084 -Ritsu-
エスカレーターを上がって、エレベーターでぐんと上がって、屋上にある水族館に着いた。平面上は駅からそんなに距離はないはずなのに、やたらと移動した気がする。
「今日も晴れてよかったね。私たちは晴れ女かもしれない」
律は晴れ女の自覚があった。行事で雨が降った覚えはないし、ここぞという時は晴れる。
「雨が降ったら降ったであいあい傘ができるわよ」
「梅雨の時期はあいあい傘でデートだね。大きめの傘を買っておいた方がいいかな」
コンビニでも大きなサイズのビニール傘が売ってた気がする。
「蒼ちゃんって、『恋人といる時の雪って特別な気分に浸れて僕は好きです』っていうネタ知ってる?」
「知らない。何それ」
「雪の日にカップルが街頭インタビューで答えたやつ。ネットでわりと毎年話題になってるみたいで」
律はぼんやりとあれもあいあい傘だったなと思い出していた。
「街頭インタビューで、律を彼女だって自慢すればいいってこと?」
「違うけどそうゆうことでいいや」
蒼乃の腕をしっかりと抱き込み、やっと視線を水族館に向ける。せっかく電車賃をかけて来たのだから、少しくらいは堪能しないといけない。
順路的には屋内から回っていくらしい。
「水族館って感じだ」
なにを言ってるのかという感じだが、久しぶりに水族館に来たので水槽と中にいる魚に圧倒されてしまう。
「蒼ちゃん、カニがいるよ。茹でたら食べられるかな」
「律は水族館の魚を美味しそうって思うタイプなのね」
「さすがに熱帯魚を食べたいとは思わないよ?」
蒼乃は小さく笑って律の頭を撫でてきた。
「見て。クラゲよ。これもさすがに美味しそうとは思わないでしょ」
「さては私のことをバカにしているな?」
「まさか。可愛いって思っているだけよ」
しかし、クラゲの空間はなんだか神秘的でデートの雰囲気を盛り上げてくれる。蒼乃にしがみつく律も、さらに密着を図った。
「くっついてくれるのはすごく嬉しいんだけれど、階段で転ばないでね」
二階に上がる。ここでも魚を見たり、魚の解説を見たりしていると、突如両生類が現れて、律は小さく声を出した。
「なんで水族館なのに……」
「両生類だから、水辺にいるでしょ」
蒼乃はカエルたちを見ても平気らしい。律はちょっと苦手だった。
「苦手ならこっちの……」
蒼乃が反対側の展示に目を向けて「あぁ」と小さく言った。爬虫類だった。「ひぃ」と律の口から悲鳴が溢れる。
「私が目を塞いでてあげる」
律の目が蒼乃によって塞がれる。水族館でよく分からないプレイが始まった。
「はい、前に歩いて。危ないからゆっくりね」
わざわざお金を払ってまでしてこんなことをしている人、他にいない。
「アザラシは平気?」
「へーきだね」
視界が明るくなる。目の前にはどこか呆れた顔にも見えるアザラシがいた。
「一部の地域ではアザラシも食用にするらしいわよ」
「えっ、そうなの? なんか……生臭そうだね」
アザラシも面と向かってこんな会話をされるのは嫌だったのか、水槽の奥に引っ込んでしまう。
目を塞ぐために一度離してしまった指を絡ませ直す。アザラシにさよならをして順路を進んでいく。
「おみやげ屋さんだ。なんか見る?」
「うーん。私は買う予定がないからいい。律が見たいなら見る」
「冷やかしに少しだけ見てみよう」
看板動物のペンギンのぬいぐるみが山積みになっていた。一つ手に取ってみる。
「欲しいの?」
「いや……寝る時さ、抱くものあったらいいなと思って」
「子供みたいね」
「そうじゃなくて……」
律は声を小さくして喋る。
「クリスマスの時に蒼ちゃんと寝てから……なんか寝る時寂しくって」
蒼乃が一瞬固まったと思ったら、大きく息を吸って吐いていた。
「今すぐにでも律をお持ち帰りして、ずっと一緒にいたい」
「声大きい……」
「一緒に住むようになったら毎晩一緒に寝ましょうね」
眠れなさそうだなと思った。
大人しくペンギンのぬいぐるみは元あった場所に戻す。
蒼乃は律の手を握るのをやめ、腰に腕を回してひきつけてくる。律たちが大学生であれば、ホテルにまっしぐらな雰囲気だった。
ショップの冷やかしを終え、行きとは違う階段で一階に戻る。最後は屋外エリアだった。
「見て見て蒼ちゃん、ペンギンが泳いでる」
頭上の水槽の中をペンギンが回遊している。
「可愛いねー」
「うん、可愛い」
「いや……私じゃなくてペンギンね」
律の方ばかりを見る蒼乃に頭上を見るように言う。蒼乃は水槽を一瞥すると、すぐに視線を律に戻した。
「可愛い」
「もう。せっかく来たんだから、もう少しペンギンを見てあげようよ」
ここのペンギンは見られることが仕事なのだから。
「律って哺乳類は好きなの?」
「嫌いじゃないけど。猫は好きだし。でも、ペンギンとかカワウソとかを触りたいとは思わないかなぁ」
ぬめぬめしそうでちょっと気が引ける。そもそも猫だって味噌汁をかまうだけで、他の野良猫を触ったりしない。犬も未だに怖くて触れない。
「私が触るのは蒼ちゃんだけかなぁ」
「そんなこと言ったら私だって律しか触らないわよ」
周りにいるのがカップルばかりだからか、蒼乃は遠慮せずに律の頬を撫でる。
「ちょっと蒼ちゃん……」
「大丈夫。あそこにいるカップルはさっきキスしてたから」
「比較対象が大丈夫じゃない」
頬を触るだけでは物足りなかったのか、腰に巻かれる腕が二本に増えた。
「蒼ちゃんてば。見られちゃうよ」
「ペンギンしかいないわ」
「人間もちゃんといるよー」
「それなら見せつけるからいい」
都会に来ても蒼乃はブレなかった。律は少し迷ってから、蒼乃を抱き返す。昼間から、空が開けた水族館で熱々であった。
「ずっと律を抱き締めていたい」
「移動ができないねぇ」
「それならお姫様抱っこはどう?」
「どうと言われましても。途中で腕が死ぬと思うよ」
蒼乃には諦めてもらい、再び手を繋ぎ直した。
「蒼ちゃん、水族館でなにか思い出に残った?」
「律を抱きたいって気持ちしかない」
「せっかく来たのにー」
ということで、せっかくなのでペンギンを背景にツーショットを撮る。もったいない気がしたので、律はペンギンだけの写真も撮っておいた。
「律、お昼はなにか食べたいものある?」
蒼乃が公式サイトのグルメページを見せてくる。ジャンルやお値段でお店を探せるらしい。
「蒼ちゃんは食べたいものないの?」
「律」
即答過ぎて律も反応に困る。
「私も食べられるものがいいな……」
律は蒼乃のスマホを操作する。ペンギンを前にして、ペンギンは蚊帳の外だった。
「ドーナツ美味しそう。お昼に重たい?」
「私は大丈夫。じゃ、ここにしましょ」
行き先が決定したので、ペンギンとは呆気なくおさらばとなった。




