第16話 禁術の子
――少し、昔の話。
ブレイピアの王城に。
一人の男の子が生まれた。
金色の髪。
整った顔立ち。
王の一人息子。
国中が、その誕生を祝った。
だが。
誰も知らなかった。
その子が最初から。
壊れていたことを。
⸻
「また……息が」
木剣が、地面に落ちる。
膝をつく。
空気が入らない。
胸が、焼けるように痛い。
「ユーリ様!!」
付き人が駆け寄る。
ユーリは手を振って、それを制した。
「大丈夫……少し休めば」
「大丈夫じゃございません!!」
「お医者様を——」
「いい」
短く遮る。
また、同じことを言われる。
分かっている。
剣を振るえば、息が切れる。
魔法を使えば、意識が飛ぶ。
何度やっても。
変わらない。
城の窓の外。
鎧を纏った騎士たちが、整列して行進している。
その姿をユーリは毎日、見ていた。
「……僕も」
誰にも聞こえないように。
「あんな風に、なれたら」
だが、剣を拾おうとした手が。
震えて。
また、落とした。
⸻
ある日。
王が、一人の女の子を連れてきた。
「ユーリ、紹介しよう」
王は珍しく、朗らかに笑っていた。
「今日からお前の魔法の先生だ」
女の子はオレンジ色の長髪を揺らして。
元気よく頭を下げた。
「アスミです!!よろしくお願いします!!」
ユーリと同い年。
だがその目は。
魔法に対する好奇心で、爛々と輝いていた。
「……よろしく」
ユウトは短く返す。
「ほら、早速やってみましょう!!」
アスミは構わず、掌に炎を灯した。
次に風。
次に水。
くるくると変えながら。
「すごいでしょ!?」
「……うん」
「やってみたい!?」
「……できないから」
「大丈夫ですよ!!」
根拠のない自信。
だが。
その笑顔は。
不思議と、嘘に見えなかった。
⸻
最初はやはり、駄目だった。
掌に魔力を集めようとするだけで、目眩がした。
「無理だって言ったのに……」
「もう一回!!」
「でも——」
「もう一回です!!」
アスミは諦めなかった。
毎日。
毎日。
飽きもせず。
炎を見せて。
風を見せて。
「ほら、こうやって魔力を指先に集めて」
「こう……?」
「そうです!!」
三日目。
指先が、微かに光った。
「……あ」
「できてます!!」
アスミが飛び上がって喜んだ。
ユーリはその光を。
ただ、見つめていた。
胸の奥が。
じわりと。
温かくなる。
五日目。
風の基本魔法が、形になった。
「すごい!!天才じゃないですか!!」
「お前の方が天才だろ……」
「私は努力の天才です!!ユーリ様は才能の天才です!!」
「意味わからん……」
笑っていた。
気づいたら。
笑っていた。
剣を見るたびに感じていた、あの痛みが。
魔法を見るたびに感じていた、あの苦しさが。
アスミといると。
消えていた。
⸻
だから。
その日のことは。
鮮明に覚えている。
「ユーリ様、次はこれを——」
「——ッ」
喉が、焼ける。
口の中に。
鉄の味。
「ユーリ様!?」
アスミの声が、遠くなる。
地面が近づく。
「誰か!!誰か来てください!!」
叫び声。
足音。
それから。
白い天井。
⸻
後日。
アスミは病室の扉を開けた。
そこには別人がいた。
頬がこけて。
肌が青白く。
呼吸のたびに、胸が小さく揺れるだけ。
「……ユーリ様」
付き人が、静かに説明した。
「もともと……長くは生きられない御体でして」
「この年まで生きてこられたこと自体が……」
声が、続かない。
隣では。
王が顔を伏せていた。
肩が震えている。
「ユーリ……ユーリ……ユーリ……」
名前を。
ただ、繰り返している。
アスミは。
その場に立ち尽くしていた。
⸻
気づくと。
走っていた。
城の廊下を。
石畳を。
王立魔術図書館の扉を、勢いよく開ける。
「絶対に……絶対にある」
息を切らしながら。
棚から本を引き抜く。
読む。
次の本。
読む。
また次。
夜が来ても。
朝が来ても。
眠らない。
「ある……あるはずだ……」
目が霞む。
それでも。
読む。
「……あった」
震える手で。
ページを押さえる。
「これなら……これなら、できる」
⸻
だが。
病室の扉を開けた時。
