちらを見ないまま、言葉だけが届く。


「ここ、いいね」


ぽつりとした声だった。揺れに合わせて、少しだけ声も揺れている。


「駅よりは」


その一言で、さっきまで残っていた違和感が少しほどけた。湊は短く「ああ」と返す。それで十分だった。それ以上、何かを足す必要はない気がした。


ブランコが揺れる。きぃ、きぃ、と小さな音を立てながら、時間だけがゆっくり流れていく。何も起きない。本当に、何も起きなかった。


特別なことも、変わったこともない。ただ、静かな公園で、ミアがブランコに揺れている。それだけの時間だった。


それなのに、悪くないと思った。声に出すほどではない感覚が、胸の奥に残る。はっきり名前をつけるほどではないが、確かにそこにあるものだった。


帰り道、湊は来た道をそのまま戻っていた。景色も道も何も変わっていないはずなのに、少しだけ違って見える。理由を作るために会っているはずなのに、気づけば理由とは関係のない時間が増えていた。


何かを決めるためではなく、ただ同じ場所にいるだけの時間。それが自然に増えている。そう気づくと、胸の奥に変な落ち着かなさが残った。


「……なんだこれ」


小さく呟いても、答えは出ない。考えても、はっきりした形にはならない。けれど、嫌ではなかった。むしろ、少しだけ楽だった。


理由がなくてもいい時間があることが、思っていたより悪くなかった。何もない日がこのまま続けばいいと、湊は歩きながら、初めてそんなことを思った。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


少しでも続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価をしていただけると励みになります。


感想も一言でも大歓迎です。全部読んで、次に活かしています。

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こんにちは!Xの企画からやってきました! 心理描写が細かく、かつ読みやすいように書かれているので上手いなーと思いました! このような心理描写が苦手なので勉強になりました。ブクマと☆付けさせていただきま…
こんにちは(*´ω`*) 静かな公園の空気感と、 二人の会話の温度がすごく心地よかったです。 「何もない日が、一日くらいあってもいいだろ」と「終わらないって、結構しんどいよ」の対比が印象に残りました…
文末の印象よりもこちらは少しずつ、不安になる気持ちですね。 毎日全力の一発芸を要求されている気分だ。 まるで猫のような彼女は強烈な刺激を求めているように思える。 彼女も主人公も二人とも選択こそ違えど、…
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