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駅で出会った女の子と不思議な関係に。明日も死にたくなる彼女に、俺は毎日、生きる理由を渡すことになった。  作者: 逢華 (最後の挑戦)
春休み ( 出会い編 )

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第25話 《一ノ瀬彩音》 その2

コンビニの前には、一ノ瀬彩音がいた。


外壁へ軽く肩を預けるように立ちながら、片手でスマホを見ている。白の薄手のカーディガンに、淡い色のスカート。特別派手な格好ではないのに、不思議と人目を引く。


湊は店へ近づきながら、無意識に歩く速度を少しだけ落としていた。


――やっぱり、美人なんだな。


最初に浮かんだ感想は、それだった。


顔立ちが整っているのはもちろんだが、それ以上に目につくのは空気の柔らかさだった。無理に愛想よくしている感じがないのに、話しかけづらさがない。人との距離を詰めることに慣れている人の空気だった。


「……あ」


彩音が顔を上げる。

湊に気づいた瞬間、少しだけ目を細めた。


「よかった。ちゃんと来てくれた」


笑いながら言う。


確認みたいな口調なのに、“来ると思ってなかった”ほど遠い感じではない。その距離感が妙に自然だった。


「……呼んだの、一ノ瀬さんですよね」


湊がそう返すと、彩音は小さく肩を揺らす。


「あはは、たしかに」


軽い。でも、人を雑に扱う軽さじゃない。


そのままスマホをポケットへしまいながら、彩音は壁から身体を離した。近づきすぎない程度に、一歩だけ前へ出る。


距離は近い。

けれど、不思議と圧迫感はなかった。


「なんか、もっと警戒されると思ってた」


「なんでですか」


「紬ちゃんから聞いてた感じだと、もっと壁ある人かなって」


そこまで言ってから、少しだけ考えるように視線を動かす。


「静かだけど優しい、とか。あと、人との距離感ちょっと不器用そう、とか」


最後だけ少し笑いながら付け足した。

湊は思わず眉を寄せる。


「悪口じゃないですか」


「半分くらい?」


悪びれず返してくる。

そのやり取りが、思っていたより自然だった。


初対面に近いはずなのに、変に気を張らなくていい。彩音が無理に盛り上げているわけではないのに、会話が止まらない。


たぶん、相手に合わせて空気を調整するのが上手いのだ。


「でも、写真のまんまだね」


ふと、彩音がそんなことを言った。


「……写真?」


「紬ちゃんが見せてくれたやつ」


隠す感じがない。むしろ普通の会話みたいに言う。


「なんか、ちゃんと雰囲気ある人だなーって思ってた」


「ただの写真ですよ」


湊はすぐ返す。


けれど彩音は、「うん」と軽く頷くだけだった。


「だからじゃない?」


押しつける感じがない。ただ、自分はそう思った、と自然に置くだけの言い方だった。


「見せようとしてないのに空気ある人って、ちょっとずるいし」


その言葉に、湊は少しだけ視線を逸らす。


照れたわけではない。ただ、真正面から受け取るには少し距離が近い気がした。彩音はそこを追いかけない。代わりみたいに、少しだけ首を傾ける。


「ねえ」


さっきより少し柔らかい声だった。


「今、時間ある?」


聞き方は軽い。断られても平気な形をしているのに、不思議と“断られる感じ”がしない。

湊はすぐには返事をしなかった。


このあと駅へ行くつもりだった。いつもの時間。いつもの場所。たぶん、今日もミアはいる。


そこまで考えてから、自分の思考に少しだけ引っかかる。まだ時間はある。別に遅れるわけでもない。

そう整理するみたいに考えてから、


「……少しだけなら」


と、小さく返した。

彩音はその返事を聞くと、ぱっと表情を緩める。


「よかった」


その笑い方は、さっきまでより少しだけ素直だった。


「じゃあさ」


彩音はそう言って軽く身体を反転させると、コンビニの自動ドアを指先で示した。


「ちょっと付き合ってよ」


その言い方が妙に自然だった。頼み込む感じでも、無理に距離を縮めようとしている感じでもない。ただ、“このまま少し一緒にいる流れ”を当たり前みたいに差し出してくる。


