↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病死という名の自殺  作者: 傘花
第一章
PR
4/13

1-3

小説の更新情報は下記の傘花SNSよりご確認いただけますಠωಠ


Instagram:@kasahana_tosho

 浩介は読書好きで、特に推理小説をよく読んでいたようだ。時代小説も手広く揃っている。その中の一角、小説とは違う棚を私はじっと見つめる。


 一般向けの病気辞典が数冊。その隣に医学書も並んでいる。手にとって開いてみると、いくつかの場所に付箋が貼ってあることに気付く。


 いずれも循環器関連についてだ。


 たまたまかもしれない。父方の祖父は様々な病気を併発した末に心不全で亡くなっているから、その時に調べたものかもしれない。


 けれどもし、これが自分で自分の病状について色々調べた結果だったのだとしたら。


 本を棚へと戻す。リビングへと戻って、私は湯呑を口へと運ぶ。


「お父さん、足痛がってた時に、整形外科かなんか行ったんだっけ」 


 苦いお茶を喉へと流し込みながら、私は以前に敦子が話していたことを思い出す。


「そうよ。でも、整形的には何にもおかしくなかったって。湿布と痛み止め出されておしまい。だからお父さん、余計に病院なんて行っても意味ない、治らないって思っちゃっただもの」


 病院など行っても意味がない。治らない。


 その結論に至る前に、浩介であれば最早医者を論破する勢いで対抗していたのではないだろうか。


 そんな風に思ってしまうのは、それが私の知っている浩介の姿だからだ。


 まだ私も涼佑も実家にいた頃の記憶が思い返される。


 家族皆が揃う時と言えば夕飯時。テレビではクイズ番組が放送されていて、私達は敦子の作ったご飯を食べながらテレビを見たり話をしている。


 私と敦子は大してクイズに興味はなくて、今日あった話だとか、次の休みに何をするかを話している。


 一方で、浩介と涼佑は2人でクイズ番組を睨みつけて、東大生しか答えられないような難問について議論している。


 クイズの正解に一喜一憂しているのではなく、議論をしているのだ。


 その理論はなんだとか、こういう説があったからどうだとか。


 議論は段々と白熱してきて、最終的にはその考えは古い、間違っているといった言い合いに発展していく。


 難しい言葉が飛び交っていたが、あれは最早喧嘩だった。

 

 持てる知識を総動員して、どちらが先に相手を論破できるかの喧嘩。


 やがて箸を机に叩きつける音が聞こえてくる。涼佑が「ご馳走様っ!」と苛立った様子で自分の部屋へと戻っていく。


 涼佑は浩介に論破されたのだ。つまり喧嘩に負けた。


 子どもであろうと容赦しない。自分の方が正しいのだと確信のある議論において、相手を完膚なきまでに叩きのめす。


 浩介はそういう人だ。


 だから、相手が医者だからと「対抗しても意味がない」と諦めるような態度は、私の中にある浩介の姿とはどうにも合致しないのだ。


「ねぇ、ママ。お腹空いた」


 色鉛筆をローテーブルに投げ置いて、風花がそう言った。


 その一言で、浩介のことで埋まっていた頭の中が、すぐに娘のことで上書きされる。


「あ、風ちゃん。アイスあるよ。チョコのやつ」


 敦子が席を立って冷蔵庫の方へと歩いていく。その背中を追い越して、風花が冷凍庫を開けて中からアイスを取り出す。


「こぉら、風花。勝手に人んちの冷蔵庫開けないで」

「いいのよ別に。人んちって言っても、ママがずっと住んでたお家だものね」

「そうやってると、そのうち友達んちの冷蔵庫勝手に開け出すから」

「あらぁ……まぁでも確かにね」


 浩介が死んだ時、風花はまだ4歳だった。人の死というものを、まだ大して理解できていない時期だっただろう。それは今もほとんど変わりないだろうが。


 だからこそ振る舞える無邪気さだったり、我儘さに、当時は随分と救われた。


 哀しみよりも、これからどうなるのかという不安の方が大きかったからだ。


 祖父母や他の親戚が亡くなるようなことは今までもあった。けれど彼らの死において、私はいつも誰かの後ろに隠れているだけだった。


 私はただ、流れに身を任せていればよかったのだ。


 だから、子どもという存在を介して、自分が当事者から少し離れたところにいられたことに、心のゆとりを感じることができた。


 風花を抱いている間に、やるべきことは涼佑と敦子が片付けてくれたから。


 風花がおいしそうにアイスを頬張っている。あっという間に一つ食べ終わってしまって、すぐに新しいアイスを冷凍庫から取り出している。


 そんな風花の姿を見て、もう怒る気力も湧き出てこなかった。


 人の注意など気にも留めていない娘から視線を逸らし、私は時計を見る。


「げっ、もう4時じゃん」


 昼だったはずの時刻は、気付けば夕方に差し掛かっていた。


 私は慌てて立ち上がり、鞄を手に取る。


「夕飯は?食べていけばいいじゃない」

「宝が何時に帰ってくるかわからないのよ。毎日時間が違うから」

「宝さんも食べてってくれていいのよ」

「宝が気まずいでしょ」


 捲し立てるように言って、止められる時間を与えないまま玄関に向かう。


 さっさと実家から逃げ出したいという本音を、早く帰って夕食を作らなければならないという事実で覆い隠す。


 今日の娘としての仕事は終了。もう疲れてしまった。


 まだ帰りたくないと途駄々をこねる風花に靴を履かせて、私は扉を開けるーーその時。

次回投稿は2/25(水)

を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。