第5話 縛られた翼
次の日の朝。
タイゾウは木の柵の前にしゃがみ込んでいた。
ボロボロだった。
爪痕が残り、一部は根元から折れている。
「こりゃ直すのに時間かかるな……。」
呟きながら、黙々と修繕を続けた。
─────
少し離れた場所。
木の陰から、じっとその背中を見つめる視線があった。
「ティナちゃん。」
「うわあ!!」
背後からの声に、ティナは飛び上がった。
心臓が止まりかけた。
振り返ると、にこにこしながらアルルが立っていた。
「タイゾウさんのこと、気になるの?」
上目遣いで問いかける。
「いや、ちがっ、そのっ……!」
ティナは慌てた。
だが誰が見ても、タイゾウを凝視していたのは丸わかりだった。
「いいんだよ、弟子になっても。ティナちゃん。」
アルルは胸を張った。
「タイゾウさんかっこいいし、強いし!」
「いやっ、私は……その……。」
ティナは俯いた。
何かを隠すように、もごもごと口を動かす。
アルルは戸惑いながらも、真っ直ぐな瞳でティナを見つめた。
「どうしたの?」
ティナは少しの間、黙っていた。
それから。
「アルルちゃん。」
「うん。」
「その……私は……。」
言いたくなかった言葉が、少しずつ、喉の奥から出てくる。
「みんなから……嫌われてるし……。」
一息。
「おじさんみたいに、あんな魔獣に立ち向かえるか……自信、ないし……。」
アルルは目を見開いた。
驚いていた。
だが数秒後。
「ふふっ。」
クスッと笑った。
「ティナちゃん、そんなことで迷ってたんだ。」
「そんなことってどゆこと!?」
ティナはムスッとした顔でアルルを睨んだ。
「いや、だってさ。」
アルルは笑いながら続けた。
「いきなりタイゾウおじさんに蹴り入れたりするティナちゃんなら、大丈夫だよ。」
「強くなっちゃえばいい。そしたらみんなも認めてくれると思うし。」
「それに……。」
アルルの表情が、ふっと真剣になった。
「私も一緒に戦うよ。」
ティナの目が、大きく見開かれた。
「……え。」
「だから、大丈夫だって。」
アルルはまっすぐ笑っていた。
数秒後。
ティナの頬に、熱いものが伝わった。
「わわっ!」
「ティナちゃん、泣かないでよ〜!」
アルルの声で、ティナは初めて気づいた。
自分が泣いていることに。
アルルが駆け寄る。
袖でティナの涙を拭き取った。
「あ……れ。ありがとう。」
ティナは動揺しながら言った。
「も〜、ティナちゃん泣き虫なんだから。」
アルルは笑みを浮かべながら言った。
「アルルちゃんの、いじわる。」
ティナは零れる涙を拭きながら、震えた声で返した。
しばらく、二人はそのまま並んでいた。
「ところで、タイゾウさんは?」
アルルが辺りを見渡した。
「あ……。」
さっきまで見えていた背中が、消えていた。
ティナが視線を巡らせると、タイゾウが村長の家の戸口を開けて入っていく姿が見えた。
「今だ。」
「え、ちょっと……!」
二人はそっと、村長の家の裏に回り込んだ。
息を潜めて、耳を澄ます。
─────
「して……ティナはタイゾウ様の弟子入りになんと?」
村長の声が、壁の向こうから聞こえてきた。
茶を沸かす音。
「ありがとうございます。」
タイゾウの声。
「ティナからは……断られちゃいました。」
「ほっほっほ!!でしょうな!」
村長が笑った。
「もしかして……予想してました?」
「ええ、あの子は変わった子ですから。」
村長の声は穏やかだった。
「流石のタイゾウ様でも、一筋縄では行かぬとは思っておりましたよ。」
「まあ……そうですよね……。」
タイゾウが少し動揺したような声で言った。
しばらく沈黙が続いた後、村長の声が変わった。
静かに。
真剣に。
「あの子は……特別なんです。」
茶碗を置く音。
「私から見てもわかる通り、天性の身体の強さ……見た目だってこの辺りでは風変わりではありますが、王族の方々に引けを取らぬほどのものはあると思っております。」
「ええ……。」
タイゾウの声が、低くなった。
「私としても、ティナはタイゾウ様の弟子になっていただきたい。」
一拍置いて。
「ですがあの子は……【この村】に縛られているのです。」
後悔するような声だった。
─────
壁の外。
ティナは俯いていた。
その両手に、そっと温もりが乗った。
アルルの手だった。
「大丈夫だよ、ティナちゃん。」
静かに、確かに言った。
「タイゾウさんは、ゼッタイにティナちゃんを悪く思ってないから。」
自信を持った目で、ティナを見ていた。
ティナは少しだけ、強く頷いた。
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「【縛られている】……それはどういうことなんですか?」
タイゾウの声が続く。
「ええ……。」
村長は少し間を置いた。
「厳密に言うなら……【私とアルルに縛られている】のです。」
「拾って育ててくれた私への恩。唯一話しかけてくれるアルルへの恩。」
茶碗を両手で包みながら、静かに続ける。
「……あの子なりに【一緒にいること】で、恩返ししているのでしょうね。」
「そう……なんですね。」
タイゾウの声が、低く沈んだ。
「ですが私としては……ぜひタイゾウ様の弟子になって、世界に翔いて欲しい。」
村長は続けた。
「タイゾウ様から弟子にすると聞いた時、そう思っておりました。」
「まあ……それもダメになっちゃいましたけどね……。」
タイゾウが苦笑した。
「のようですな!ほっほっほ!!」
村長の笑い声が、部屋に弾けた。
壁の外で、アルルとティナは目を合わせた。
二人してニヤニヤしていた。
その時だった。
ドンッ!!
玄関が、勢いよく開いた。
村長とタイゾウが同時に顔を向ける。
戸口に立っていたのは、村の若者だった。
息を切らしている。
瞳孔が血走っていた。
大きく息を吸って。
「村長!!タイゾウさん!!」
「現在、魔物の群れがこっちに向かって来ています!!!」
「中には……巨大な魔獣もいます!!!」
部屋の空気が、一瞬で変わった。
タイゾウはすっと立ち上がった。
斧を手に取る。
「……村長。」
静かな声で言った。
「みんなに避難警告を。」
村長は頷いた。
立ち上がる時、わずかに手が震えていた。
「……タイゾウ様。」
「どうか、ご無事で。」
タイゾウは答えなかった。
ただ、前を向いたまま歩き出した。
─────
壁の外。
ティナとアルルは顔を見合わせた。
笑顔は、消えていた。




