第6話 師弟の契り
夕暮れが、アラク村を赤く染めていた。
魔獣の咆哮が、村の空気を震わせる。
「おおおおっ!!!」
タイゾウの叫び声と共に、斧が唸った。
激しい斬撃音が連続して鳴り響く。
村の柵を破壊していた魔獣が、次々と切り伏せられていく。
「……クソッ。」
タイゾウは魔獣の血を払い、辺りを見渡した。
「キリがないな。」
その瞬間。
メキメキと、木が折れる音が響いた。
タイゾウの手が届かない場所の柵が、押し寄せた魔獣によって壊されていく。
(まずい、このままでは……。)
焦りが、胸の奥に広がる。
「グオオオオ!!」
背後から、咆哮。
「……っ! まずい、しまっ……!」
振り返る間もなかった。
狼型の魔獣が、背後を取っていた。
瞬間。
風を切り裂く音が、タイゾウの背後を貫いた。
魔獣が、よろめく。
「タイゾウさん!!」
「大丈夫ですか!?」
「……俺たちも守ってばっかりじゃないっすよ!」
振り返ると、村の若者たちがこちらを心配そうに見ていた。
荒削りではあるが、しっかりとした弓を構えている。
「お前ら……。」
タイゾウの胸が、少しだけ和らいだ。
「タイゾウさん! ここは俺らに任せて、他を!!」
細身の若者が周りの者に目配せをして、タイゾウに声をかけた。
タイゾウは一度だけ頷いた。
次の瞬間、その姿は消えていた。
「へっ、タイゾウさん抜きで魔獣と戦えんのかよ。」
長身の若者が、冗談っぽく茶化した。
「やるしかないだろ?」
細身の若者が答える。
「みんなでこの村を守る……それが大事なんだ。」
「……そうだな。」
長身の若者は少し笑った。
「よし! この戦いが終わったら、王都でいいお姉ちゃんのお店奢りな!!」
「ああ!」
「いくらでも奢ってやるよ!!」
三人の声が重なった。
夕暮れの戦場に、笑いが弾けた。
─────
少し離れた木の陰。
ティナとアルルは、息を潜めていた。
「ティナちゃん、止めようよぉ……。」
アルルが涙目になりながら声をかける。
ティナは答えなかった。
ただ無言で、戦闘中のタイゾウを見つめていた。
「ティナちゃん、聞こえてる?」
「ねえ、みんなと同じとこ隠れよ? ここじゃ危ないから……。」
「アルルちゃん。」
静かな声だった。
今までとは違う。
落ち着いた、真っ直ぐな声。
アルルの言葉が止まった。
「私は……アルルちゃんと友達だよね?」
ティナの赤い瞳が、まっすぐアルルを捉えていた。
「う、うん……そうだよ?」
ティナの様子に戸惑いながら、アルルは答えた。
「ごめん、アルルちゃん。」
ティナは少し俯いた。
「あの時の【約束】……今までアルルちゃんばっかりに頼って、私は……何も出来てなかったよね……。」
「そ、そんなことないよ!!」
「私は……!」
ティナは顔を上げた。
アルルの手を、両手でそっと握る。
「アルルちゃん、このままじゃ……。」
一息。
「何もできずに……いやな私のまま変われず……みんなも守れず、終わりたくない。」
その言葉を口にした瞬間。
ティナの面影が、少しだけ大きく見えた気がした。
「だから……私っ……!」
言葉が続こうとした、その時。
アルルが、優しくティナの手を握り返した。
「ティナちゃん。」
静かな声。
「最初から言ってるじゃん。」
一拍。
「ずっと一緒だよって。」
ティナの目が、大きく見開かれた。
気づけば。
涙が、零れていた。
「……もう。」
とっさに袖で拭う。
震えた息を整えて。
アルルの目を、まっすぐ見た。
「それじゃあ!」
ティナは手を繋いだまま立ち上がった。
「行こっ!」
二人は手を繋いで、英雄の元へ駆けていった。
夕暮れの光が、二人の後ろ姿を照らした。
─────
一方。
タイゾウは村の奥深くで、Aランク魔獣と向かい合っていた。
激しい金属音が、木々に響き渡る。
「っ……!」
タイゾウは猛攻を受け、後ずさって距離を取った。
荒い呼吸。
目の前の存在を、改めて見据える。
身長三メートル。
灰色の剛毛に覆われた巨躯。
顔は狼に似ているが、人型に近い立ち姿。
右手には、錆びついた巨大な斧。
左手には、幾つもの傷跡が刻まれた歪な盾。
瞳は赤く濁り、全身から禍々しい魔力が滲み出ている。
本来のコボルトキングは、統率力と知性を持つAランク魔獣だ。
群れを率い、罠を張り、戦略的に動く。
だが。
目の前の個体は違った。
魔力の質が、異常に歪んでいる。
筋肉の膨れ上がり方が、通常のコボルトキングとは明らかに違う。
まるで、何かによって無理やり強化されたような。
「確かに戦い方は『Aランク魔獣・コボルトキング』だが……。」
タイゾウは目を細めた。
「なんだよ、この力は……。」
瞬間。
タイゾウが踏み込んだ。
懐に入る。
だが。
コボルトキングはそれを読んでいた。
低い姿勢で足を払う。
「ッ——!!」
タイゾウの身体が、宙を舞う。
背後の大木に、叩きつけられた。
木が軋む。
「ぐっ……!」
よろめきながら、体勢を立て直す。
その刹那。
タイゾウはしゃがんだ。
ゴッ——!!
頭上を、巨大な斧が薙いだ。
寄りかかっていた大木が、真っ二つに切り倒される。
轟音。
倒れる木が地面を揺らす。
「こいつ……速い!!」
タイゾウは歯を食いしばった。
「……だが!」
「斧炎連斬!!!!」
踏み込む。
攻撃を交わす。
炎を纏った斧が、連撃となってコボルトキングの胴体に叩き込まれた。
爆発と轟音。
コボルトキングの巨体が、倒れていく。
タイゾウは距離を取り、警戒しながら辺りを見渡した。
その瞬間だった。
背後に、巨大な影が走った。
「死んだフリ!?」
「しまっ——!!」
コボルトキングの斧が、タイゾウの頭上へ振り下ろされる。
避けられない。
「くらえーーー!!!」
高い声が響いた。
コボルトキングの側面に、衝撃が走る。
巨体が、わずかによろめいた。
タイゾウはとっさに距離を取る。
だが、バランスを崩した。
膝が、地面についた。
視線を上げた。
そこに立っていたのは。
白髪のツインテールが、風に靡いていた。
赤い瞳が、コボルトキングを睨みつけている。
「なんで、ここに……。」
タイゾウが困惑した声を漏らした。
ティナはそれを無視するように、振り返った。
膝をついたタイゾウへ向けて。
手を差し出した。
少し土で汚れた手のひら見せ
「おじさんっ!!」
笑っていた。
泥だらけの顔で。
眩しいくらいに、明るく笑っていた。
「私……タイゾウおじさんの弟子になる!」
タイゾウは俯いた。
肩が、小さく震えた。
笑っていた。
探し続けていた答えが。
ここにあった。
ゆっくりとタイゾウはティナの手を取った。
「おうよ!」
立ち上がりながら、叫ぶ。
「その言葉、待ってたぞ!!」
斧を握り直す。
「お前と俺で……新・最強コンビになるぞ!!」
夕暮れの空に。
師弟の声が、響き渡った。
原点である契りが今、結ばれた。




