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アイザワ夫婦は全校生徒から祝福されている  作者: 妖精卿
アイザワ夫婦はジンクスになる
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87/97

087 -Aono-

 約三百人によるマラソン大会が始まった。女子が走る距離はおよそ三キロなので、三十分も経たないうちに終わる。


 蒼乃(あおの)(りつ)はちょうど団体の中間くらいにいる。蒼乃(あおの)はトップランナーたちに並ぶ体力を持ち合わせているし、(りつ)も平均より速いタイムを保持している。つまり、手を抜いてお(しゃべ)りをしながら走っていた。


「どう? ネックウォーマーは暖かい?」

「絶対マフラーの方があったかい……」

(りつ)は首が細いから」


 蒼乃(あおの)の力でもへし折れそうなほど細い。ユニセックスのものでは大きかったのであろう。


(あお)ちゃんこそ寒くない?」

「意外と平気かも」


 手先は冷たいから、本当は(りつ)と手を(つな)ぎたい。


「走っている間、暇だよね。まぁシャトルランよりはこっちの方が好きなんだけどさ」

「シャトルランは私も嫌い」


 音階が聞こえてくるだけで嫌という人は多いだろう。


「私、シャトルランでも転んだことがあって」

「また?」

「小一の時にね、二十回いくってところで靴が脱げて転んだの。あと一回はいきたかったなぁ」

「今日はちゃんと靴紐結んだ?」

「結んだよ。大丈夫」


 (さわ)やかな笑顔で返されたが信用できなかったので、蒼乃(あおの)(りつ)の足元を見る。今のところは(ほど)ける気配はない。


(りつ)って、四月のシャトルランもいい成績残していたでしょ」

(あお)ちゃんの方が回数上でしょ」

(りつ)にはちゃんと体力つけてもらわないと困るから」


 蒼乃(あおの)の意図を察知した(りつ)の顔が赤くなる。


「できれば私が満足するまで頑張ってほしい」

(あお)ちゃんは何回すれば満足するのさ……」


 小声で言ってくる(りつ)に、蒼乃(あおの)も小声で返す。


「知りたい?」


 (りつ)がぶんぶんと首を横に振る。本日何回目かの可愛いが心の中で()れる。

 せっせと道を走っていく。道が分かれるところには教員が立っていて、進行方向を案内していた。


八重(やえ)ちゃんだー!」


 案内板代わりに立っていた八重樫(やえがし)を見つけ、(りつ)が手を振る。さすがに八重樫(やえがし)が手を振り返すことはなかったけれど、視線は(りつ)に向かっていた。


