093 -Ritsu-
「はい、律、腰浮かせて」
なぜかいつもより激しかった行為のあと、ヘタっている律に蒼乃が服を着させてくれた。蒼乃はまだ物足りなそうだったが、明日も普通に学校があるので切り上げてもらった。
「律、大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ……」
律は寝転がりながら弱々しく言う。起き上がる元気はない。
蒼乃も服を着ると、律の横に転がってきた。額に軽く口づけをされる。
「蒼ちゃんの体力は無限大ですな……」
「思春期ですから」
「私だって思春期だよー」
蒼乃が足元にあった掛け布団を持ってきて、二人にかける。布団の中で蒼乃は律に抱きついてきた。
「もうこれ以上は無理だよ……」
「しない。そこまで思春期を拗らせてないから」
律は本当かなぁと半信半疑だ。少なからず、律よりは蒼乃の方が性欲があると思う。
「律は本当に可愛い。大好き」
「蒼ちゃんは最中もずっとそれを言ってる……」
「試しに今度する時はずっと黙ってましょうか」
「それは嫌だなぁ」
律の声が丸聞こえになるわけだ。絶対に嫌だ。それに律だって蒼乃の息づかいを聞いていたい。ブレーキを踏めなくなった時に蒼乃が律の名前を連呼するのが好きだ。
「律、そろそろ寝ないと明日……もう今日だけど、起きれないわよ」
「起きれなかったら蒼ちゃんと一緒に遅刻する」
「私、今のところ無遅刻無欠席なのだけれど」
「国語の授業サボったじゃん」
「あれは看病だからいいの」
蒼乃の温かさが伝わってきて、律はだんだん眠たくなってきた。そもそも体が疲弊していた。背中を撫でる手が心地よい。
「おやすみ、律。私の夢を見てね」
◆ ◆ ◆
夢は見なかった。律が目を覚ますと、目の前には蒼乃がいて、しっかりと律を抱き締めた状態のまま寝息を立てている。律は蒼乃を起こさないように首を曲げて時計の時刻を確認する。六時。まだ起きるには少し早い時間だったが、二度寝すると起きれなさそうだ。
普段は大人っぽい蒼乃も、眠っていると無害な子供に見える。ちょっとしたいたずら心で蒼乃の頬を指先で触ってみた。……無反応。
「蒼ちゃん、好き」
律は小さな声で言って、蒼乃の唇にキスをした。
「んん……」
蒼乃の腕の力が増し、密着するように律を抱き締めた。起きてしまったのかもしれないと名前を呼んでみたが、よく分からない唸り声が聞こえてきただけだった。
「好きだよ、蒼ちゃん」
もう一度蒼乃にキスをしてみる。やはり律を抱き締める腕の力は強くなった。
「りつ……」
三回目を試みようとしたところで蒼乃が薄目を開ける。ばっちり律と蒼乃の目が合う。
「律」
寝惚けたままの蒼乃が律にキスをする。律がした軽く触れる感じのキスではなく、唇を奪うと表現した方がしっくりくる感じのキスだった。
「蒼ちゃん、おはよう」
「……おはよう」
まだ完全に夢から覚めていないという感じで、蒼乃の目はしっかり開いていない。
「あーおちゃん」
「んー……」
普段は聞くことのできない彼女の寝惚けた声が可愛くて、律は何度も蒼乃を呼ぶ。
寝起きが悪いと聞いていたが、これは長所だと律は思った。
「あはは、蒼ちゃん可愛いー」
猫にするように蒼乃の頭を撫でる。どうせ起きたらセットをするから、ぐしゃぐしゃになってもかまわないだろう。
「蒼ちゃん蒼ちゃん」
律が優位に立つのは、これが初めてかもしれない。律は調子に乗って蒼乃の頭や耳、頬、鼻を触っていく。口を触ったところで、パクリと指を食われた。
「蒼ちゃん、起きた……?」
「これだけ触られたら起きます……。何? 朝から誘ってるの?」
「いやーそんな時間はないかな……」
「律はファストセックスって知ってる?」
英語が苦手な律は直訳もできずに、ただ後半の単語に刺激されて顔を赤くした。
「律ってすぐ感じるみたいだし、時短でできるんじゃないかしら」
寝惚けていたはずの蒼乃は完全に覚醒しており、昨夜と同じように律に馬乗りになる。
「や、腰が……」
腰も腹も太腿も筋肉痛なのは事実だった。
「何、腰を触ってほしいの?」
蒼乃の手が容赦なく服の中に入ってくる。律は声が出そうになって慌てて手で口を塞いだ。
「次はどこを触ってほしい?」
「蒼ちゃん、そうじゃなくて……」
「どう? 腹筋の具合は」
律の言葉は横に流され、蒼乃の手が律のお腹に移動してくる。とてつもなくこそばゆい。
「あと使う筋肉と言えば太腿よね。そっちはどう?」
律の制止は間に合わず、蒼乃はズボンの中に手を突っ込んだ。内腿を撫でられた段階で律の敗北だった。
