第1話 伝説の戦士の憂い事
この物語はティナとユウトが出会うより前、
昔の話。
────────────────────
「おらぁ!!!」
豪快な一声と共に、斧が唸った。
地響きが走る。
巨大な魔獣の正面から、真っ向勝負の一撃。
魔獣がよろめく。
その瞬間。
「今だ!タイゾウ!」
シンの声が飛んだ。
魔獣の背中に、一閃。
よろめいた巨体の死角から、正確に急所を突く一撃。
「おう!!」
タイゾウは地を蹴った。
高く。
さらに高く。
月を背に、空中で斧を振りかぶる。
そして、落ちた。
轟音。
地面が震える。
魔獣はゆっくりと傾き、音を立てて崩れ落ちた。
粉塵が舞い上がる。
静寂。
「やったな!シン!」
タイゾウは振り返り、にこやかに笑った。
シンは剣を肩に担いだまま、鼻で息を吐いた。
「……Sランク魔獣なんか、俺達の敵じゃないだろ。」
「それに、こんなやつを倒しても……」
「近くの村人が困ってるんだ、やるしかないだろ?」
タイゾウはそれが当たり前のことだとでも言うように、あっさりと返した。
シンはそっぽを向く。
バツが悪そうな顔だった。
タイゾウはその肩に、ぽんと手を置いた。
「それに、意味はあるさ。」
「ほら!」
差し出したのは、紫色に輝く鱗だった。
シンの目が、大きく見開かれる。
「それは……【魔竜】の鱗!?」
「まさか、今の魔獣が……!」
「そう!」
タイゾウは満面の笑みで言った。
「シン……人助けはいずれ巡り巡って、俺達にもいいことが起こるんだよ!!」
「……偶然だろ。」
「ほらほら!そんなこと言わずにブレイビア国王に報告しに行くぞ!!」
タイゾウはシンの背中を強く叩き、有無を言わさず歩みを進めさせた。
「いっ……急に叩くな!」
「細かいこと言うなって!急ごう急ごう!!」
シンの抗議など、どこ吹く風だった。
─────
2時間後。
「ご苦労であった。伝説の戦士、タイゾウとシンよ。」
ブレイビア王城の謁見の間。
白い髭を湛えた国王が、玉座から二人を見下ろしていた。
「お褒めに預かり、光栄でございます!!」
タイゾウは声に出しながら、膝をついた。
隣で、シンも静かに膝をつく。
「して……魔竜捜査の進捗はどうだ?」
国王が白い髭に手を当てながら、二人を見つめる。
「はい!」
タイゾウは討伐の際に回収した紫色の鱗を、丁寧に差し出した。
「【これ】を魔獣討伐の際に回収致しました。」
国王の目が、大きく見開かれた。
鱗を見つめたまま、しばらく言葉が出ない。
数秒後。
国王はゆっくりと目を細めた。
「……魔竜はこの国を、かつて一度壊滅にまで追い込んだ魔獣じゃ。」
低く、重い声。
「シン……タイゾウよ。」
「今そなた達がおるなら、前回のようにはいかぬじゃろう。」
国王の目に、確かな期待の光が宿る。
「この国の未来と希望を……任せたぞ。」
二人は同時に頭を下げた。
「は。」
「ありがたきお言葉、感謝します。」
それだけ伝えて、立ち上がる。
その場を去ろうとした、その時だった。
「そうそう、待て二人とも。」
国王の声が、背中を捉えた。
「頼み事があるんじゃが……。」
─────
数時間後。
ブレイビアの酒場は、夜の賑わいに包まれていた。
木のカウンターに酒瓶が並び、あちこちで笑い声が上がっている。
その片隅で、二人は向かい合っていた。
「おいおい!良かったなシン!!」
タイゾウは酒に酔って顔を赤くしながら、シンの背中をバシバシと叩く。
「お前が国王直々に、【冒険者ギルド】の立ち上げリーダーに選ばれるなんてよ!!」
「……俺は、正直乗り気じゃない。」
シンは俯いたまま、杯を静かに置いた。
タイゾウは察したように、笑みを少し和らげた。
「まあ……そう言うと思ったよ。」
「……!」
シンが顔を上げる。
「ならお前が……!」
「俺は【弟子】を作るって言っただろ?」
タイゾウが静かに遮った。
「だからだよ!!」
シンは盃をガタンと机に叩きつけた。
「俺なんかより、お前の方が人当たりもいい!教え方だって俺より上手い!!」
声が、わずかに荒れる。
タイゾウはその机の上に、そっと手を置いた。
静かに。
「実は……俺…長くはねえんだ。」
シンの動きが、止まった。
「……!」
驚愕。
言葉が出ない。
タイゾウは続けた。
「足も腕も、最近思ったように動かねえ。」
「昔みたいに、お前を吹っ飛ばす力なんて、とっくの昔に以ての外だ。」
「なんで……なんで早くそれを俺に……!!」
シンが声を荒らげかけた、その時。
「言えるわけないだろ。」
タイゾウは薄く微笑んだ。
「俺達の【最強】が崩れちまうからな。」
シンは何も返せなかった。
俯いたまま、ただ黙っていた。
その空気を壊すように。
タイゾウはシンの背中を、また強く叩いた。
「まあ!まだ時間はあるし!!」
「弟子さえ見つかれば、俺の全てを受け継げるからな!!」
明るい声。
明るい笑顔。
まるで何でもないことのように。
「……なら、お前はこれからどうする?」
シンが、少し暗い顔で尋ねた。
「少しブレイビア辺りで、若くて良さそうなヤツを探してみるよ!」
タイゾウはハツラツと答えた。
「人も多いしな!!まあすぐに見つかるだろ!!」
その朗らかな声が、酒場の喧騒に混じって消えた。
─────
数日後。
ブレイビアの大通り。
行き交う人々の中で、タイゾウは一人ぽつんと立ち尽くしていた。
往来する商人。
走り回る子供たち。
露店の呼び込みの声。
街は騒がしい。
なのに。
「全然見つからん!!」
タイゾウの叫びが、大通りに響いた。
通りがかりの人々が、ぎょっとして振り返る。
タイゾウは頭を掻きながら、盛大にため息をついた。
「まあすぐ見つかるとか、言うもんじゃなかったな……。」
雲一つない青空を見上げる。
弟子を探し始めて、数日。
候補を見つけては近づき、近づいては断られ。
伝説の戦士と呼ばれたこの男が、弟子探しには全く歯が立たなかった。
「どんな奴がいいんだろうな……。」
空に向かって独り言を零す。
強い奴。
向上心のある奴。
真っ直ぐな奴。
「まあ、会えば分かるか。」
タイゾウはもう一度だけため息をついた。
それから、また歩き出した。
大通りを。
人混みの中を。
まだ見ぬ誰かを探して。
伝説の戦士は、今日も途方に暮れていた。




