085 -Aono-
大都会まで出てきて、蒼乃は今芝生の上に寝転んでいた。もちろん横には律もいる。ドーナツをほどほどに食べてやってきた先は展望台だった。
なんと展望台には芝生スペースがあって寝転ぶことも可能。律が真っ先に飛び込んで行ったので、蒼乃も横に並んだ。
「お腹いっぱいだったからちょうどいいね」
「寝ないでね」
「さすがに寝ないよ」
平日のど真ん中であっても、人がいないわけではない。しかし、知らない人が寝転がっている真横に来る変人はいなかったので、実質二人きりみたいなものだ。
蒼乃が律の頭を軽く撫でると、律が腕の中に収まるように寄ってきた。せっかくなので腕枕なるものをしてみる。
「やっぱり寝るかもしれない」
「起きてて」
空いている手で律の頬を引っ張る。
「だって蒼ちゃんの腕の中って安心するんだもの」
こんな嬉しいことを言ってくれるが、もしこれが個室だったとしたら蒼乃は律を襲っている。
「毎日一時間でいいから、蒼ちゃんとこうしてゆっくりしたいなー」
律の顔が蒼乃の首筋にぐりぐり押し当てられる。乱れた髪が鼻をくすぐる。蒼乃は一生懸命理性に仕事をさせる。
「まぁ、放課後もくっついて一緒にいるけどね」
「春休み毎日会えないの辛い」
「毎日は難しいかもしれないけど、ちょっとでも会おうよ。勉強も見てもらいたいし」
「私はいつでも空けておくから」
「私も大体は空いてるはず。なんだ、毎日会えるね」
帰ったら、春休みのスケジュールに『律』と書き込もうと思う。
「春休みもまだ一ヶ月先だけどねー。その前にテストもあるしなぁ。テストの前日に卒業式があるんだっけ」
蒼乃は卒業式というワードに反応する。
「律、卒業式の日は私から片時も離れちゃダメよ」
「いつも隣にいると思うけど……。どうして?」
「卒業式に告白なんてテッパンじゃない」
後腐れがないということで、告白に走る輩はいるだろう。律に近づけたくない。
「三年生なんて面識ないよ?」
「律は有名人だから」
「私が有名なんじゃなくて、私たちが有名なんでしょ」
微かにモテる自覚が出てきた律だが、まだ足りない。絶対三年生の中にも、律の写真をこっそり手に入れて、こっそり眺めている輩がいるはずだ。
ちなみに蒼乃は堂々と手に入れた律の写真を、他人に見られないようこっそりと毎日眺めている。
「ともかく律は離れちゃダメ。俺の第二ボタンをもらってくださいとか言われてももらっちゃダメだから」
「ボタンってくださいって言うもので、与えられるものじゃなくない?」
女子も学ランだったら、卒業時に蒼乃が全てのボタンをもらうのにと思う。女子のブレザーについているボタンはちゃっちいプラスチック製のものなので、あまりもらっても嬉しくない。というか、ボタンをもらうくらいなら律が身に着けていた制服を全てもらいたい。
いや、しかし、蒼乃は考える。大学生になって自由の幅が増えた時、制服プレイをしたくなるかもしれない。それまでは律に大切に保管してもらうべきだ。
「律、卒業しても制服捨てないでね」
「そんな二年後の話をされましても。しばらくは捨てないと思うよ……」
開放的な空間にいることも忘れて、蒼乃は仰向けから律の方に向き直り、彼女の体に腕を回す。
「律、好き」
「私も好きだよ」
このまま組み伏せてしまいたい。僅かに残る理性で気持ちを押し留める。
「律の髪、ぐちゃぐちゃになっちゃったわね」
「わ、ほんとだ。ごめんね」
「起きたらまた結び直してあげる」
律がすぐに起き上がろうとしたので、腕を掴んで止めて抱き締め直す。
「まだ。もう少しこうしていたい」
