第25話(4章最終話)新たなる旅立ち
朝日が、ギルドハウスの宿舎に差し込んでいた。
オレンジ色の光が窓から伸びて、床に長い影を作っている。
「よし、行こうか。」
ユウトはカバンの口を締めながら、ティナに声をかけた。
「うん。」
ティナは短く答えて、ユウトに買ってもらったリュックを背負い直した。
それから、ユウトを見つめた。
準備は、できていた。
戦争が終わって、二十日ほどが経った。
王国外に避難していた国民のほとんどが戻ってきて、商店街も住民街も、少しずつ以前の賑やかさを取り戻していた。
その間、ユウトとティナは復興の手伝いのために国中を駆け回っていた。
瓦礫を片付け、物資を運び、傷ついた人々の元へ向かった。
戦後もまた、激動の日々だった。
二人は窓の外を眺めた。
朝日に照らされたブレイビアの街並みが、静かに広がっている。
ユウトは少しだけ、懐かしむような目をした。
ティナも同じだった。
数秒の沈黙。
「……せや。」
ユウトがハッとしたような顔になった。
「まだやることあったわ。」
─────
ある部屋の前に、二人は立っていた。
ユウトがゆっくりと扉を開ける。
白い天井。
薄手の病室用の服を着た茶髪の女の子が、ベッドの上で毛布を握りしめながら座っていた。
「アルナ……。」
ユウトが声をかけながら、一歩踏み込んだ。
「来ないでっ!!」
鋭い声が飛んできた。
ユウトの足が止まる。
数秒後。
毛布を強く握りしめながら、アルナは小さく懇願した。
「来ないで……お願い……。」
以前とは、違っていた。
虚空をただ見ているだけではない。
今のアルナは、現実に押しつぶされないように、必死にもがいていた。
毛布に、水滴が落ちた。
一粒。
数秒後、それは連続して落ちていった。
まるで、窓の外の明るい景色を否定したいかのように。
それでも。
ユウトは歩き続けた。
「来ないでって言ってるでしょ!!」
枕が飛んできた。
毛布が投げられた。
それでも、止まらなかった。
アルナは困惑していた。
なぜなら。
ユウトが泣きながら、抱きついていたからだった。
「ごめんっ……!」
嗚咽が混じる。
「俺が弱いばっかりに!!」
「みんなを、守れなかった!!」
「……アルナや仲間たちに、ちゃんと向き合えてなかった!!」
アルナの身体が、固まった。
「なんで……。」
震える声。
「なんでユウトが謝るのよおっ……!!」
今まで堪えていたものが、崩れた。
涙が溢れる。
止まらない。
その瞬間。
上から、小さな重みがかかった。
ティナだった。
小さな体を精一杯に使って、上から覆い被さるように
二人を抱きしめていた。
「大丈夫。」
静かな声。
「アルナは、一人じゃない。」
「ティナぁ……ユウト……。」
アルナの嗚咽が、部屋に響いた。
しばらく、誰も何も言わなかった。
ただ、三人が重なり合っていた。
数分後。
アルナの呼吸が、少しずつ落ち着いてきた。
ユウトはゆっくりと離れ、アルナの肩に手を置いた。
真っ直ぐに、目を見る。
「ライトは。」
はっきりと。
「俺達が必ず……取り戻したるわ!!」
アルナは涙を拭った。
真っ赤な頬のまま、でも。
口元が、少しだけ緩んだ。
「……うん!!」
短く、力強く。
「待ってるから!!」
その言葉が、部屋に残った。
─────
数時間後。
荷物をまとめたユウトとティナは、王国の正門前に立っていた。
朝の光が、二人の背中を照らしている。
「ユウトさぁーん!!また魔法のお話、聞かせてくださいねー!!」
アスミの高い声が響いた。
「達者でな!」
ラセツの低い声。
「元気にしてろよ!バカヤローー!!」
レッカが怒鳴る。
「ブレイピア国民はいつでも貴殿らを待っておるぞー!!」
国王が声高らかに叫んだ。
「ユウト!君のお陰で自分自身を見失わずにすんだよ!ありがとう!!」
ユーリの声も混じる。
ギルドの冒険者たち。街の住民たち。
みんなの声が、ユウトとティナを包んでいた。
「おう!!おおきにな!!!」
ユウトは思いっきり叫んだ。
声が、青空に響いた。
それから、ティナに顔を向ける。
「さ、いこか。」
二人が歩き出した。
だが。
数歩で、ユウトの脚が止まった。
ティナが振り返る。
「ユウト?」
ユウトは俯いていた。
数秒後。
「ごめん、ティナ……。」
掠れた声。
「みんなと会えなくなるの……やっぱ、寂しいわ。」
ティナは少し笑った。
「じゃあ、みんなに元気もらうしかない。」
ユウトは目を大きく開いた。
それから、すぐに表情が変わった。
くるりと、みんなに背中を向ける。
親指を立てた。
「ごめんみんな!!」
「足が止まってしもうたわ!!」
「……だから、背中押してくれ!!」
民衆がどっと笑った。
「ったく……。」
「しゃーねぇなぁ。」
「ユウトらしいな。」
暖かい、呆れ声が広がる。
数秒後。
ユウトの背中に、衝撃が走り始めた。
国王の大きな手。
ユーリの穏やかな手。
アスミのぺちんとした手。
レッカの容赦ない手。
ラセツの重い手。
冒険者たちの手。
街の人たちの手。
次々と、背中を叩いていく。
そして最後に。
小さな手が、そっと背中に触れた。
「ユウト……いってらっしゃい。」
アルナだった。
ユウトの肩が、わずかに震えた。
振り返らなかった。
「……おう!!」
それだけ答えた。
二人は駆け出した。
みんなの声が、少しずつ遠くなっていく。
「いってらっしゃーい!!」
「元気でなー!!」
「また来いよ!!」
声が、風に溶けていく。
その時だった。
二人の背中に、衝撃が伝わった。
二つ同時に。
ユウトとティナは振り返った。
誰もいない。
ただ、朝の光が降り注いでいるだけだった。
それでも。
確かに見えた、気がした。
大柄な男の影。
そして、黒髪の青年の影が。
一瞬だけ。
そこにあった。
二人は顔を見合わせた。
それから、また前を向いた。
駆けていった。
─────
一時間後。
王都ブレイビアの外れの林道を、二人は歩いていた。
木漏れ日が揺れて、鳥の声が遠くに聞こえる。
静かだった。
「ユウト……ずるい。」
ティナがぼそりと言った。
少しだけ、拗ねていた。
「……!」
ユウトはすぐに察した。
「あぁ、ティナはこれやろ?」
拳を、突き出す。
ティナの表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
満足そうに、自身の拳をユウトの拳に突き合わせる。
コツン。とだけ音が鳴る
その小さな音が、林道に響いた。
二人はそのまま歩き続けた。
木漏れ日の中を。
風の中を。
また一つの冒険が終わり。
二人の道を指し示す、新しい道が見え始めていた。




