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095 -Aono-

 桜の開花よりも早くに卒業式が執(と)り行われた。蒼乃(あおの)は部活動に所属していないため、仲の良い先輩などいない。


 冷え込む体育館で知らない人たちの儀式をただ見守るだけ。寒いので、蒼乃(あおの)は隣に座る律(りつ)の手を握(にぎ)っていた。普通に握(にぎ)ってみたり、恋人繋(つな)ぎをしてみたり、とにかく律(りつ)の手で暇を潰す。


 横の壁際に立っている八重樫(やえがし)が何か言っていたが、蒼乃(あおの)は見えないふりをした。


 式が終わり、主役の三年生がいなくなったあとは一年生が会場の片付けをする。


「律(りつ)、そんなに持ったら危ないでしょ」


 律(りつ)が左右に三つずつパイプ椅子を抱(かか)えていた。他にも働く人間はいるのだから、律(りつ)がそんなに頑張らなくていい。蒼乃(あおの)はパイプ椅子を三つ律(りつ)から奪い取る。


「律(りつ)、このあと誰(だれ)かに呼ばれていたりしない?」

「しないよー。蒼(あお)ちゃんは心配性だなぁ」

「心配するに決まってるでしょ!」


 思わず語尾が強くなる。つい先日、幼馴染(おさななじみ)から告白されたことを忘れているのだろうか。


 パイプ椅子をいったん床に置き、蒼乃(あおの)は律(りつ)を正面から抱(だ)き締める。


「蒼(あお)ちゃん、まだ片付け終わってないよ」

「律(りつ)が悪い」


 全ては律(りつ)が可愛いのが悪い。もう誰(だれ)にもこの顔を見せないために、ずっと抱(だ)き締めていたい。


「難しい方のアイザワさん、ちゃんと片付けをしてください」


 見かねた八重樫(やえがし)が近づいてくる。蒼乃(あおの)は普段から素行の悪い生徒なので、今回も聞こえないふりをした。


「アイザワさん」


 どちらのアイザワさんなのか不明瞭だったので無視したが、ついに蒼乃(あおの)の肩が叩(たた)かれる。


「難しい方のアイザワさん、片付けが先です」

「はい」


 ここまでこられては無視もできなかったので、蒼乃(あおの)は返事をして律(りつ)を解放した。


「八重(やえ)ちゃん、寒そうだね」

「寒いわよ。式典だから着込めないもの」

「先に教室にでも戻ってればいいのに」

「あなたたちがサボるから見張っているんでしょう」


 八重樫(やえがし)とお喋(しゃべ)りを始めた律(りつ)の背中を蒼乃(あおの)が叩(たた)く。二人で六つの椅子をステージ下まで運んだ。


「寒いねー」


 蒼乃(あおの)は懲(こ)りずに律(りつ)の手を握(にぎ)る。八重樫(やえがし)の視線が向けられるが、ただ手を繋(つな)いでいるだけなので堂々とする。



  ◆  ◆  ◆



 卒業式が終わっても、在校生の蒼乃(あおの)たちに待ち受けるのは学期末テストだ。さすがに明日からテスト本番となると、律(りつ)の時間を奪うわけにもいかない。


 いつも通り自転車を押しながら律(りつ)をバス停まで送る。しかし、校門のところで一人の女子生徒に呼び止められた。胸元に花がついていたので、三年生だ。


「アイザワさん」


 どちらのことだろう。蒼乃(あおの)の左側を歩いていた律(りつ)だが、知らない人が出てきたのでいつの間にか蒼乃(あおの)の陰(かげ)に隠れるように右側に移動していた。


「えっと、相沢律(あいざわりつ)さん」


 やっぱりきたかと蒼乃(あおの)は律(りつ)の壁になる。


「律(りつ)に何かご用ですか」


 二つ上の先輩ではあるが、身長は蒼乃(あおの)の方が大きい。蒼乃(あおの)は上から先輩を威圧する。


「少し律(りつ)さんをお借りできませんか」

「できませんね」


 コンマ一秒も空けずに蒼乃(あおの)は言い返した。


「用があるなら今ここで済ませてください。律(りつ)もテスト前なので」


 自転車は右手で支えて、裏に隠れている律(りつ)を左手で引っ張る。律(りつ)がやっと隣(となり)に並んだ。


 他にも帰る生徒が横をすり抜けていく。こんなところでは話しづらいかもしれないが、律(りつ)を連れて行かれるのは許せない。遥(はるか)のこともあったので、蒼乃(あおの)のガードは強くなっていた。