湊は一瞬だけ視線を上げる。


空はもうかなり夜に近づいていた。昼の色は薄く消えかけているのに、街灯の光はまだ完全には馴染みきっていなくて、夕方と夜の境目だけが曖昧に残っている。


笑いながら言う声は軽いのに、変な駆け引きがない。本気で少し安心したみたいな響きだったから、湊も「そこまで警戒してない」と自然に返していた。


「ほんと? LINEだとちょっと壁ある感じだったけど」


「……敬語だからですか」


「それもあるかも」


彩音は小さく笑いながら、自動ドアの前へ立つ。センサーが反応して扉が開くと、店内の冷たい空気が一気に流れ出てきた。肌に残っていた外の湿気が押し返される感覚と一緒に、揚げ物の油の匂いと乾いた空調音が広がる。


二人並んで中へ入る。


店内はどこを見ても同じ明るさだった。白い光が均一に床へ落ちていて、整った棚も、規則的に並ぶ商品も、全部が変わらない温度でそこにある。外の曖昧な空気から切り離された、別の場所みたいだった。


彩音は真っ直ぐ奥へ進まず、飲み物の棚の前で立ち止まる。


「コンビニ来るとさ、とりあえず飲み物見ない?」


冷蔵ケースを覗き込みながら、そんなことを言った。


「買う気なくても」


「……分かる気はする」


湊が答えると、彩音は「ほんと?」と少しだけ嬉しそうに笑う。その反応が妙に自然だった。無理に話題を広げようとしている感じではなく、相手の返事を拾って、そのまま空気へ馴染ませるのが上手い。


彩音は一本ペットボトルを手に取る。


けれど、すぐには決めきれなかったのか、ラベルを少し眺めたあとで元の場所へ戻した。


「一ノ瀬って、優柔不断なんだな」


何となくそう言うと、彩音は「あー、言われる」と肩をすくめる。


「選ぶまでは長いのに、決めたら急なんだよね、私」


言いながら、今度は別の飲み物へ手を伸ばした。その横顔を見ながら、湊は少しだけ不思議に思う。


話しやすい。


変に気を遣わなくていい。それなのに、踏み込みすぎてくる感じもしない。距離の詰め方が自然なのだ。


「そういえばさ」


彩音が冷蔵ケースを見たまま口を開く。


「LINEのときから思ったんだけど、ずっと敬語なんだね」


「ああ……まあ」


「学校でもそんな感じ?」


「相手によります」


彩音はそこで「ふーん」と小さく頷いた。それで終わるかと思ったが、少ししてから「なんか、敬語だと壁ある感じする」と軽く続ける。


言い方は柔らかい。ただの冗談みたいに聞こえるのに、ちゃんと本音も混ざっていた。


湊が返事を考えていると、彩音は「あ、別に嫌って意味じゃないからね」とすぐに笑った。


「ちゃんとしてる感じするし。ただ、ちょっと遠いなーって思っただけ」


その言葉の直し方が上手かった。相手の反応を見て、空気が重くなる前に自然に温度を戻す。たぶん、こういう距離感に慣れているのだと思う。


「……じゃあ、どうすればいいんですか」


半分冗談みたいに返すと、彩音は少しだけ考えるふりをした。


それから、「私に敬語やめてみる?」と軽く首を傾ける。


押しつける感じではない。でも、断られるとも思っていない聞き方だった。


湊はすぐには返事をしない。代わりに適当なペットボトルを一本取って、そのままラベルへ視線を落とす。

そんな湊を見ながら、彩音はふっと笑った。


「ほら、その考えてる時間」


「……なんですか」


「真面目そう」


その言い方がおかしくて、湊は小さく息を漏らす。

彩音もつられたみたいに笑った。


その瞬間、不意に別の光景が頭を掠める。

白線の近く。

人の流れから少し外れた場所。

静かに立っている影。


「……」


彩音との会話も、ちゃんと続いている。一緒にいて楽だと思う。それは本当だった。だからこそ、その感覚とは別に残る小さな引っかかりの方が、妙に消えなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


少しでも続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価をしていただけると励みになります。


感想も一言でも大歓迎です。全部読んで、次に活かしています。

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