第17話 続くものを選ぶ夜
時間は、昨日と同じくらいだ。それでも景色の見え方が少し違う。
空気の温度なのか、雲の色なのか、自分でも理由は分からない。ただ、それだけで今日は昨日とは別の日なんだと妙にはっきり感じる。
湊は階段を上がりながら、自然と視線をあの場所へ向けていた。
白線の近く。
もう探すまでもなかった。
ミアは昨日と同じ位置に立っている。人の流れから少し外れた場所で、ホームへ入ってくる人たちをぼんやり眺めていた。いつもなら線路の向こうを見ていることが多いのに、今日は少しだけ視線が近い。
それだけの違いなのに、どこか空気が柔らかく見えた。
「ちゃんといるな」
声を掛けると、ミアがゆっくりこちらを見る。
「はい」
愛想があるわけでもない。感情が大きく動いている感じもしない。それでも、その声にはちゃんと“待っていた側”の温度が混ざっていた。
湊はその隣へ立つ。近すぎず、遠すぎない距離。
最初の頃みたいな迷いは、もうほとんどなかった。
しばらく何も話さないまま、一本の電車がホームを通過していく。金属音と風だけが一瞬強くなり、その余韻が遠ざかっていったあと、ミアが小さく口を開いた。
「今日も来ましたね」
「まあな」
湊は短く返しながら、線路の向こうへ視線を流す。
するとミアは少しだけ視線を落とし、そのまま静かな声で続けた。
「更新、ありますか」
もう挨拶みたいな言葉だった。
湊は小さく息を吐く。本当は、まだ何も決まっていない。ここへ来る途中も考えてはいたけれど、結局まとまらないまま来てしまった。
「……まだ」正直にそう答える。
「これから決める」
ミアは小さく頷いた。
「それでもいいです」
迷いのない声だった。
「決まるなら」
その言葉だけで、少し肩の力が抜ける。
前みたいに、“ちゃんと理由を作らなきゃいけない”感じが薄れていた。途中でもいいと言われるだけで、こんなに楽になるのかと、湊は少しだけ不思議に思う。
しばらく沈黙が続く。けれど、不思議と気まずくはなかった。何かを話さなくても、隣にいるだけで時間が成立している。
そんな感覚へ、自分が慣れ始めていることに気づいて、湊は小さく息を吐いた。
「昨日の飲み物」
不意にミアが言う。珍しく、自分から話題を出してきた。湊が視線を向けると、ミアは白線の向こうを見たまま続ける。
「帰ってから、ちゃんと飲みましたか」
「ああ」
湊は小さく頷く。
家へ帰ってから部屋で飲んだことも、そのとき妙にミアの言葉を思い出したことも、一緒に頭へ浮かぶ。
「特別うまいわけでもないし、不味くもない」
するとミアは、ほんの少しだけ目を細めた。
「わたしも、そんな感じでした」
その返し方がおかしくて、湊は少しだけ笑う。
「なんだよ、それ」
「でも」
ミアはそこで少しだけ間を置いた。
「同じ感想だったので、昨日はそれでよかった気がします」
「……それ、ずるくないか」
思わずそう言うと、ミアは小さく首を傾ける。
「だめですか」
「いや、だめじゃないけど」
湊は少しだけ笑った。するとミアも、ほんのわずかに口元を緩める。本当に一瞬だった。
いつもの無表情が崩れる手前みたいな、小さな変化。それなのに、なぜかそっちへ意識が引っ張られる。
たぶん本人は、笑ったつもりすらない。
けれど湊は、そのあと表情が戻るまでを無意識に目で追ってしまっていた。
「それでは行きましょうか」
ミアは歩き出す。
今日の理由探しが始まったのだった。
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