096 -Ritsu-
学年末テストが無事終了した。いや、無事と言うのは気が早いかもしれない。ともあれ、律にできることは終わった。
テストが終わるや否や、目の前の席の蒼乃が立ち上がって席に座っている律を抱き締めてきた。
「蒼ちゃん、くすぐったいよ」
頭をわしゃわしゃされ、首元を撫でられる。首はちょっといけない気持ちになりそうだからやめてほしい。
「はい、席についてください」
担任の八重樫が教室に入ってくる。
「蒼ちゃん、席に座れって言われてるよ」
「うん、聞こえてる」
聞こえた上で律を抱いているらしい。八重樫から直接注意されて、やっと蒼乃は自席に戻った。しかし、顔の向きは教壇に立つ教師ではなく、後ろの席の律に向いていた。
テスト後の浮かれた雰囲気が教室を包む中、簡単なショートホームルームが終わる。素早い動きで荷物をまとめた蒼乃が隣にやってきた。
「蒼ちゃん速い……ちょっと待ってね」
律の家に向かうのに、今日は蒼乃も自転車を学校に置いてバスを使うらしい。
「律、もう使わない教科書やノートは計画的に持って帰らないとダメよ」
「分かってるよー。来週中にちゃんと持って帰りますー」
いらない教科書とはなんだろう。まだ来週はテスト返却もあるし、今日は手ぶらでいいか。
「蒼ちゃん、お待たせ。一緒に帰ろ」
律から蒼乃の手を握ると、蒼乃は嬉しそうに握り返してくれた。
「律、赤点の科目はなさそう?」
「大丈夫大丈夫。英語も公共も大丈夫」
大丈夫を連呼すると大丈夫ではないように思えるが、今回ばかりは大丈夫だと思っている。前回も英語の点数は上がったし、今回も蒼乃と一緒に勉強した。
自転車を引いてる蒼乃とは何度も一緒に歩いた道も、並んで歩くのは初めてだ。
「あ、律。お昼買っていかないと」
コンビニが目に入ったところで蒼乃が言う。
「お昼は家にあるよ」
「どういうこと?」
「母さんがパートに行く前に作ってくれた。蒼ちゃんの分もあるよ。でも、バスまで時間はあるし、飲み物買って行こうか」
蒼乃の手を引く。すぐに動いてくれない。
「どうしたの?」
「嬉しくて」
「あばっ!?」
突然、正面から蒼乃に抱きつかれる。当然、通行人がいるので律は恥ずかしい。
「蒼ちゃん、コンビニ行くよ……」
なんとかして彼女の腕を引き、近場のコンビニに入る。蒼乃が腕に絡みついていて動きづらいが仕方ない。
「ケーキあるよ、蒼ちゃん」
ドリンクコーナーに行く前に、デザートコーナーで律の足が止まる。
「半年記念だし、甘いものも買って行こうよ」
「律の好きなものでいいわよ」
「私一人で選ぶと、次のバスまでに決められないと思う」
「じゃあ、それ」
蒼乃が二個入りのショコラケーキを指した。
「即決だね」
「律が食べれるなら何でもいいの。次は飲み物ね。律はどれにするのか決まっているの?」
ケーキを持って、奥にあるドリンクコーナーまできた。蒼乃はお茶を手に取る。律はどの炭酸にするかしばらく悩む。
「もうネットでメロンソーダを箱買いしてもらてばいいんじゃない?」
「そうしようかなぁ」
結局悩んだ末、律は缶のエナジードリンクにした。蒼乃が不思議そうに見てくる。
「何でエナジードリンク? 美味しいの?」
「エネルギーを摂取した方がいいかと思って。めちゃくちゃ甘いから蒼ちゃんは好きじゃないと思うよ」
汗をかくからスポーツドリンクの方がよかったかもしれない。すでに会計を終えてしまったので、律は諦めた。今日もおそらく疲弊する。
◆ ◆ ◆
誰もいない家に「ただいまー」と帰る。蒼乃もご丁寧に「お邪魔します」と言っていた。誰もいないのをいいことに、蒼乃はただいまのキスをしてきた。
手を洗ってからリビングに向かう。蒼乃にはソファに座ってもらって、律は冷蔵庫にしまわれていた昼食を二皿取り出す。ナポリタンだった。電子レンジで温めてからテーブルに並べる。
「私が作ったわけじゃないけど、召し上がれ」
「いただきます」
箸とフォークで悩んだけど、ケーキも食べるのでフォークを選んだ。
「美味しい」
「それは母さんが喜ぶねぇ。伝えておくよ」
