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駅で出会った女の子と不思議な関係に。明日も死にたくなる彼女に、俺は毎日、生きる理由を渡すことになった。  作者: 逢華 (最後の挑戦)
春休み ( 出会い編 )

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第16話 同じ理由で続いていく

家のドアを閉めた瞬間、外の空気が切れた。


靴を脱ぎながら、湊は小さく息を吐く。リビングからはテレビの音が流れていた。誰かの笑い声と軽い効果音。いつもと変わらない夜の音だったはずなのに、自分だけがまだ外側へ取り残されているみたいな感覚が、なかなか消えなかった。


キッチンの方から味噌汁の匂いが流れてくる。コンロの火を止める音がして、そのあとで紬が振り返った。エプロン姿のまま髪を後ろでまとめていて、片手にはお玉を持っている。


「おかえり、ちょうどいいとこ。ご飯できたよ」


湊は小さく頷きながら、キッチン横のテーブルへコンビニの袋を置いた。白いロゴが照明の下でやけにくっきり見えて、無意識にその袋へ視線が落ちる。


中から缶を取り出すと、冷たさがじわりと手のひらへ残った。


「おかえり」


さっき言ったばかりなのに、紬は今度は少し柔らかい声で言う。たぶん、“会話を始める方”のおかえりだった。


「ただいま」


短く返す。


それだけのやり取りなのに、以前より沈黙が途切れなくなった気がした。


まだ数日前のことだ。急に何かが変わったわけじゃない。ただ、名前を呼ぶようになってから、少しだけ会話の止まり方が変わった。


椅子を引いて座る。


テーブルには焼き魚と味噌汁、それから小鉢が並んでいた。特別豪華ってわけじゃない。冷蔵庫の残り物をまとめたような雰囲気の食卓だった。


紬も向かい側へ腰を下ろし、「いただきます」と軽く手を合わせる。湊も少し遅れて箸を取った。


しばらくは食器の触れ合う音だけが続く。


テレビでは芸人が大袈裟に笑っていて、画面の中だけが騒がしかった。前なら、その音を聞き流しながら適当に食べて終わっていたはずなのに、今日は妙に部屋の空気が近い。


味噌汁を飲む。


熱さが喉へ落ちて、ようやく身体の感覚が少し戻ってきた。


「……なにそれ」


不意に紬が言う。


湊が顔を上げると、紬は箸を持ったままテーブルの端を見ていた。コンビニの袋だった。


「飲み物」


「珍し。湊がコンビニ寄るの」


何気ない言い方だった。


でも、その一言で湊の手が少し止まる。

別に隠すことじゃない。ただ、説明するほどでもなかった。


「なんとなく寄ったんだよ」


結局、それだけ返す。


紬は「ふーん」と小さく頷き、焼き魚をほぐしながら続けた。


「……誰かといた?」


湊は今度こそ顔を上げる。


紬は味噌汁へ視線を落としたままで、探るみたいな顔はしていない。ただ、何となく気づいたことをそのまま口にしただけ、みたいな声だった。


「なんでそう思うんだ」


「いや、なんか今日ちょっと雰囲気違うから」


その言葉に、湊は返事を止めた。

自分では分からなかった。

いつも通りのつもりだった。


なのに、紬には見えているらしい。


「……気のせいだろ」


少し遅れてそう返すと、紬は小さく笑った。


「その返し方するとき、だいたい何かあるよね」


「……よく見てるな」


湊がそう言うと、紬はどこか満足そうに「でしょ」と笑う。


けれど、それ以上は踏み込んでこなかった。


その距離感に、湊は少しだけ助かる。

食事はまた静かに続いていく。テレビの音。箸の音。

味噌汁の湯気。


何も変わらない夜のはずなのに、今日だけはそこへ別の空気が少し混ざっていた。


湊は無意識に、テーブルの端へ置いたコンビニの袋を見る。その視線へ気づいたのか、紬が小さく口元を緩めた。


「……ふーん」


意味ありげに呟く。

けれど、その先は何も言わなかった。

食べ終わったあと、湊は缶を持ったまま自分の部屋へ戻る。


ドアを閉めると、今度はもっと深い静けさが広がった。リビングのテレビ音も壁の向こうへ遠ざかり、自分の呼吸だけがやけに近く聞こえる。


ベッドへ腰を下ろし、手の中の缶を見る。さっきまでミアも同じものを持っていた。


理由なんてなかったはずだった。ただ更新が決まっていなくて、適当にコンビニへ入って、その場で選んだだけ。それなのに今こうして缶を見ていると、同じ場所で立ち止まって、雨上がりの空気の中で同じ時間を過ごしていた感覚まで一緒に残っている気がする。


不意に、ミアの声が頭の中で重なった。


『それで、“今日ここにいた”って感じになったので』


「……」


湊は缶を見つめたまま、小さく息を止める。


正直、まだよく分からなかった。ただコンビニへ行って、飲み物を買っただけだ。特別なことなんて何もしていない。


それでも、ミアはあの時間を“今日”だと言った。


たぶん、自分一人なら、ただ過ぎて終わるだけだった時間を。


「……同じ理由、か」

小さく呟く。


意味を理解できたわけじゃない。ただ、偶然だっただけでは片付かない感じが残っていた。


缶を開ける。


炭酸の抜ける小さな音が静かな部屋へ広がり、一口飲むと冷たさと刺激が喉へ残る。その感覚で、ようやく少しだけ現実へ戻ってきた気がした。


窓の外を見る。


雨は完全に止んでいる。街灯の光が濡れた地面へ反射して、風もないのにゆっくり揺れていた。その景色を見ていると、コンビニ前の空気がまだ続いているみたいだった。


時間は進んでいるはずなのに、あの数十分だけ妙に切り取られて残っている。


ベッドへ身体を倒す。

見慣れているはずの天井が、今日は少しだけ広く感じた。


「……また明日、か」


ぽつりと漏れる。


もう明日も駅へ行くつもりでいる自分がいた。

理由は、まだない。

でも今日みたいに、途中のままでもいいのかもしれない。


ちゃんと決まっていなくても、その場で選んだものが“今日”になるなら。


湊は手の中の缶を軽く揺らす。まだ少しだけ中身が残っていた。その重さが、今日がまだ終わっていないみたいに感じる。


「……まあ、いいか」


小さく呟いた声は、今度は少しだけ自然に部屋へ溶けていった。

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