「私は律とじっくりしたいんだけれど、しょうがないわよね。時間がないんだもの」
◆ ◆ ◆
結局スマホのアラームが鳴る時間に、律はベッドから起き上がれなかった。テキパキと攻められて、結局がっつり最後までしてしまった。
「律、起きないの?」
律とは違い、蒼乃は朝から元気になっている。
「起きるけどぉ」
「ほら、起きて起きて。さっきまであんなに元気だったじゃないの」
蒼乃に腕を引かれて、律は重たい体を起こした。これは早急に体力をつけないとまずいかもしれない。
律は蒼乃と一緒に顔を洗って歯磨きをし、着替えて一階に下りる。
「おはようございます」
蒼乃が挨拶をすると律の母親が元気よく話しかけてきた。父親も挨拶をしてきたのだが、全部母親の声に負けていた。
「おはよう、蒼乃ちゃん。どう? しっかり眠れた?」
「はい、それはもうぐっすりと」
蒼乃は平気で嘘をつく。
「蒼乃ちゃんも朝ごはん食べていってね」
「いいんですか。ありがとうございます」
律と蒼乃は横並びで椅子に座る。父親の前には律が座った。蒼乃がいるからか、朝ごはんはいつもより豪華だった。
いただきますをしてから、一日ぶりの母親の味噌汁を律は飲む。遥の作ったものと味は似ていた。
「蒼乃ちゃん、お弁当も作ったからよければ持っていってね」
「え、そんなことまで……」
「遠慮しないで。ついでに作っただけだから」
「ありがとうございます、お義母さん」
蒼乃はとても嬉しそうだ。律にとっては当たり前に出てくる弁当でも、蒼乃にはすごい価値があるらしい。
「律、あんたはぼーっとしてないで早く食べなさいね」
早く食べればよく噛めと言われ、遅く食べれば早くしろと言われる。理不尽だ。
しかし、バスの時間もあるので早く食べないといけないのは事実だった。
蒼乃が先に食べ終わり、食器を下げるついでに律の母親と仲良げに話している。下手な秘密を暴露される前にと、律は最後のご飯を味噌汁で流し込んだ。
「ごちそうさま!」
律も食器を片付け、蒼乃のカーディガンを引っ張る。
「蒼ちゃん、学校行こ」
「はいはい。お義母さん、朝食にお弁当までありがとうございます」
礼儀正しい子だ。さっきまでやましいことをしていたというのに。
母親に見送られながら、律と蒼乃は家を出た。母親の目がなくなったところで手を繋ぐ。
「律、体は平気?」
「痛いですけど?」
「それはただの筋肉痛でしょ」
「それを言われると返す言葉はない……。あーでも、今日一日思い出しそう……」
「何を?」
蒼乃はニコニコと愉しそうな笑顔を律に向けてくる。
「分かってるくせに」
「私は思い出すわよ。授業中でも律のことを」
「授業に集中してくださーい。テスト前ですよ」
T字路の長い赤信号で足止めを食らい、なんとかギリギリにバス停に着いた。どうせ遅れてくるので気長に待つ。
「律とこうして学校に行くのは初めてね」
「二度目はないかもね」
「どうして? お義母さんの反応的にまた泊まりに行っても大丈夫そうじゃなかった?」
「そうゆうことではなく……。蒼ちゃんが泊まりに来るなら、次の日が休みじゃないと……私の体がもたない……」
不思議と頭はすっきりしているのだが、如何せん体が重い。律は無意識にお腹を撫でた。
「腹筋くらいしたら?」
「本当そうだね……。蒼ちゃんが元気過ぎるから私の体が保たないかもしれない」
時刻表の時間より三分遅れてバスがきた。隣の駅から出ているバスなので、すでに高校生で車内は混雑している。
律がつり革を持つよりも早く、蒼乃が律の体に片腕を回してきた。
「掴まってて」
つり革を掴むのはやめ、律は蒼乃にしっかりとしがみつく。倒れる時は諸共に。
「確かにこの道を自転車で行くのは大変そうね」
蒼乃はアップダウンの激しい道を見つめた。本当は体力をつけるために、律は自転車通学の方がいいのかもしれないが、やはりこの道を通るのは嫌だった。
バスを降りてからは学校まで五分ほど歩かなければいけない。律が蒼乃と手を繋いでいつもの道を歩いていると、いつも同じ時間くらいに登校している生徒が怪訝そうな顔をしていた。いつもいない人間がいるのだから不思議に思ってもしょうがない。
「もう律の家に引っ越したい」
「毎日お姉ちゃんとケンカしそうでやだなぁ」
「そういえばお姉さん、朝はいなかったわね」
「大学生は朝が遅いんだって」
「そう。じゃあ大学生になったら、律と朝も夜もし放題ね」
「死んじゃう」
律はもう一度、お腹を撫でた。




