第24話 覇道
暗雲が、空を覆っていた。
光のない空。
星もない。
月もない。
ただ、禍々しい紫黒の雲が渦を巻きながら、どこまでも広がっている。
その空の下に、それは建っていた。
魔王城。
黒曜石を積み重ねたような巨大な城壁。
尖塔が天を穿ち、城全体から滲み出る魔力が、周囲の空気そのものを変質させている。
近づくだけで、息が詰まる。
感じたものを全て黒く塗りつぶすような、底のない魔力。
その中枢、謁見の間。
玉座に、男が座っていた。
影だった。
形はある。
だが、その存在そのものが影のように重く、暗く、全てを飲み込む。
どす黒い魔力が玉座から溢れ、床を這い、空気を侵食する。
それが【魔王】だった。
その御前に、二人がひれ伏していた。
一人は、綺麗な黒髪を長く流した女性。
整った顔立ち。だが、その目は感情を映さない。
もう一人は、白い髪を後ろに流した老人。
顔面には深い古傷が刻まれており、長年の戦場を生き抜いてきたことを物語っている。
二人とも、額を床に近づけるようにして、完全にひれ伏していた。
静寂が、謁見の間を満たしていた。
その時だった。
黒髪の女性の隣に、黒い虫が集まり始めた。
一匹、二匹、三匹。
やがてそれは小さな塊となり、形を成す。
「マオウサマ……コノタビハ……」
虫の集合体が、声を発した。
「グハァ!!!!」
次の瞬間、消えた。
いや、消えたのではない。
魔王の魔力が、ただそこに向いた。
それだけで、黒い虫の塊は跡形もなく消し炭になっていた。
焦げた匂いだけが、かすかに残る。
謁見の間に、再び静寂が落ちた。
その様子を見ながら、老人がゆっくりと口を開いた。
「イデアを始末してよろしかったのですか?」
低く、慎重に。
「あれでも、三魔官の一角でございました。戦力としては……」
言葉の途中だった。
ザンッ!!!
老人の体に、斬撃が走った。
衣服が裂け、血が床に滴り落ちる。
老人は体を揺らした。
だが。
崩れなかった。
膝をついたまま、忠誠を誓う姿勢を一切崩さなかった。
ただ、血が流れ続けていた。
「……」
玉座から、どす黒い魔力が溢れる。
「我は今、機嫌が悪い。」
低く。
底から響くような声。
「口を出すな……レイヴンよ。」
老人、レイヴンは、傷を押さえることもせずに答えた。
「は。」
それだけだった。
魔王は玉座から視線を動かした。
「何人たりとも。」
ゆっくりと。
一言ずつ。
「我の覇道を邪魔する者は消す。」
一拍。
「それが、我の同志であったとしても、だ。」
謁見の間の空気が、さらに重くなった。
魔王の眼光だけが、どす黒いオーラの奥で、鋭く光る。
「三魔官。」
「【力】担当、リナ。」
黒髪の女性が、わずかに肩を動かした。
「【見】担当、レイヴンよ。」
老人は微動だにしない。
「貴様らは、イデアのように失敗はせぬな?」
静寂。
レイヴンは額を床に近づけた。
「……御意。」
血が、床に広がっていく。
それでも、その声は揺れていなかった。
リナは静かに首を縦に振った。
言葉はなかった。
それだけで十分だった。
次の瞬間。
二人の影は、刹那のうちに消えていた。
─────
謁見の間に、魔王だけが残った。
完全な、静寂。
だが、その沈黙の中で。
魔王の表情が、初めて動いた。
怒り。
そして、苦悶。
人間的な感情とは少し違う、もっと深い何か。
魔王は玉座の肘掛けを、ゆっくりと握った。
「必ず……」
低く。
掠れるように。
「我が母の力を奪い。」
拳が、締まる。
「この世界ごと……巻き戻す。」
どす黒い魔力が爆ぜた。
玉座の周囲の床が砕け、壁に亀裂が走る。
謁見の間全体が、震えた。
それでも。
魔王は動かなかった。
ただ玉座に座ったまま。
その目だけが。
遠く。
遠くを。
見つめていた。
暗雲渦巻く魔界に
魔王の魔力が、静かに満ちていった。
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