「蒼ちゃんこそ寝ないでよー」
気持ちだけは盛り上がっているので、今の蒼乃は睡眠薬を飲んでも眠れないだろう。全ては律が可愛いせいだった。
キスくらい、毎度のデートでしたい。ただ、キスをする場所がない。毎度キスのためにカラオケに行くのも難しいし、基本どこに行っても人通りがある。都会の弊害だった。
蒼乃はやり場のない想いを律にぶつけるように、彼女を強く抱き締める。
「ねぇ、蒼ちゃん。この後はどこに行く予定なの?」
「普段来ないところだからウィンドウショッピングでもしようかと考えていたけれど、律、どっか行きたいところあるの?」
「あー、えーっとねー」
蒼乃の腕の中で律がもぞもぞと動く。心なしか耳が赤い。
「せっかく池袋まで来たのにって話なんだけど」
律の視線が蒼乃を捉えたと思ったら離れていく。それを三回ほど繰り返して、律はゆっくり口を開いた。
「カラオケとか行きたいなぁって」
まさか律が同じ気持ちでいてくれたとは思わなかったので、蒼乃の心臓が激しく動く。
「行く!」
勢いよく上半身を起こしてしまったので、腕の中にいた律の頭が芝生の上に落ちる。
「ごめん、大丈夫?」
「大丈夫だいじょーぶ」
律も上半身を起こし、ぐしゃぐしゃになった髪の毛を解く。
「またすぐぐしゃーっとなりそうだけど、一応結んで」
ヘアゴムを受け取り、律の髪を軽く梳かす。律が言った通り、また結び直すはめになると思ったのでちょっと適当になった。
◆ ◆ ◆
都会のカラオケも、地元のカラオケも大きな違いはなくドリンクを持って部屋に入れば自由の身だった。途中で脱がせるのも面倒くさかったので、蒼乃は最初に律に靴を脱がせ、自分の脚の間に座らせる。
栗色の髪をかき分けて、痕をつけない程度に律の後ろ首に噛み付く。
「蒼ちゃんってば手が早いというか、口が早いな……」
律の体に回していた腕が撫でられる。
「そんな急がなくても私は逃げないよー」
「部屋の時間は限られているから」
「確かにそう」
後ろから抱きついて頬と頬をくっつけながら、お互いの体温を測る。律の香りがして脳が揺れるような感覚に陥る。
「律、こっち向いて」
蒼乃がお願いをすると、律はソファの上に膝を立ててこちらに向き直る。どう座ればいいのか迷っているようで、膝立ちのまま動かない。
「律、そのまま座って。そこに」
言われるがままに動く素直さが可愛い。
蒼乃は体育座りをした律を押し倒した。ソファは狭いけれど、その上に覆い被さる。
「律から誘ってくれて嬉しい」
律の頬は先程よりも温度が上がっていた。
「律」
蒼乃の気の所為かもしれないが、律は名前を呼ぶたびに体温を上げている気がする。試しに名前だけ繰り返してみたら、ついに顔が赤くなった。面白い。
「なんでそんなに呼ぶの?」
「律のことが好きだから」
耳元で囁くと可愛い声が聞けた。
「律、最初はどこにキスしてほしい?」
「もう首に噛みついたくせに……」
「文句を言うなら全身にキスするけれど」
「ちょ、ちょっと待って。今考えるから」
考えるほどのことでもないが、律が悩んだ結果何と言うのか楽しみなので、蒼乃は返事を待つ。
「……最初はやっぱり、口がいいな……」
律が視線を逸らすので、手で強制的に蒼乃の方を向かせて唇を奪う。秋に比べれば最近は蒼乃にもゆとりが出てきたため、キスをしている間、蒼乃は目を開けることも多くなった。精一杯な顔をしている律の表情は、蒼乃の感情をどんどん燃やす。
「律、可愛い……」
一生懸命に蒼乃の名前を呼ぼうとしては、キスに溺れていく律。呼吸ができなくなるくらいまで追い込みたい。蒼乃のことだけを見てほしい。
