表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/97

089 -Aono-

 金曜日の午前授業は全て移動教室であった。どこかマイペースな(りつ)蒼乃(あおの)が手を引き、グラウンド、パソコン室、美術室と連れ回る。


 美術の時間は絵の具を使うので、蒼乃(あおの)はネクタイを(ほど)く。(りつ)も絶対に絵の具をつけるので、授業が始まってから蒼乃(あおの)(ほど)くようにしている。


(りつ)(そで)つきそう。ちゃんと()くらないと」


 袖口(そでぐち)()くるのも蒼乃(あおの)の仕事だった。(りつ)に限っては一時間目の体育から着替えない方がいいのではないかと思う。


 選択授業は蒼乃(あおの)(りつ)が美術、(はるか)が音楽、日向(ひなた)が書道を選択している。美術の時間は蒼乃(あおの)にとって(りつ)と密接にいられる貴重な時間でもある。二人掛けの工作机に(りつ)と並び、二時間お喋りを続ける。美術の教師は成果主義なので、授業中は明るい雰囲気(ふんいき)が流れている。


(あお)ちゃん、白色出し過ぎたんだけど使う?」

「それならちょっとだけもらうわ。ありがとう」


 (りつ)は不器用だが絵は上手い。夏前に描いた絵が廊下に飾られているくらいだ。絵が上手いので、当然美術の教師からの好感度も高い。


(りつ)は絵が上手だから選択で美術を選んだの?」

「んーそれもあるけど、音楽は人前で歌うのが嫌だし、書道はねぇ……苦手分野だから」


 蒼乃(あおの)はわりとギリギリまで美術と書道の選択を悩んでいた。今となっては春休みの自分はナイス判断をした。


「絵は上手いのに字は下手くそだものね」

「毛筆なら多少上手く書けるよ」


 (りつ)は細筆に青色をつけると、下書き用のキャンパスノートに『相澤蒼乃』と書いた。自分の名前ではなく恋人の名前を書くところが可愛い。出来はと言うと、可もなく不可もなく。普段のノートよりは綺麗めな字だった。


「あ、ほら、こんなんよりレタリング上手いでしょ。見て見て」


 レタリングとは、ペンで書いた字を手で書くことだ。美術の時間では、お手本となる字を大きく手書きで真似をする。(りつ)が見せてきた字は確かに蒼乃(あおの)よりも上手い。


「不器用なのにこういうのは得意なのね」

()り性だから」


 確かにちまちまと集中して下書きを描いているのを見た。蒼乃(あおの)は絵にこだわりを持っていないので、全て無難なラインで仕上げている。きっとこの手の一生懸命さの違いが、教師からの評価が変わるのだろう。


「確か(りつ)って中学の美術の先生にも気に入られてたって(はるか)が言ってたわよね」

「なんで今その話が出てくるのさ」


 (りつ)が気不味そうな顔をする。


「今、思い出したから。竹之内先生だっけ」

「一回しか出てきてないのに名前まで覚えてるの怖いよ……。確かに良くしてもらってたのは私でも分かるあからさまさだったけど……」


 後半がもごもご口籠(くちごも)る。(りつ)が自覚していたとなると、相当はっきりと態度に差があったのだろう。今からでも教育委員会に言えば何かしら処罰(しょばつ)の対処にならないだろうか。


「でも厳しい先生だったから、怒られることなくてよかったかな。怒られても軽く小突(こづ)かれるぐらいだったし」


 軽く小突(こづ)かれるのは、教師と生徒の距離感ではない。断じてない。蒼乃(あおの)は筆を持ったまま(りつ)に迫る。(りつ)の頬に黄色い絵の具がついたが気にしない。


「男の先生って言ってたわよね。完全なるセクハラじゃないの、それは」

「ちょ、(あお)ちゃん落ち着いて。父親と娘くらい(はな)れてるって」

「年齢関係なくダメ。というか若い先生にだけモテているのかと思ったらそんなことないのね」


 (りつ)は筆を置き、両手を軽く上げた。降参ポーズらしい。


(あお)ちゃん、私その先生とは卒業以来一切連絡取ってないよ。もちろん連絡先も交換しておりません。向こうが一方的に気に入ってくれてただけなので……」

「はぁ、そう」


 蒼乃(あおの)はため息をつく。過去のことなので、今更蒼乃(あおの)が何を言っても仕方がない。しかし、むしゃくしゃしたので蒼乃(あおの)(りつ)の顔にさらに絵の具を重ねた。


「なんかムカつくから今日はこのままでいて」

「八つ当たりだぁ」


 そんなこと言いつつ、(りつ)は顔を洗わなかった。真面目な子だ。



  ◆  ◆  ◆



「あれ、二人ともネクタイはどうしたの?」


 昼休み、美術室から教室に戻ると(はるか)から指摘を受けた。


「片付けがバタバタしてたからつけるの忘れてたわ」


 蒼乃(あおの)のポケットにはネクタイが二本ある。名前を書いていないので、どちらが蒼乃(あおの)のものか分からない。


「てゆうかりっちゃんはなんで絵の具を顔につけたまま帰ってきたの」

(ばつ)ゲームなので……」


 蒼乃(あおの)(はるか)と話す(りつ)の胸ぐらを(つか)み、自分に引き寄せる。シャツの(えり)を立て、二本あるうちの一本のネクタイを結んでやった。


「毎朝(あお)ちゃんに結んでもらおうかな」


 そんな発言一つで蒼乃(あおの)の機嫌が全快するわけではないが、その案は採用とする。


「いつまでもいちゃついているのならわたしは先にお昼をいただきますよ」


 机を寄せた日向(ひなた)がお昼ごはんのコンビニ袋を出す。今日は弁当ではないらしい。


「あたしもお昼食べよーっと」


 (はるか)もコンビニ袋をリュックから取り出してきた。(りつ)蒼乃(あおの)に「お昼にしよう」と言う。蒼乃(あおの)は自身のネクタイも結び席に着く。


 いつも通り、蒼乃(あおの)(りつ)とお弁当のおかずを交換する。いつまでも気にしていては大人げないので、蒼乃(あおの)も気持ちをリセットする。顔の絵の具は()いてあげないが、卵焼きを咀嚼(そしゃく)している(りつ)の頭は()でた。


「明日で二月も終わるねー」


 蒼乃(あおの)(りつ)のことは無視され、(はるか)が世間話を始める。


「あっという間ですよね。受験からもう一年ですか」

「受験はりっちゃんと一緒だったね。りっちゃん、面接でガチガチに緊張してた」

「しょうがないじゃん……。人見知りに面接は酷なんだよ……」

「高校の面接なんて、内申点足りていれば余程なことがない限り(はじ)かれないでしょう」

「そんなこと分かってても緊張するのー」


 (りつ)(くちびる)(とが)らせた。昼休みだけど、可愛いのでキスがしたくなる。


「でも(りつ)が無事に受かってくれてよかった。会えてよかった」

「私もだよ。(あお)ちゃん」

「まーた惚気(のろけ)が始まったよ。なんの話題振ってもこれだから嫌になっちゃうよ」


 (はるか)がこれ見よがしに蒼乃(あおの)以上のため息をつく。蒼乃(あおの)はまったく気にせずに(りつ)()き締めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