律は大した感謝の念を抱くこともなく、慣れた味付けのナポリタンを黙々と口に運ぶ。テレビの一つでもつければよかったかもしれない。
「律……、口の周りについてる」
ティッシュで丁寧に蒼乃に拭われた。もうすぐ十七歳になるのに恥ずかしい。
律はエナジードリンクを開けて喉に流し込む。シュガーフリーと書いてある方を選んだが、十分甘い。
「一口ちょうだい」
甘い飲み物を飲まない蒼乃が珍しい。律が缶を渡そうとすると首を横に振られた。
蒼乃は律の唇に人差し指をあてる。
「直接ちょうだい」
マウストゥーマウスと言いたいらしいことを理解して、律の顔が熱くなる。律は震える手で缶を自分の口元まで持っていき、中の砂糖水を口に含む。
そもそも律からキスをすることが少ないというのに、ハードルが高い。律がおたおたしていると、蒼乃が律の顔を掴み唇を重ねてきた。何もしないでいても液体が温まるだけなので、意を決して律は口内の液体を蒼乃に流し込んだ。
「甘いわね……」
蒼乃は平然と缶に書かれている成分表を眺めているが、律は未知の感覚に翻弄されている。
「律、惚けているところ悪いけど先にケーキを食べましょう。続きは食べてからね」
あとで食べる時間があるかも分からないから、今食べるのが賢明だった。
律は台所から二枚お皿を持ってきて、ケーキをプラスチックのパックから移す。
「蒼ちゃん、半年間ありがとう。これからもよろしくね」
フォークをお皿に置いて、律は蒼乃に抱きつく。蒼乃の腕が優しく律を包み込んでくれた。
「こちらこそよろしく、律。愛してるわ」
いったんハグを解いてショコラケーキに向き合う。甘い食べ物に甘い飲み物は、やはりミスチョイスだった。口の中が甘い。
「律、お茶いる?」
「欲しいけど……あとででいいかな……」
また口移しになりそうな雰囲気だったので、律は先送りにする。
「律ってば、また口の横についてる」
「え、どこ?」
「ここ」
蒼乃が顔を近づけてきて、ペロッと律の口の端を舐めた。
「本当についてた!?」
「さぁどうかしら」
律は残りのショコラケーキを慎重に食べた。一応ティッシュで口周りも拭いておく。
全て食べ終わって、お皿をシンクに下げると、蒼乃が後ろから律に抱きついてくる。
「蒼ちゃん、くっついてたら二階に上がれないよー」
「じゃあここでする?」
「普通に二階に上がろうよ。まだ時間あるんだからさ」
蒼乃は素直に律から離れた。律の分の飲み物も持って、蒼乃が先に二階に上がる。律もすぐにあとを追いかけた。
蒼乃がローテーブルの前に座っていたので、律も隣に座る。ベッドじゃないことが意外だった。
「はい、お茶あげる」
蒼乃がペットボトルのお茶を口に含み、有無を言わさず律の口内に流し込んできた。緑茶なのかほうじ茶なのか紅茶なのかも分からないくらいに、味がしない。
「美味しい?」
「美味しいです……」
律が嘘をつくと、蒼乃はおかしそうに笑う。ご機嫌そうでなによりだった。
今度はお茶を含まずに、蒼乃の唇が重なってくる。律が無意識に蒼乃の手を探すと、すぐに蒼乃が律の手を絡め取った。
何度かキスを重ね、いつベッドに移るんだろうと律が考えていると、蒼乃の手が律から離れて律のネクタイに移動した。片手で簡単に解かれたネクタイは床に捨てられることがなく、蒼乃の元に留まっている。
蒼乃がネクタイを持っていない左手を律の前に出し、「お手」と言った。律は状況を飲み込めなかったが、ひとまず右手を置いてみる。
「左手もお手」
言われた通りに律は左手も彼女の手に置いた。
「お利口さんね」
ネクタイを指に引っ掛けたまま、蒼乃は律の頭を撫でる。なにかご褒美でももらえるのかと待っていると、差し出した両手にネクタイが巻かれていく。どう考えても間違った使い方だ。
「蒼ちゃん、なにするの……?」
「えっちなことだけれど?」
「なんで私の腕を縛るの?」
「律はこういうの好きかと思って。よかったわ、制服がリボンじゃなくてネクタイで」
蒼乃の言う通り、確かに律の鼓動は速くなっていた。高校生のうちに、こんな性癖に目覚めていいのだろうか……。