「相沢律(あいざわりつ)さん」


 先輩は律(りつ)を連れ出すのは諦めて、要件を言う。


「あなたのことが好きです。四月にあなたを一目見た時から好きでした」

「…………」


 律(りつ)の顔が女子生徒から蒼乃(あおの)の方に向く。そうではない。ちゃんと相手の顔を見なさいと、蒼乃(あおの)は肘(ひじ)で律(りつ)を突(つつ)く。人見知りな律(りつ)は視線をうろうろさせながら前を向いた。


「ごめんなさい。私には心に決めた人がいるので……」


 最後の方、もう少し声を張ってほしかったが贅沢は言わない。


「要件は済みましたか?」

「はい、テスト頑張ってね」


 律(りつ)に悪い虫がつく前に早く帰らせよう。


「律(りつ)、帰るわよ」

「うん」


 坂道を上りながら律(りつ)は不思議そうに言う。


「私は蒼(あお)ちゃんと付き合っているのに、どうして告白してきたんだろう。知らないわけないよね」

「ちゃんと知ってるでしょうね、さすがに。卒業するからついでに言っておきたかったんじゃないの」

「蒼(あお)ちゃん」

「何?」

「好きだよ」

「どうしたの、急に」

「ちゃんと思った時に言っておこうと思って」


 荷台に乗せて連れて帰りたい。


「ありがとう、律(りつ)。私も貴方のこと好きよ」

「蒼(あお)ちゃんってさ、告白されたことないって言ってたよね」

「言ったわね」

「ということは、好きと言うのは私が初めてで、私だけだね」


 律(りつ)の独占欲(どくせんよく)の片鱗(へんりん)が見れて嬉しい。蒼乃(あおの)の初めてはいくらでも律(りつ)に捧(ささ)げたい。


「蒼(あお)ちゃん、今日も送ってくれてありがとうね」


 バス停につき、すぐにバスが交差点で左折するのが見えた。


「待たね、律(りつ)」


 人気がなかったので、蒼乃(あおの)は律(りつ)の頬に口づけをした。外なので律(りつ)が恥ずかしそうにする。


 バスが完全に見えなくなってから、蒼乃(あおの)は来た道を自転車で戻った。



  ◆  ◆  ◆



 蒼乃(あおの)は自宅に戻り、自転車を停めたところで時間を確認しようと思いスマホを見た。律(りつ)からメッセージが届いている。


 スタンプが最新の通知なので、通知画面から内容が読み取れない。軽い気持ちでアプリを開くと、目眩(めまい)がした。

 すぐに律(りつ)に電話をかける。


『……もしもし』


 気不味そうな声がスピーカーから聞こえた。


「どういうこと?」

『送ったままですが……。バスの中で英鈴(えいりん)高校の女の子に声をかけられたって』

「何て言われたの? 一字一句そのまま答えて」

『ぁーえーっと、「あなた可愛いね。このあとご飯一緒に行かない?」って』


 前にも似たようなことがあった気がする。蒼乃(あおの)は頭を抱(かか)える。


『ちゃんと断って帰ってきたからね!』

「そんなの当たり前でしょ。まったくもう、三月入ってから日が経ってないのに三回も告白を受けるなんて……。律(りつ)をお姫様抱(だ)っこでもして英鈴(えいりん)高校の目の前を散歩しましょうか」

『通報されるよ』

「もしくは毎日私がバスの中まで付き添いましょうか」

『いいって! 大丈夫だから。心配させてごめんね』


 いくら心配してもし足りない。律(りつ)への愛が深まるほど心配事が増えて困る。


『蒼(あお)ちゃん、ごめん。お姉ちゃんがうるさいからいったん電話切るね』

「スピーカーにしてもらってもかまわないけど」


 電話越しに律(りつ)の苦笑いが伝わってくる。『またね』と言われて電話は切れてしまった。


 もやもやする。もしかしたら蒼乃(あおの)もお腹が空いて苛立っているのかもしれない。お昼を食べようと思い、蒼乃(あおの)は家に帰った。

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