そこは。
空だった。
ベッドだけが、残っていた。
アスミは窓の外を見た。
大勢の人だかりが。
王城へ向かっていた。
その中心に。
大きな箱。
「……あれは」
神父の声が聞こえた。
鐘の音が聞こえた。
それが何を意味するか。
アスミには。
分からなかった。
─────
教会の扉が、静かに開かれた。
神父の声が終わり。
鐘の音が。
遠くなっていく。
棺桶が、ゆっくりと運ばれていく。
アスミは。
その列の端で。
ただ、歩いていた。
⸻
王城の裏手。
静かな墓地。
土が盛られる。
石が置かれる。
名前が刻まれる。
【ユーリ・ブレイビア】
その文字を、アスミはただ見ていた。
人々が。
一人、また一人。
去っていく。
王は最後まで残っていた。
だが
側近に促されるように。
その場を離れた。
気づけば。
墓地には。
アスミだけが残っていた。
何分。
何時間。
地面に座ったまま。
泣いていた。
「間に合わなかった……」
「全部……全部、遅かった……」
声にならない声で。
泣いていた。
⸻
その時。
気づいた。
「……あれ」
涙を拭う。
「埋めてから……まだ、そんなに経ってない」
立ち上がる。
「死後、魔力が完全に消えるまでには……時間がかかる」
「なら」
土を見る。
盛られたばかりの。
柔らかい土を。
「まだ……間に合う!!」
手で。
掘り始める。
爪が割れる。
手が血まみれになる。
それでも。
掘る。
掘る。
掘る。
棺桶の蓋をこじ開ける。
そこには、ユーリがいた。
以前の面影が何一つない。
青白い顔。
動かない胸。
だが
「……まだいる」
魔力が、微かに残っている。
アスミは震える手を、ユーリの胸にかざした。
息を吸う。
「——詠唱、開始」
⸻
ユーリの体が、宙に浮いた。
次の瞬間。
四散した。
肉片に。
骨へと
「——ッ!!」
アスミは目を逸らさない。
数秒。
それらがゆっくりと。
集まり始める。
再構築される。
形を取り戻す。
「……おねがい」
アスミの体から。
膨大な魔力が。
溢れ出す。
全身が。
燃えるように熱い。
「おねがい…おねがいっ…!!」
その魔力が。
ユーリへと。
流れ込んでいく。
視界が。
白くなる。
意識が。
遠のく。
それでも。
最後の瞬間。
アスミは見た。
ユーリの胸が。
小さく上下するのを。
「……良かった」
地面に倒れながら。
笑っていた。
⸻
「——本当だったのか……」
王の声が。
廊下に落ちた。
震えている。
信じたくない。
だが信じないわけにも。
いかない。
イデアはその光景を見て。
黙っていた。
ただ、観察している。
ユーリは一歩、前に出た。
剣を。
静かに納める。
そして。
片膝をついた。
「……隠していて」
「本当に申し訳ございません」
「父上」
その声は。
震えていなかった。
ずっと。
覚悟していたように。
「私は」
顔を上げる。
王を。
まっすぐに見る。
「アスミの魔力と……禁術によって」
「生きているんです」
沈黙。
王は。
何も言えなかった。
イデアが。
静かに口を開く。
「お分かりですね、陛下」
廊下に冷たい声が響く。
「この国の騎士団長は」
「禁術によって生み出された」
「いわば……存在してはならない命」
一歩。
近づく。
「それを知りながら」
「隠し続けた王と」
「騎士団長」
裂けた口が。
歪む。
「どちらが……より罪深いのでしょうねぇ」
廊下に。
重い静寂が満ちる。
ユーリは。
立ち上がらない。
ただ。
片膝をついたまま。
王を見ていた。
その目に。
後悔はない。
恐れもない。
ただ。
一つだけ。
「父上」
静かに。
言葉を継ぐ。
「私は」
「この命が……禁術で作られたものだとしても」
「後悔はありません」
王の肩が震える。
「ただ」
一拍。
「アスミに」
「一度も……礼が言えなかったことだけが」
「悔やまれます」
その言葉が廊下に。
静かに落ちた。
イデアは。
その様子を見て。
小さく笑った。
「さて」
両手を広げる。
「感動的な再会はここまでにして」
魔力が。
膨れ上がる。
「続きを……始めましょうか」
廊下の空気が。
一気に重くなった。




