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病死という名の自殺  作者: 傘花
第三章
11/13

3-2

小説の更新情報は下記の傘花SNSよりご確認いただけます( ・∇・)


Instagram:@kasahana_tosho

 暫くして、病院の奥の方からバタバタと誰かが走ってくる。


 白髪を綺麗に整えた、酒井と同い年くらいの初老の男だ。


「酒井さんっ」


 白髪の老人は酒井を見るやいなや嬉しそうな顔でそう言った。そんな老人の顔を見て、酒井も先ほどとは違う、心からの笑みを浮かべる。


「杉村、久しぶりだな」

「いや、本当ですよ」

「院長になったって話は聞いてたんだが、連絡できずに悪かった」

「とんでもないです。でも酒井さん、昔と違ってだいぶ落ち着きましたね。棘がなくなったというか」

「70にもなれば嫌でも落ち着くさ」


 2人の姿を私は酒井の陰に隠れてじっと見つめる。


 目の前に立っているのは、おそらくこの大きい病院の院長先生。そんな存在に、酒井は全く物怖じしていない。むしろ彼の方が優位な立場である雰囲気すら抱く。


 よくわからなかった酒井の正体のようなものを覗いている気分だ。


「それで、今日はどうされました」


 少しの間、二人は立ち話をして、院長は漸く私の存在に気付いたようにこちらを見た。


「ちょっと頼みがあってな」

「酒井さんの頼みであれば、何なりと」

「ここにいる鏡静波さんのお父様、木下浩介さんのカルテを見せてほしい」

「木下浩介さん、ですか」

「1年前に亡くなっているんだが、救急搬送された病院がここだったんだ」

「1年前ですか。カルテは残っていると思いますが、それなら診療情報開示手続きを……」


 院長の言葉を聞いて、私は受付の女性をちらりと見る。その視線に気付いた酒井が、彼女に聞こえないように小さな声で話を続ける。


「1ヶ月かかると言われたんだ」


 院長が私と酒井の顔を見比べる。そして、小さく溜息をついて「わかりました」と答える。


「警視正の命令には逆らえませんので」

「もうとっくに引退した」

「でもどうせまだ事件に首を突っ込んでるんでしょう?今度は何の事件ですか、もう」


 こちらです、と院長が歩き出す。その背中に酒井が迷うことなくついて行って、だから私も慌てて2人の背中を追う。


「あの、事件って……」


 酒井の隣に並んで、私は耳打ちするようにそう言った。


「そういうことにしておいてもらった方が、話が早いですから」

「でもこういうのって、職権濫用って言うんじゃ…」

「私は警察手帳を出したわけでも刑事を名乗ったわけでもありません」

「やらなかっただけで、同じようなものじゃないですか」

「今日のことがバレてしまったとしても、私がちょっと怒られて終わるだけです。私が現役時代に培った信頼貯金のおかげで、この程度のことなら見逃してくれるでしょう」


 酒井が意地悪そうな笑みを浮かべる。


 良いのだろうか、それで。


 けれど酒井のおかげで1ヶ月も待たずに済んだのだから、あまり深く考えまい。


 倉庫のような場所に案内されて、院長は「少しお待ちください」と棚の陰に隠れてしまう。


 大して気にもしていなかった浩介の死因。


 心筋梗塞。よくある突然死の原因だ。浩介の年齢を考えれば、十分なり得る病状だろう。


 酒井もその診断自身を疑っているわけではないようだ。だとしたら、そんなものを今更掘り下げて、彼は何を知りたいのだろう。


 「お待たせしました」と、院長が一冊のファイルを持って戻ってくる。


 血液検査や心電図の結果が目の前に並べられる。何が何だかは全くよくわからない。


「夜に救急搬送されたんですね。運ばれてきて、すぐにカテーテル治療を行なってるようです」


 院長の話を聞きながら、浩介が集中治療室のベッドに横たわっていた時のことを思い返す。


 それは、ドラマでしか見たことがないような映像だった。


 沢山の医療機器に囲まれて、沢山の管が繋がっている。


 その姿は、浩介が自らの意志で生きているというよりは、明らかに、機械によって生かされていた。


「大丈夫ですか?」


 私の顔を覗き込むようにして酒井がそう言った。


 声をかけずにいられないほど、私は悲痛な顔を浮かべていたのだろうか。


「何がですか」


 同情されるのも鬱陶しくて、私は反射的にそう答える。


「いえ、別に」


 突っぱねるように私が言ったせいか、酒井はそれ以上問いただしてはこなかった。


「心臓の機能が戻らず、機械をつけたと聞きました」


 酒井から目を逸らして、私は院長に向かって口を開く。


「そのようですね。治療自体は成功していますが、木下さんの場合、心臓に血液を送るための血管、冠動脈という部分の根元が詰まってしまったようです」

「根元、ですか」

「はい。この冠動脈の根元が詰まってしまい、心臓全体に血液が届かなくなりました。その影響が大きく、心臓の機能がとても弱ってしまいました」

「治療が成功して、また心臓に血液が届き出しても、心臓の機能は戻らなかったんですか?」

「手術記録を見ると、一度心臓の動きが完全に止まってしまった時もあったようです。除細動器……AEDみたいなものですね。除細動器を使用した記録が残っています。状況はかなり深刻だったかと。 一度止まってしまって、けれど何とか少しだけ息を吹き返した心臓がまた元気に動き出してくれるかどうかは、私たちも予測はできません」

「だから、心臓の代わりを機械で補うしかなかったと……」

「はい」

次回投稿は3/25(水)

を予定しております。

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