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アイザワ夫婦は全校生徒から祝福されている  作者: 妖精卿
アイザワ夫婦はジンクスになる
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86/97

086 -Aono-

 この駅にはさざんかさっちゃんと呼ばれる像があり、待ち合わせ場所として使われている。今日は同じ制服を着た人で(にぎ)わっていた。


 蒼乃(あおの)はいつも通り指定時間より早く到着し、(りつ)を待っていた。今日はマラソン大会が運動公園で行われる。そこに行くためのバスがこの駅から出ていた。


「おはよう、(あお)ちゃん……」

「おはよう、(りつ)


 (りつ)の言葉に覇気(はき)がなかったのは、(りつ)(となり)にいる彼女のせいだろう。


「おはよう!」


 蒼乃(あおの)(りつ)としか待ち合わせをしていなかったのに、なぜかそこには(はるか)がいた。(りつ)の言い訳を聞いたら、駅に行くまでに鉢合わせたそう。同じ場所に行くのだから、別れるわけにもいかなかったらしい。


 誰も悪くないことは蒼乃(あおの)も分かっていたので、不機嫌な態度は取らないように(つと)める。


「よかったー、バスいっぱいあって分かんないからさ、蒼乃(あおの)がいれば安心だわ」


 蒼乃(あおの)は現在時刻を確認してから、二人をバス停に案内する。(はるか)がついてくるのは勝手だが、バスの座席は(りつ)と二人で座らせてもらう。


「昨日池袋行ってきたんでしょ? どうだった? 水族館は」


 (はるか)蒼乃(あおの)たちの後ろの座席に座り、写真を見せてとせがむ。蒼乃(あおの)は、(りつ)とのツーショット写真をこれ見よがしに見せた。


「こうゆう時はペンギンがメインの写真見せるでしょ。いらないんですよ、惚気(のろけ)は」


 デートの話を聞いておいて、惚気(のろけ)がいらないとは横暴だ。


「ペンギンを見たいなら、(はるか)も水族館に行けばいいじゃない」

「お一人水族館はちょっとハードル高いなぁ。りっちゃんを連れて行っていいなら行くけど」

「いいわけないでしょう」


 (りつ)の方に伸ばされてきた腕を払う。(はるか)は悪びれる様子もなく笑った。


「ところで貴方、日向(ひなた)はどうしたの? 一緒に来るのかと思っていたんだけれど」

日向(ひなた)はねー、お腹痛いから休むって。多分サボりだね」

「ストレス性かもよ」


 (りつ)日向(ひなた)(かば)うように苦笑いをした。大勢の前で長距離走らされるのだから、足が速くても気分が上がる行事ではない。


「はるちゃんは優勝目指すの?」


 体育の時間、五組と六組の合同クラスでは(はるか)はいつも先頭だったと聞く。


「あたしが優勝したらなんかくれる?」

「えーなにが欲しいの?」


 蒼乃(あおの)は後ろを向く彼女の手を(にぎ)る。


「りっちゃんからハグでもしてもらおうかな」

「痛い痛い痛い! (あお)ちゃん! 私はまだオーケーなんて言ってないから、手に力込めるのやめて」


 力は弱めたが、しっかりと手は(つな)いだままにする。蒼乃(あおの)は笑顔を(はるか)の方に向ける。


(りつ)の代わりに私がハグしてあげる」

肋骨(ろっこつ)折られそう。蒼乃(あおの)にしてもらうなら、そうだなぁ。肩揉みでもしてもらおうかな」

「任せて。肩甲骨(けんこうこつ)()がしてあげる」

「なんだか優勝しなくていい気がしてきた」


 バスはいつの間にか出発していて、細い道路を器用に進んでいた。乗車時間は十分ほどの予定で、車内は高校生ばかり。


(あお)ちゃんも速く走りたいなら先行っていいからね」

「やだ。私は(りつ)と走るから」


 蒼乃(あおの)がいなくなった結果、(だれ)かが(りつ)と並走したがるかもしれない。順位で大きく成績が変わることもないだろうし、気楽に(りつ)とお(しゃべ)りをしながら走りたい。


 後ろを向こうとする(りつ)妨害(ぼうがい)するように、蒼乃(あおの)(りつ)に寄りかかる。(りつ)が反発してこないので、彼女の頭が窓ガラスにぶつかる。


「なにしてんの、君らは」


 後方から(あき)れ声が聞こえてきたが無視する。アナウンスの声だけは注意深く聞き、「次は運動公園前」と聞こえたタイミングで(りつ)をつついた。(りつ)は体を起こすと、窓枠についている停車ボタンを押した。


「押し慣れてるけど、やっぱり押せると嬉しいね」


 小学生みたいなことを言う。可愛い。


 明らかに迷惑客だった高校生たちがぞろぞろとバスを下りる。もうすぐ三月だが、今日の予報は曇りで、最高気温も二桁に届かない。蒼乃(あおの)(りつ)もマフラーを手放せないでいるが、これからジャージに着替えないといけない。


