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駅で出会った女の子と不思議な関係に。明日も死にたくなる彼女に、俺は毎日、生きる理由を渡すことになった。  作者: 逢華 (最後の挑戦)
春休み ( 出会い編 )

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第19話 湊と紬 (2) 出会い

兄妹になった日のことを、紬はふと思い出していた。


最初にこの家へ来たときの空気。どこまで近づけばいいのか、どこから先に踏み込んではいけないのか、その境目が何ひとつ分からなかった頃のことだ。


話しかけるタイミングも、目を合わせる長さも、同じ部屋にいるときの立ち位置さえ曖昧だった。近づけば変に意識してしまうし、離れすぎればそれはそれで不自然に見える。


今みたいに、何も考えず隣に立てるような関係ではなかった。


「……湊」


小さく名前を口に出す。


呼び慣れてきたはずの音が、キッチンの静けさの中で少しだけ違って聞こえた。最初はよそよそしくて、口に出すだけでも喉の奥に引っかかるような名前だったのに。


あのときも、そうだった。


ドアの前で、紬はほんの少しだけ足を止めていた。


開ければ中に入れる。それは分かっているのに、たった一歩が妙に重い。扉の向こうからは、笑い声と低い大人の声が聞こえてくる。


そこに混ざっている母親の声は、いつもと同じはずだった。けれどその日は、聞き慣れた声まで少し遠く、知らない家の中から響いているみたいに感じられた。


紬は小さく息を吐き、もう一度だけ吸い直す。


準備が必要なほどのことじゃない。そう思っても、そうしなければ開けられなかった。ドアノブに手をかけ、少しだけ力を入れて、ゆっくりと押す。


開いた瞬間、空気が変わった。


知らない匂い。知らない温度。さっきまでいた場所とは違う生活の気配が、一気に肌へ触れてくる。


「紬」


母親に呼ばれて、肩が小さく反応した。


いつもと同じ声なのに、今日はその響きまで違って聞こえる。紬は頷くでも返事をするでもなく、促されるままリビングへ足を進めた。


そこには、これから父親になる人が座っていた。


まだ“お父さん”とは呼べない人。けれど、そう呼ぶことになると決まっている人。その隣に、もう一人いた。


大人ではない。けれど、子どもというほど幼くもない。紬と同じくらいの男の子が、少しだけ距離を取るように座っていた。


目が合った。


ほんの一瞬だった。それでも、相手も自分と同じように居場所を決めかねているのだと分かるには十分だった。


紬はすぐに視線を逸らした。


見られたままでいるのが落ち着かなかった。向こうも同じだったのかもしれない。目が合ったあとの空気だけが、ほんの少しだけ残っている。


「今日から一緒に住むことになったの」


母親の説明は短かった。


余計な言葉はなかった。けれど、それで状況は十分に伝わった。再婚。その言葉ひとつで、今この場所にいる理由はすべて繋がる。


分かっていたはずだった。


母親が再婚することも、この家で新しい家族と暮らすことも、頭ではちゃんと理解していた。けれど、リビングに座る男の子を前にした瞬間、それは急に現実になった。


「白石湊くん」


名前が出た瞬間、紬は反射的にもう一度だけ視線を向けた。


白石湊。これから同じ家で暮らすことになる人。その名前と存在が、そこで初めて結びつく。


湊は軽く頭を下げた。


深くもないし、形式的でもない。どうすればいいのか分からない中で、とりあえず選んだみたいな動きだった。


「……どうも」


それだけ言って、湊はそれ以上何も続けなかった。


無理に笑うことも、距離を詰めてくることもない。ただ、その場に座っている。紬はその態度に少しだけ戸惑いながら、同じくらい短く返した。


「紬です」


それで終わりだった。


それ以上、関わる気はなかった。関わり方が分からなかった、という方が近いのかもしれない。


最初の頃、二人はほとんど話さなかった。


