第17話 神速の一撃
「さて」
イデアの指先が、光る。
黒い魔力が爪の先に集まる。
「続きを始めましょうか」
次の瞬間。
爪撃が、奔った。
一閃。
二閃。
三閃。
廊下の石畳が抉れ、壁が砕け、空気が悲鳴を上げる。
「——ッ!!」
ユーリは剣を走らせる。
一撃目。
流す。
二撃目。
弾く。
三撃目。
身を捻って躱す。
「風——」
剣に魔力を纏わせ、反撃の刃を飛ばす。
だが。
イデアはそれを爪の一振りで霧散させた。
「やはり……見事ですねぇ」
追撃。
爪が連続して走る。
ユーリは後退しながら、全てを捌き続ける。
だが。
「……ッ」
息が上がる。
肩が下がる。
膝が、わずかに揺れる。
それをイデアは見逃さなかった。
「……なるほど」
口元が歪む。
次の瞬間。
イデアの魔力が、王へと向かった。
「父上——!!」
ユーリが反射的に動く。
だが
「そちらではない」
イデアの声が、背後から落ちた。
「——ッ!!」
軌道が、変わっていた。
衝撃波がユーリの脇腹へ。
直撃。
ドンッ!!
「がっ——!!」
身体が飛ぶ。
壁に叩きつけられる。
石が砕け、粉塵が舞う。
ユーリは壁にめり込んだまま。
動けない。
「……ふぅ」
イデアは埃を払うように手を振り。
ゆっくりと。
王へ向き直った。
「では陛下」
優雅に一礼する。
「今度こそ、お覚悟を——」
その瞬間。
ガキィンッ!!
激しい金属音が、廊下に響き渡った。
イデアの眉が、わずかに動く。
眼前。
二本の刃が。
自身の爪撃を弾き飛ばしていた。
一本は。
短剣。
赤い長髪が、風に揺れる。
もう一本は。
青白く発光する剣。
金髪の青年が、静かに立っていた。
「……」
イデアはその青年を見た。
そして初めて。
目を、大きく見開いた。
「……ユウト」
低く呟く。
「もうその次元まで到達しましたか……」
意味深な声が、廊下に落ちる。
「やはり……面白い」
壁にめり込んだユーリが。
ゆっくりと顔を上げる。
ボロボロの身体。
だがその表情には。
確かな安堵が滲んでいた。
ユウトと目が合う。
ユーリは小さく頷いた。
⸻
レッカはユウトに視線を向けた。
「……分かってんだろうな」
低く。
鋭く。
「打ち合わせ通りにできなかったら」
続きは言わない。
言わなくても伝わる。
ユウトは無言で、一度だけ頷いた。
レッカはその目を見た。
ユウトの眼は迷いがない。
ぶれていない。
「……ならいい」
一拍。
そしてニヤリと、口角を上げた。
「行くぜ!!」
地を蹴る。
⸻
「またあの魔術ですか……」
イデアは呆れたように息を吐く。
自身と対象の間にある魔力を圧縮し、超高速で接近する魔術。
一度見た。
軌道は直線的すぎる。
弱点は把握している。
「対処は——」
その瞬間。
首筋に冷たいものが走った。
「……は?」
血が一筋流れ落ちる。
「なっ——」
イデアの目が、揺れる。
見えなかった。
「……速い」
呟く。
レッカはすでに距離を取っていた。
剣を構えたまま、涼しい顔で。
「……どうだ」
イデアは。
数秒静止した。
そして
何かを察したようにゆっくりと首を縦に振る。
「……なるほど」
口元が歪む。
「アナタの魔術と」
「ユウトの時空間魔術の……合わせ技」
一拍。
「これはこれは」
裂けた口が。
弧を描く。
「厄介ですねぇ」
⸻
【瞬歩】
自身と対象の間にある魔力を圧縮し、超高速で接近する魔術。
軽やかな身のこなし。
多彩な剣術。
それを持つ者だけが扱える、神業の魔術。
レッカの魔術にユウトの加速神域が。
一瞬だけ混ざる。
それだけで瞬歩は…
【神速】へと変貌する。
⸻
始まった。
レッカが消える。
現れる。
斬る。
消える。
また現れる。
また斬る。
イデアは反応しようとする。
だが。
「——ッ!」
間に合わない。
肩が裂ける。
「——ッ!」
また間に合わない。
脇腹が斬れる。
「——ッ!!」
腕が。
胸が。
頬が。
次々と血が走る。
百。
二百。
三百。
斬撃が止まらない。
イデアの再生が、追いつかない。
廊下が血で濡れていく。
だが。
「……フフ」
イデアは、笑っていた。
斬られながら。
血を流しながら。
ボロボロになりながら。
その口元から、笑みが消えることはなかった。
「速い……」
被弾しながら呟く。
「本当に……速い」
また斬られる。
「これほどの合わせ技を……即席で」
また血が走る。
「ユウトという存在は」
口元がさらに歪む。
「やはり……やはり面白い」
狂気。
痛みを痛みと感じていない。
それどころか喜んでいる。
この状況を。
この戦いを。
純粋に、楽しんでいた。
⸻
ユウトは後衛からその光景を見ていた。
(……再生が追いつかへん)
(今や)
加速神域の魔法陣が、足元で回転する。
予見眼が、2秒先を映す。
(次、レッカは左から入る)
(イデアの右爪が——来る)
「レッカ!!右!!」
叫ぶ。
「分かってる!!」
レッカは既に躱していた。
そして。
また。
消える。
また。
斬る。
⸻
廊下に、斬撃の音だけが響く。
血飛沫が舞う。
石畳が濡れる。
それでも、イデアは笑い続けた。
まるで
この痛みすら。
愉しんでいるように。
「……さあ」
ボロボロの身体で、両手を広げる。
「もっと……見せてください」
裂けた口が。
大きく開く。
「この程度で終わりなら……」
黒い魔力が。
全身から溢れ出す。
傷が、急速に塞がっていく。
「ワタクシを倒せませんよ」
廊下の空気が。
一段階。
重くなった。