「アイザワさん、真面目に走りなさい」


 蒼乃(あおの)一瞥(いちべつ)される。もっと速く走れるだろうと言いたいらしい。


「またねー、八重(やえ)ちゃん」


 (りつ)は注意を耳に入れず、八重樫(やえがし)を抜く時に再び手を振る。


(りつ)、ちゃんと前を向いて走って」


 こういう些細(ささい)なところで転ぶのだろうなと蒼乃(あおの)(あき)れた。


「先生も大変だよね。寒いところに立たされて」


 八重樫(やえがし)がダウンジャケットを着ている姿は初めて見た。そもそも教員の学校外の姿を蒼乃(あおの)は知らない。(りつ)は知っているようだけれど。


「私、学校の先生にはなれないなー」

「なれないと言うか、なっちゃダメ」

「え、どうして?」

「こんな可愛い先生がいたら、生徒に手を出されちゃう」

「いやー現実に教師と生徒の関係はないでしょ」


 (りつ)は笑うが、蒼乃(あおの)にとっては笑い話じゃ済まされない。


「でも私の友達にいたなー。中学を卒業する時に、先生に告白している子」

「ほら」

「ほらって……。もちろん振られていたよ」


 それは体面的に振るしかないだろう。でも世の中には子供に手を出す大人もいるから、(りつ)のことは蒼乃(あおの)が守らねばならない。


(あお)ちゃん、そろそろ一周するよ」


 それにしても、グラウンドを走るのは最初と最後だけ。この間応援もできない男子は何をしているのだろう。


(あお)ちゃんは疲れてないよね」

(りつ)は疲れたの?」

「ううん、正直走るより……ね?」

「走るより何?」


 言いたいことは百パーセント伝わっていたが、蒼乃(あおの)は意地悪をする。


「いや……あとで言う」

「あとで聞いたら忘れたとか言うでしょ。今言って」

「…………」


 (りつ)の横顔がだんだんと紅潮していく。耳まで赤くなったところで、(りつ)はあたりを見回した。近くに人がいないことを確認すると、小さな声を出した。


(あお)ちゃんとえっちする時の方が疲れる……」


 録音しておくべきだったと蒼乃(あおの)()いた。


「やっぱりあとでもう一度言って」

「話が違くない?」


 顔が熱くなった(りつ)は、冷えた手先を頬に当てている。蒼乃(あおの)の指もお手伝いする。


「ひゃっ!? (あお)ちゃん、いきなりはやめて」

「びっくりする(りつ)が見たいんだもの」

「今度は私が(あお)ちゃんをびっくりさせるからね」


 周りが少し疲れてきているところで、仲良く騒いでいると「アイザワさん、真面目に走りなさい」と一周目と同じ注意を受ける。八重樫(やえがし)だった。


八重(やえ)ちゃん、一位通過誰だった?」

「先頭集団に小谷瀬(こやせ)さんがいましたよ」


 (りつ)の問いに的確に答える八重樫(やえがし)。受け持ちの生徒の交友関係くらいは頭に入れているのだろう。


「はるちゃんはすごいねー。陸上部の人についていってるんだ」

「このままだと私が肩揉みする流れね」

「そうなったら(あお)ちゃんの肩揉みを私がしてあげるから」

「……(りつ)にされるより(りつ)にしたい」

「マッサージの話だよね?」


 蒼乃(あおの)(りつ)も体力は余っていたので、少しペースを上げる。グラウンドが見えてきた。あの四百メートルトラックを回り終えればゴールだ。


「これでマラソンの授業が終わるねー」

「私からしたら(りつ)とずっと話せる時間だから結果的によかったわ」


 ゴールテープはないが、ラインを越えたところで紙をもらった。今回の順位らしい。最後の方頑張ったからか、蒼乃(あおの)たちは二桁に収まっていた。


「終わったー終わったー」


 着いた順で着替えていいそうだったので、蒼乃(あおの)(りつ)と一緒に一度スタンドに戻る。


「やっほー! お疲れ!」


 一足先に(はるか)が着替えていた。


「はるちゃん、どうだった?」

「じゃーん!」


 (はるか)が『1』と書かれた紙を見せる。蒼乃(あおの)(りつ)は拍手を送る。(りつ)(はるか)とハイタッチをした。このくらいは蒼乃(あおの)も目を(つむ)る。


「風邪引いちゃうから二人とも着替えておいで」


 荷物を持って更衣室に行く。来た時よりも混雑していた。蒼乃(あおの)は少しでも人のいないところに(りつ)を詰めさせ、(りつ)の壁になるようにして着替えた。


(りつ)、また(かみ)がボサボサになってる」

「えー直して、(あお)ちゃん」

「上に行ったら直してあげるから」


 蒼乃(あおの)は着替え終わった(りつ)を更衣室から連れ出す。そこで更衣室の横に通路があるのを発見した。この先に部屋があるらしいが、今は人の出入りがない。


(りつ)


 (りつ)の名前を呼び、蒼乃(あおの)は通路の中に彼女を引き込んだ。


(あお)ちゃん、ここ入っていいの?」

「立入禁止とは書いてなかったでしょう」


 壁に(りつ)を追い込む。(ちまた)で言う壁ドンというやつだ。


「まだ体力余っているのでしょう」

「いや……ここじゃ周りに聞こえちゃうよ?」


 確かにすぐそこに更衣室があって絶えずに人が出入りをしている。なんなら出る方向を間違えた人に見つかるかもしれない。


「聞こえちゃうなら、声を(おさ)えて」


 (りつ)(あご)に指を()わせ、上向きに修整する。そして、蒼乃(あおの)は口づけをした。


 それから蒼乃(あおの)はスマホを取り出す。


「さっきの疲れるって話、もう一度言って」

「嫌だよ……」

「どうして?」

「恥ずかしいから……」

「でも言って。お願い」


 スマホの録音ボタンを押すとピッと高い音がした。蒼乃(あおの)は無言で(りつ)に圧力をかける。


「……(あお)ちゃんと……ぇ、えっちする方が、疲れる」


 蒼乃(あおの)の声が入る前に停止ボタンを押した。


(りつ)、ありがとう」


 震える(くちびる)蒼乃(あおの)(ふさ)ぐ。録音したデータは寝る前に百回再生しようと思う。


 男子の走りなんて興味がない。もう終わるまでずっとこのままでいたい。(くちびる)をあわせては(はな)し、また求めあうようにあわせる。


 (りつ)の目に涙が()まってくる。その姿が愛おしくてたまらない。


「昨日あんなにしたのに(りつ)が欲しくてたまらないの」

「……私も、(あお)ちゃんが欲しい」


 そんなことを言われてしまっては、あげるしかないと思い、蒼乃(あおの)は口から愛情を注ぎ込む。

 (りつ)の手を両方とも絡み取り、壁に押しつける。


 廊下からは少女たちの穏やかな声が響いてくる。目を開けていた蒼乃(あおの)は視界の片隅(かたすみ)で見えたのだが、二人組の女子生徒が気配を感じ取ったのか、迷ったのか、通路を(のぞ)き込んできた。すぐに空気を読んでいなくなってくれた。


 他人に見られていたことなど知らない(りつ)は、たまに目を開けては()ずかしそうに目を閉じるのを繰り返していた。


(りつ)、好き」


 走っている時よりも(りつ)の息が乱れてきていることに、蒼乃(あおの)は満足感を得ていた。


 しかし、だんだんと喧騒(けんそう)が落ち着いてきた。後ろを走っていた組もゴールしたに違いない。蒼乃(あおの)はこのままここに留まるか、スタンド席に戻るべきか考える。


 目の前の(りつ)を見た。……このまま続けたら集団に戻るのは難しいかもしれない。名残惜(なごりお)しいが、蒼乃(あおの)(りつ)から(はな)れる。


(りつ)、大丈夫?」

「へーき」


 (りつ)がもたれかかるように()きついてくる。蒼乃(あおの)も細い腰に腕を回す。


(はるか)のところへ戻りましょうか」


 スマホを見ると(はるか)から『なにしてんの?』とメッセージが着ていた。たかが制服に着替えるだけなのに戻ってこなかったら心配もするだろう。


(あお)ちゃん」

「何?」

「あと一回だけキスしたい」


 意味が分からないくらいに彼女が可愛い。蒼乃(あおの)は要望通りに一回、(りつ)に長めのキスをしてからスタンド席に戻った。

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