 さすがに派手な色のジャージで駅前を歩きたくないが、着替えるのは着替えるので面倒くさい。


 更衣室で着替え、荷物はスタンド席まで持っていくように言われた。初めの頃は(りつ)が着替える時見ないように心がけていたが、今となっては今更な話で、普通に見る。逆に(りつ)()ずかしがる素振りを見せるようになった。


「ちょっとさ、二人とも……昨日池袋に行ってきたんじゃないの」


 ジャージに着替えた時、(はるか)の目が蒼乃(あおの)(りつ)の首に向けられた。昨日の今日なので(あと)ははっきりと残っていた。


「そんなじろじろ見ないでよ、はるちゃん……」

「見られたくないなら見えないところにつけてもらいなよ」


 開始時刻までまだ時間があったので、蒼乃(あおの)たちはジャージの上にコートを羽織り、マフラーで首元を隠してスタンドに上がる。当たり前だがグラウンドがよく見える。


 手前側のスタンドは女子、奥側が男子になっているがそれ以上の区切りはない。当然、二年生の名前も知らない先輩も近くにいる。


「アイザワ夫婦だ。やっぱり仲良いんだね」


 寒さに震える(りつ)の両手を(にぎ)っていると、着替え終えてきた先輩が通りがかりに声をかけてくる。


「ねぇ、二人の写真撮ってもいい?」


 人見知りを発症させている(りつ)は使い物にならないので、蒼乃(あおの)が応対する。


「写真ですか。どうしてですか?」

「他の学年は知らないけど、二年の間では二人の写真を持ってると好きな人と結ばれるってジンクスがあるんだよ」


 聞いたことなかった。それにジンクスってことは、すでに写真は流出した後らしい。


「……(りつ)の顔が見えない写真ならいいですよ」


 蒼乃(あおの)は一度(りつ)から手を(はな)し、頭を(おお)うように()き締めて言った。「どうぞ」と。


「ありがと! お礼にこれあげる」


 (りつ)を解放し、蒼乃(あおの)は先輩から差し出されたものを受け取る。小袋に入った羊羹(ようかん)を二つもらった。


「あんたまたそんな(しぶ)いの持ってきたの」

羊羹(ようかん)はエネルギー効率がいいんだよ」


 先輩たちが移動して行った。蒼乃(あおの)羊羹(ようかん)を二つとも(りつ)の手に(にぎ)らせる。


(あお)ちゃんは食べないの?」

「走ったら(りつ)がお腹空くでしょ」

「じゃあ今は一個を半分こしようよ」


 (はるか)には悪いが、目の前で羊羹(ようかん)を仲良く食べさせてもらう。(りつ)が半分先に(かじ)り、残ったのを蒼乃(あおの)が食べた。(はるか)に残った一個をせがまれ、(りつ)蒼乃(あおの)の顔色を(うかが)う。


「あげたら」


 蒼乃(あおの)のオーケーが出ると、(はるか)が「サンキュー」と言いながら羊羹(ようかん)を一つ丸々食べた。


「はるちゃん、朝ごはん食べてないの?」

「食べたら走る時辛いかなと思って。さすがにお腹空いちゃったから助かったよー」


 確かに蒼乃(あおの)も朝食をほとんど食べていなかった。(りつ)のように腹いっぱい食べてきている人の方が少ないだろう。


「あーさむ。早く着替えたい」


 寒いと言っているが、蒼乃(あおの)(りつ)はこっそりとジャージの上着の下にカーディガンを着込んでいた。バレたら怒られる。


「はるちゃん、なんで短パンなの……?」

「長ジャー好きじゃなくて」


 (はるか)の脚は筋肉がついていて、美脚だった。ただし、制服姿で見慣れているので蒼乃(あおの)はなんとも思わない。


 時間がきて、女子生徒はグラウンドに集まるように言われる。


 (りつ)のマフラーの代わりに三百円で買ったネックウォーマーをつけさせる。被っただけで(かみ)がぐしゃぐしゃになった。手で()かすものの、静電気であまり効果がない。


「行きましょう」


 蒼乃(あおの)(りつ)の手を取り、寒々しいグラウンドへと向かう。身を寄せ合って歩いていると、男子の体育を担当している教師に呼び止められる。


「アイザワ」


 どちらを呼んだのか分からなかったので、二人で足を止めて声の主を見る。


「危ないから走る時は手を(つな)ぐんじゃないぞ」

「分かってますー」


 (りつ)が適当な返事をする。確かに危ないが、その程度の注意で終わったことに驚いた。蒼乃(あおの)に本気でやれと怒るのかと思った。


「走るまでは(つな)いでていいんだよね」


 蒼乃(あおの)の腕に(りつ)がしがみついてくる。今からでも見学に回って(りつ)と肩を寄せ合いたいと強く思った。

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