息が絶え絶えになったところで、蒼乃は律から少し顔を上げる。律は肩で息をしていた。
数秒前まで蒼乃の口が触れていた輪郭を、蒼乃は人差し指でなぞってみた。リップは塗っていたかもしれないが、形跡はもうない。
「っ!?」
指先に何かがあたり、蒼乃は驚く。いや、指先の感覚に驚いたというより、律が舌を出してきて蒼乃の指を舐めたという行為に驚いた。
「蒼ちゃん、指先貸して?」
律の手が伸びてきて蒼乃の右手を掴む。そして、蒼乃の人差し指を律が咥えた。柔らかい舌が指の上を這う。背中の方からぞわぞわといけないものが這い上がってくる感覚を覚える。
「律、こんなことどこで覚えてくるの?」
我慢できなくて、蒼乃は律が先導していた指を勝手に動かす。一本では足りなかったので、中指も足して口内を嬲る。
溢れそうになった唾液を吸おうとしたのか、ついでに蒼乃の指も吸われる。理性が持っていかれそうだ。
「ちゃんと舐めててね?」
左手で律の頭を撫でてから、蒼乃も頭を下げる。蒼乃の舌は律の耳に這わせた。
「んんっ!?」
呻き声と喘ぎ声の混ざった声だった。
「律、舌動かすの止まってる」
蒼乃が指摘をすると、律は涙目になりながら舌で蒼乃の指を撫でた。
「律、上手。でもこんなことどこで覚えたのか、あとでちゃんと教えてね」
彼女がエッチなのは嬉しいことであるが、情報源は気になる。遥に聞いたとか言われた日には狂ってしまうかもしれない。
律の耳は、多分平均より薄いと思う。比較対象は蒼乃の耳だが、律の方がピアスが開けやすそうだ。薄いから、感じやすいのだろうか。
あまり彼女を感じさせて、明日筋肉痛になってしまうとマラソン大会がきついかもしれない。でも、今の蒼乃にはあまり気遣いをする余裕がない。
律の名前を呼びながら、ひたすら耳を舐めたり吸ったり噛んだりする。
「律、ありがとう」
指を抜いて、もう一度彼女にキスをする。散々舌を動かして疲弊したのか、彼女の舌の動きは鈍くなっていたので無視して口内を撫でることにした。前歯の上あたりを撫でた時の反応が一番いい。
「蒼ちゃん……ちょっと休憩……」
「律は休憩しててどうぞ」
次に蒼乃は律の首筋を舐めた。律の反応から、すごく感じてくれているのが分かる。こんなところで中断したくない。
律の白い肌を見ると、どうしても痕をつけたくなる。明日は三年生を除く生徒が一堂に集まる。見せつけたい。
結果的に、我慢できなくて二箇所痕をつけた。二箇所目の時はすごく背中を叩かれた。
「蒼ちゃんはまったく!」
怒っているようで怒っていない。律はとても優しい。
「なんなら律も痕をつけてみる?」
律がフリーズした。その考えはなかったようで、脳内で真剣にどうするべきか悩んでいるみたいだ。
「……つけていいの?」
「いいわよ」
母親に言われたら、適当な嘘をつこう。それ以外はバレていい。
律の口元に首がくるように、蒼乃は律の上で動いた。思っていたより弱い力でキスをされる。
「律、それじゃ痕つかないわ」
吸う力が強くなった。たまにはつけられる側もいいかもしれない。
「ついた……」
「ありがとう」
「ありがとうはなんか違くない?」
蒼乃は元の位置に戻り、また律に口づけをする。何度求めても終わりが見えなくて怖い。
首元の痕を撫でる。クリスマスにプレゼントしたネックレスも見えた。律はお願いした通り、毎日つけてきている。きっと家にいる間もしてくれているだろう。
「律、愛してる」
たくさんたくさんキスをしよう。時間を確認するのももったいない。電話がかかってくるまで、彼女を限界まで愛したい。