話す機会がなかったわけではない。同じ家にいて、同じリビングを使って、同じ時間に顔を合わせることもあった。それでも紬の方から言葉をかけることは、ほとんどなかった。


学校でも、男子との距離は苦手だった。


からかうように話しかけてくる声。必要以上に近い立ち位置。こちらが黙っているのに、遠慮なく踏み込んでくる感じ。理由を考える前に、身体の方が先に拒んでしまう。


だから、同じ家に男の子がいるというだけで、最初は少し息が詰まった。


家の中にまで、あの落ち着かない距離感が入り込んでくるような気がしていた。リビングへ入る前に足音を確認したり、キッチンへ行くタイミングを少し遅らせたりしたこともある。


でも、湊は違った。


近づいてこない。無理に話しかけてこない。こちらが黙っていれば、その沈黙を埋めようともしない。


リビングにいても、湊はただ同じ空間にいるだけだった。テレビを見るでもなく、スマホを触るでもなく、必要なことがあれば短く言って、それ以上は何も求めてこない。


それが不思議だった。


気を使っているようにも見えない。けれど、結果的に紬が息をしやすい距離だけは、いつも保たれていた。


嫌ではなかった。


むしろ、少しだけ楽だった。


そんなある日、紬がキッチンに入ると、先に湊がいた。


流しの前に立っているだけで、何かをしているわけではなかった。コップを取ろうとしていたのか、水を飲もうとしていたのか、それさえ分からないくらい自然にそこにいた。


「あ」


目が合った。


ほんの短い一瞬だったのに、空気が少し止まった気がした。紬はすぐに視線を逸らす。見続ける理由がないのに、逸らしたことで余計に意識してしまう。


何か言わなければいけない気がした。


でも、何を言えばいいのか分からなかった。気まずい沈黙が落ちてくると思った、その前に。


「使うなら、先いいよ」


湊がそう言った。


それだけだった。


余計な説明も、気を回したような言い方もない。ただ、言葉を置くみたいにそう言って、少しだけ横へずれる。


大きく動いたわけではない。


それでも、紬が通るには十分な距離ができた。声も近すぎず、動きも大げさじゃない。押しつけられた気遣いではなく、そこにある障害物を静かにどけたみたいな自然さだった。


「……いい」


紬は短く返した。


反射みたいな言葉だった。けれど、返したあともすぐには動けない。湊はそれを責めるでもなく、少しだけ目を瞬かせてから、いつもの調子で言った。


「じゃあ俺、あとにするわ」


本当にそれだけだった。


湊は迷う様子もなくキッチンを出ていく。振り返ることもなく、足音だけが廊下へ流れて、ドアの閉まる音が小さく響いた。


空間が切り替わる。


一人になったキッチンで、紬はしばらくその場に立っていた。さっきまであった湊の気配が、すっと抜けていったあとだけが残っている。


「……なに、それ」


小さく呟いた。


誰に聞かせるためでもない。ただ、言葉にしないと飲み込めなかった。


優しい、とは少し違う。


気を使われた、と言い切るのも違う。湊は紬を特別扱いしたわけではなく、ただ、無理をさせない場所に自分から退いただけだった。


それが少しだけ、胸の奥に残った。


押しつけてこない。けれど、何も見ていないわけでもない。


その距離の取り方を、紬はまだうまく言葉にできなかった。けれど、その日から湊の存在は、ただ同じ家にいる男の子ではなくなった。

この作品は1行で読みやすくしているつもりですが、読んだ感じはいかがでしょうか?


他に書いてる作品みたいに書いたほうが読みやすいよって意見があれば是非教えてください。

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― 新着の感想 ―
主人公は子供時代から控えめな少年だったのですね。 母親の説明が結論だけ述べてるので、結構ドライというか、淡白に見えますが、家庭が冷めていたのでしょうかね? 紬ちゃんから見た兄というのは、どういう印象だ…
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