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病死という名の自殺  作者: 傘花
第一章
7/13

1-6

小説の更新情報は下記の傘花SNSよりご確認いただけますಠωಠ


Instagram:@kasahana_tosho

 そんな酒井の言葉に、背中にあったはずの逃げ道が、ふっと消えていくような感覚が襲ってくる。


 お父様の死の真相?


 何だそれは。しかもそれを一緒に調べないかとは、一体どういう意味なのか。


 モヤモヤとして気持ち悪さが生まれて、ーーけれど結局その日は、それ以上の話ができずに終わってしまった。酒井が敦子に連れ去られるように、リビングへと消えていってしまったからだ。


 だから、何故酒井が一緒に真相を調べないかなどと言い出したのかも、どうやって調べるのかも、私は知ることができないまま帰宅することになった。


 ただ蟠りだけが残って、けれどやがてそれも忙しさに埋もれて消えていく。


 再び現実へと引き戻されたのは、あの奇妙な日から1週間後。敦子から連絡が来たせいだ。


 酒井に連絡先を教えても良いか。敦子からのメールにはそんなことが書かれていた。


 思えばそこできっぱり断っておけばよかったのだ。


 私の平穏な日常に、浩介の過去の産物はいらないのだと。そんなことを敦子にはっきりと言えずとも、よく知らない人に連絡先など教えられないと。


 けれどあの日、敦子はすっかり酒井と打ち解けたようで、彼に対する警戒心など全く存在していない様子だった。


 結局、敦子が勝手に私の連絡先を酒井に教えてしまって、後日、彼からやたら丁寧なお詫びと誘いのメールが届いた。そして断り切れないままに、こうして酒井と再び顔を合わせることになってしまった。


 仕事が終わり、風花を保育園に迎えに行き、夕飯だの明日の準備などで忙しくなるまでのほんの僅かな隙間時間。


 自宅に招くのも嫌で、喫茶店で酒井と向き合う羽目になっている。


 お忙しいところすみません、と言いながら笑顔を向ける彼は、さして申し訳ないと思っていないだろう。


 無理矢理押し通せば自分の思い通りにできる相手だと、見下されているのだろうか。


「それで、お話というのは何ですか?」


 そんな風に疑り深く思っていても反射的に愛想笑いを浮かべてしまうのは、明らかに敦子譲りの性格だ。


「お誘いしたことの具体的な話を先日はできませんでしたので」

「父は心筋梗塞で亡くなりました。ただの病死です」

「えぇ、そのようですね。浩介は病気で亡くなった。それは疑ってません」

「殺されたわけでもないのですがら、死の真相も何もありませんよ」

「病死だとしても、そこに何の真相もないわけではないでしょう」


 何故この人は、私の中で漸く過去の人になろうとしていた父親のことを今更蒸し返そうとするのだろうか。


 あまり思い出したくない。墓参りだって、敦子が誘うから彼女のために行くだけだ。


 浩介のことが嫌いだったとか、そういうことではなくて、ただ、言葉にできないつっかえが、そこにはあるのだ。


「調べたいなら、お一人でどうぞ。父の書斎も勝手に漁ってもらって構いません。実家に行けば、母も喜ぶでしょう」

「いえ、静波さんもご一緒に」


 頑なにそう言う酒井に、どんどん笑顔を作れなくなっていく。


「何でですか。私、いります?」


 時計をちらりと見る。そろそろ5時半を迎えようとしている。


 今から帰って、ご飯の支度をして、風花と一緒にお風呂に入って、そうこうしていたら宝が帰ってくるだろうから…と、そんな現実に溜息をつきながら頭を回転させる。


 こんなよくわからない人に付き合っている暇も余裕も私にはない。


「はい。必要です」


 相変わらず笑顔を崩さないまま、酒井はそう答える。


 このままでは埒が明かない。


「私にとっては、どうでも良いことです。古いご友人として、父のことを考えてくださっているのはとても有り難く思います。ですが、父のためにそこまでしていただかなくても結構です」


 風花がパフェを食べ終わるのを見届けて、席を立つ。 


 もう夕飯は食べてくれないだろうなという苛立ちをぐっと飲み込んで、伝票を筒から抜き取る。


「これは、浩介のためではありません」


 立ち去ろうとした時、真っ直ぐ前を見つめたまま、酒井はそう言った。


「私と……貴方のためです」


 立ったまま、私は酒井の顔を凝視する。


 貴方のため?何が私のためだと言うのか。


 私のためだと言うのなら、忘れさせてくれ、考えさせないようにしてくれと、本気でそう思う。


 よくわからない漠然とした感情がそこにあるだけで、息ができなくなりそうになる。


「……違和感を、覚えたでしょう?」そのまま動けなくなってしまった私に、酒井は言葉を続ける。「浩介の死に際に」


 そんな彼の突き刺すような台詞に、心臓が大きく跳ねた音がした。


 心の中を見透かされたかのような感覚がして、嫌な緊張が私の体を駆け巡る。


 病気を認めたくなかったのかもしれないという敦子の考えと、浩介の書斎に遺された医学書の数々。 


 浩介という人間を考えれば考えるほど、その違和感は確かにしこりとなって私の中で膨れ上がっていたのだ。


 瞬きをする。酒井の言葉を頭で反芻するが、何も言えなくなってしまう。


 言葉が、喉の奥で固まったまま出てこない。


 気付けば、私は脱力したように再び椅子に座っていた。


 呆然と机を、そしてそこにあったマグカップを見つめる。


 話を聞く気には到底なれないのに、逃げ出す気力もなくなっていた。


「私も知りたいのです。何故、私だったのかと。何故、浩介は最期に、私に、託したのかと」


 ゆっくりと視線を上げる。酒井を見れば、彼は相変わらずその顔に笑みを浮かべていた。けれど何故か先ほどの笑顔とは少し違って見えて、私は小さく首を傾げる。


 遠い過去を後悔するような、懐かしむような、そんな切なさを酒井から感じる。


 瞬きをする。再び彼を見た時には、不敵な笑みに戻っていた。 


「身勝手なお願いだと承知しています。静波さんがお忙しい身であるということも。それでもどうか、こんな老人のわがままに付き合っていただけると」


 今断らなければ後悔すると、私の中の何かが警鐘を鳴らしている。


 面倒なことになるのは目に見えている。せっかくの休日が潰れるのでは?風花の面倒は誰が見るの?家事は誰がする?仕事だって休めない。そんな現実が一気に脳内に押し寄せてくる。


 それでも酒井から視線を逸らせないでいたのは、私の中で「浩介の死への違和感」という蟠りがあまりに大きくなってしまったから。


 まるで浩介に導かれるように私の元へと現れた酒井を、無視することなどできなかったからだ。


「……わかりました」


 深い溜息とともに、私は気付けばそう答えていた。


 言った瞬間に、酷く後悔をした。



 ---


次回投稿は3/7(土)

を予定しております。

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