表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
駅で出会った女の子と不思議な関係に。明日も死にたくなる彼女に、俺は毎日、生きる理由を渡すことになった。  作者: 最後の挑戦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/28

第10話 見えない姿

その日は、少しだけ風が強かった。


昨日より空気は軽い。湿気も少なくて、歩いていれば季節が少し進んだことくらい分かるはずなのに、湊は家を出てから何度も意味もなく視線を上げていた。


信号待ちの間にも、公園へ続く道へ入ったあとも、気づけば前じゃなく遠くを見ている。


自分が何を気にしているのかなんて、考えるまでもなかった。だからこそ、余計に認めたくなかった。


いつもと同じ時間に家を出た。歩く速さも変えていないし、途中で寄り道もしていない。それなのに今日は、公園までの距離だけが妙に長く感じる。


途中、一度だけ足が止まった。理由があったわけじゃない。ただ、身体だけが急に前へ進まなくなる。

湊はその場で小さく息を漏らした。


「……何やってんだ、俺」


自分でも少し呆れながら、もう一度歩き出す。

公園の入り口をくぐった瞬間、視線はほとんど反射みたいにブランコへ向かっていた。


そこを見ることが、いつの間にか当たり前になっていたらしい。そんなこと、今まで考えたこともなかった。


けれど、そこには誰もいなかった。

湊は目を細める。

角度を変えて見直して、それでも何も見つからなくて、ようやく頭の中へ“いない”という事実が遅れて落ちてくる。


風だけが動いていた。

鎖の揺れる音が小さく鳴って、誰も座っていないブランコがゆっくり前後する。


その空いた場所だけ、妙に目についた。


湊は無意識にポケットへ手を突っ込み、そのまま近くのベンチへ腰を下ろす。

待つつもりなのか、帰るつもりなのか、自分でもよく分からなかった。


とりあえず立ったままでいるのが落ち着かなくて、座っただけだ。


スマホを取り出して時間を見る。

昨日とほとんど変わらない時刻。

早いわけでも、遅いわけでもない。

つまり、ただ来ていない。


それだけだった。


湊はスマホを閉じ、もう一度ブランコを見る。

当然、何も変わっていない。


風が吹くたび葉が揺れて、擦れ合う音が頭上で重なる。昨日も聞いたはずの音なのに、今日はやけに広く感じた。


「……来るだろ」


小さく呟いた声は、自分が思っていたより頼りなかった。根拠なんてない。連絡先も知らない。


ただ今までそこにいたから、今日もいる気がしていただけだ。湊は何度かスマホを開き、時間を確認して、また閉じる。


その繰り返しをしていたはずなのに、何分経ったのかはほとんど頭へ残っていなかった。


途中、一度だけ立ち上がる。


公園の外へ目を向け、人が通るたび無意識に視線がそちらへ流れる。もちろん、その中にミアはいない。

そんな都合よく現れるわけがない。


分かっているのに、探してしまっている自分に気づいて、湊は小さく舌打ちしそうになる。


「……帰るか」


口に出してみる。

けれど、そのまま足は動かなかった。帰る理由はある。来ないなら待つ意味もない。それなのに、今立ち上がったら、本当に終わる気がした。


何が終わるのか、自分でもよく分からないまま、湊は結局もう一度ベンチへ座り直す。


視線の先では、誰も乗っていないブランコがまだ揺れていた。空いている、という感じじゃない。


そこだけ、何かが抜け落ちている。

その感覚だけが妙に残る。


「……なんだよ」


吐き出した声は、自分でも驚くくらい苛立っていた。

イラついているのか、不安なのか、それとも別の感情なのか、自分でも整理がつかない。


ただ、落ち着かなかった。湊はもう一度スマホを見る。数字だけはきちんと進んでいる。

それがやけに現実的で、しばらく画面を見つめたあと、小さく息を吐いた。


やがて、今度こそ自然に立ち上がる。

さっきみたいな迷いはなかった。

諦めた、というより、身体が勝手に区切りをつけた感じに近い。


公園を出て、帰り道を歩く。


車の走る音も、遠くの笑い声も、普段なら気にも留めないはずなのに、今日は妙に耳へ入ってきた。


途中、コンビニの前で足が止まる。


昨日と同じ明かりがガラス越しに漏れていて、店内にはいつも通り人がいる。

それを数秒眺めたあと、湊は結局そのまま通り過ぎた。


入る気になれなかった。理由は自分でも分からない。

ただ、今日は違う気がした。歩きながら、またミアのことを考えている。


来なかった理由。


そもそも、明日も来るのか。

考えたところで答えなんて出ないのに、気づけばまた同じところへ戻っていた。


「……まあ、いいか」


誤魔化すみたいに呟く。

けれど、その言葉は自分の中へまったく落ちなかった。湊は小さく息を吐き、無理やり視線を前へ戻す。


そのまましばらく歩いて、不意に明日のことが頭へ浮かんだ。


明日、どうする。


考えるより先に、もう答えは決まっていた。


「……行くか」


家の前へ着き、鍵を取り出す。

扉を開ける前、一度だけ立ち止まって深く息を吸った。


それから何事もなかったみたいに、


「ただいま」


と、小さく声を落とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