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病死という名の自殺  作者: 傘花
第二章
9/13

2-2

小説の更新情報は下記の傘花SNSよりご確認いただけますಠωಠ


Instagram:@kasahana_tosho

 読み終えた途端、表現し難い感情が内側から襲いかかってきて、私は紙を酒井へと押し返す。


 哀しみで涙が溢れてくるだとか、そんな単純な想いでなかった。


 見ないようにしていた父親が、そこにいた。その感覚に、嗚咽が込み上げる。


「私はこのメールを読んで、浩介に何かあったのではないかと直感的に思いました。なので先日、うかがった次第です」


 酒井がポツリと言う。


 俺に似て余計なところまで深く考え込んでしまう。どうか、勝久があの子の力になって欲しい。


 何だその、私のことをよく知っていて、心の底から考えていたかのようなセリフは。


 親なのだから当然だろうという感情と、それを受け入れられない自分が共存している。


 浩介は、決して愛情表現が分かりやすい父親ではなかった。どちらかというと厳格で、ほとんど自分の感情を表には出さなかった。


 けれどそれは、私に対してそうだっただけなのだろう。敦子や涼佑と接する浩介は、ただの頭が良くて理屈っぽい、面倒臭い親父に見えていた。


 浩介のことが嫌いだったわけではない。仲が悪かったわけでもない。それなのに、深く話した記憶もない。


 気付いたら、随分と距離ができていた。


 私にとって浩介は、父親でありながら他人のような関係だったのだ。


 それが、そのまま、終わってしまった。


 そんな空白が、そこにずっとあるのだ。


「……メールを見た時には、まだ父が亡くなったとは知らなかったわけですよね。それなのに、どうして父の死に何か真相があるとお考えに?」


 嗚咽をかき消すように、私は酒井にそう尋ねる。


「何か一つ引っかかることがあると、最悪な事態まで考えてしまうのが、もう癖になっていまして。職業病のようなものです」

「そう言えば、随分とお忙しいお仕事だったみたいですね。何をされていたんですか」


 大して興味もないのに、頭で考える前に口からそんな言葉が出ていた。


 すると何故か、酒井がバツの悪そうな顔を見せる。


 視線を少し泳がせて、彼は指先でこめかみを掻く。


「……えっと」

「はい」

「公務員、です」

「公務員、ですか」


 そう言って、けれどすぐに何かを思い直したのか、酒井はこめかみを掻いていた指を下ろす。


「今更変に嘘をついても仕方ないですね。警察官です」

「け、警察っ?」


 無意識に大声を出していた。宝が何かとこちらに振り返って、慌てて何でもないと手を振る。


 警察官?酒井が?


「元、ですよ。今は引退して、ただのボランティアです」

「じゃ、じゃあ何ですか。父の死には、そういう何か、事件的な何かがあるかもしれないってことですか?」


 宝達に聞こえてしまわないように小さな声で言うが、動揺は隠し切れていなかっただろう。


「そう思われてしまうかもしれないから、ちょっと嫌だったんですよ。言うの」酒井も少し慌てたように言葉を続ける。「私も、浩介がわざわざ私にそんなメールを寄越したということは、何か事件的なことに巻き込まれていたからなのかと疑いました」


 マメに連絡を取り合っていたわけではない。それでも、信頼し合った間柄だった。そんな友人が突然メールを寄越してきたとなれば、脳は嫌でも想像する。


 私も酒井の立場だったら、同じように考えただろう。


「ですが心筋梗塞で亡くなったと聞いて、その時にすぐ、それはただの行き過ぎた妄想だったと気付きました」


 つまり、事件ではない、と。


 激しく鼓動していた心臓が、少し落ち着いていく。


「それなら、浩介は何故、私にそんなメールを送ってきたのでしょう。ただの妄想だったと気付いたと同時に、そんな疑問も浮かびました」


 紙がわずかに擦れる音がする。メールを畳んでポケットに閉まって、酒井はまたコーヒーを喉へと流し込む。


「話せる友人が私しかいなかった。それもあったかもしれない。死期を感じて、感謝を伝えたかっただけかもしれない。でもそれなら、何故、ありがとうだけではなかったのだろう。何故、貴方のことを私に伝えたかったのだろう。何故、敦子さんや涼佑さんではなく、私だったのだろう。そんな風に考え出したら、気付いたら貴方をお誘いしていました」


 何ということでもないように、それどころか照れ隠しのように酒井は言うけれど、それだけのことをあの一瞬で考えたのであれば、大した思考力と行動力だ。


「静波さん。貴方にとって浩介は、お父様は、一時の情に流されて、見てくれるかもわからないメールを送るような人ですか?」


 こちらを真っ直ぐ見つめる酒井の目を、私もじっと見返す。


 無意識に唾を飲み込んでいた。


 わからない。知らない。


 違うと思ってしまうのは、私の勝手な浩介のイメージで、本当はそういう人だったのかもしれない。


 私は浩介のことをほとんど知らない。知ろうともしてこなかった。


 ずっと、「ただの父親」でしかなかった。


「……いえ」


「私にとってもそうなのです。浩介は、何の意味もないようなことをする人ではない」空になった紙コップを、酒井は静かに握り締める。「これは、5年後、10年後になってもいい。いつかメールに気付いた時に、いや、私であれば遠くない未来、必ず気付いてくれると彼が確信していたが故に、私に託したものであったと思うのです」


 ゆっくり立ち上がり、酒井は私を見下ろして言葉を続ける。


「だからどうか、浩介が伝えたった真意を、彼の死の真相を、私と共に見つけ出して欲しいのです」


 酒井を見上げて、私は瞬きを繰り返す。

 

 面倒くさいのだと、逃げ道がどんどん無くなっていくのだと、ずっとそんな風に考えていた。


 一年経った今ですら、私にとって浩介の死は煩わしいものになるのかと、そう考えずにはいられなかった。


 そんな感情が、酒井の言葉によって少しずつ溶かされていくような感覚を抱く。


 知りたい。知らなければ。


 誰でもない、私が。


 父に似て、本当なら気付いてほしくないところまで気付いてしまうーーその私が。


「……もうとっくにそうなってますけど。1時間半かけて一緒にここまで来て」

「確かにそうですね。ありがとうございます」


 暫くすると、風花が「トイレ行きたい」と駆け寄ってくる。


 それを合図に、私達は帰路についた。


 酒井を最寄の駅で降ろす。「また近々連絡します」と、彼は笑ってそう言った。


 挨拶をして車に戻ると、風花はすっかり疲れ果てて、車の中でぐっすり眠っていた。


 そんな娘の寝顔を見ていると、親として、子としての自分を自然と考える。


「……宝はさ、いっつも風花にくっついてるよね」


 私の言葉に、風花の横で携帯をいじっていた宝が首を傾げる。


「え?うん。可愛いからね」

「そうだね。可愛いね」

「何、急に」

「別に。反抗期とか来たら、宝は絶望しそうだね」

「えぇ、やだなぁ。パパくさいとか言われたら泣いちゃうかも」


「良いんじゃない?泣けば」運転席に腰掛けながら、私は言う。「そんなこと言われたら悲しいって言えばいいんだよ」


「それはそれで鬱陶しがられそう」

「そうだね。うっざってなるでしょうね」

「でもまぁ、そうやって成長して、自立していくんだろうね。立派に大人になってくれるなら、なんだっていいよ」


 成長して、自立していく。立派に大人になっていく。


 そして、一人の大人として、人としての親を見る。


 宝の寂しそうだけれど誇らしげな表情が、今の私には少し眩しく感じた。



 ---

次回投稿は3/14(土)

を予定しております。

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