083 -Aono-
蒼乃は二日連続で律と遊ぶ。昨日は遥と日向を含めての四人で、今日は二人きり。
電車に揺られながら目的地を目指していた。
「今日も律は可愛い」
「なーに急に」
「昨日あまり言えなかったから」
さすがに友達の前なので、あれでも蒼乃は遠慮していた。本当は好きも可愛いも思った時に口にしたい。
「昔の律もすーごい可愛かったわ。十年早く出会いたかった……」
「蒼ちゃんにはこれからをあげるから」
ずるいことを言う。ただでさえデートで浮かれているというのに。
「ねぇ、律。もうすぐ半年記念じゃない」
「そうだね。でもがっつりテスト前だねー」
テストの三日前なので、蒼乃はともかく律に遊んでいる時間はない。
「あ、そうだ」
律が思い出したというように声を出して、黙ってしまった。うっすらと耳が赤い。蒼乃は楽しみに律の言葉を待つ。
「学年末テストの最終日、空いてる?」
「特に予定はないわよ」
テストは午前中で終わる。その後の予定はないというか、律と過ごすつもりで半年記念の話を振った。
「母さんもお姉ちゃんもパートとアルバイトで家にいないんだけど……うち来る?」
随分と控えめな言い方だったけど、この上ない魅力的なお誘いだった。
「行く。絶対行く。でもホワイトデーもデートしたい」
「ホワイトデーはどっか行こうね。どこがいいかなぁ。春休みもあるし、近場でいいかね?」
「そうね。せっかくだし夕食を食べに行かない?」
「お、いいね。私はハンバーグが食べたいな」
相変わらずハンバーグへの愛が絶えない。そんな微笑ましいところも好きだ。
蒼乃はスマホを取り出し、地図上でハンバーグが食べれるお店を検索してみる。思いのほかヒットした。
「律、ここ星五つの評価ですって」
「どこどこ」
律が蒼乃のスマホを覗き込み、地図を縮小させて店の位置を確認する。
「大神宮の近くだね」
「ちょっと歩くけど、どう?」
スマホを律に渡す。律はユーザーから投稿された料理の写真を一つ一つ眺めては「美味しそう」と溢している。
「ここ行ってみようよ、蒼ちゃん」
「貸して」
蒼乃は予約サイトに飛ぶ。善は急げだ。
「六時でいい?」
「いいよ」
レビューに座席数が少ないと書いてあったので、即刻予約を済ませた。一応お店の情報を律のスマホにも送って、一仕事完了だった。
「いつも予約してくれてありがとうね」
律が体を蒼乃に預けてくる。予約サイトを使っただけなので感謝されるほどのことでもないが、くっついてくれるならいくらでもやる。
「蒼ちゃんといろんなところに行けて私は嬉しいよ」
「私も嬉しい。近いところは高校生のうちに行って、大学生になったら遠くに行きましょう」
「旅行かー。温泉とか行きたいね。……いや、でもちょっと恥ずかしいかな」
「温泉に行くなら貸し切りじゃないとダメ。絶対ダメ」
蒼乃は語尾を強くして言う。律の裸を得体のしれないやつらに見せられない。
「律って……夏に家族旅行で温泉に行ってなかった?」
「行ったけど……」
「今年も旅行に行ったりする?」
「毎年家族で行ってるよ」
律は蒼乃が何を言おうとしているのか感じ取ったらしく、蒼乃の手を強く握りながら先に言う。
「今年は行っても大浴場には入らないよ」
「そうして」
「でも浴衣を着たら蒼ちゃんに写真送ってあげるからね」
話しているうちに目的の駅に到着した。今日の舞台は池袋だ。
◆ ◆ ◆
改札を出る前に、蒼乃は律の手を引いてトイレに入る。個室に用はない。パウダールームに用があった。鏡の前に律を立たせる。
「な、なに?」
蒼乃はカバンからクシとヘアゴムを取り出す。
「律の髪を触っていいのは、私だけなの」
昨日は律の可愛さに免じて流していたが、家に帰っても流しきれていないことに気づいた。ずっともやもやしていたので、記憶を上書きすることにした。
「いい、律。遥でもね、私は嫉妬するの」
鏡越しの律に重い気持ちを伝える。律はその重さに負けず、真面目な顔で「ごめんね」と謝ってきた。
「分かってはいるのだけれど。貴方と遥が長年の親友だってことは」
「うん」
「だから嫉妬したら律に当たる」
「えぇ。ほどほどでお願いします?」
髪を結うのにあまり時間はかけたくなかったので、緩いお団子のハーフアップにした。ハーフアップにしたのは遥への対抗心からだ。
「できた。可愛い」
愛しの彼女を写真に撮っておく。
「律、可愛い」
「何回も言わなくても聞こえてるよ」
「何回でも言いたいの」
「……抱きつけるところで言ってほしいな」
確かにトイレで抱き合っていては、不適切な行為として駅員に取り締まられるかもしれなかった。トイレの外に出ればなんとかなる問題ではなかったが、取り急ぎ出る。
たくさんあるうちの改札を適当に出て、都会の洗礼を受ける。正直、新宿よりも分かりづらかった。蒼乃は頭の中に入れた地図と、頭上にある案内を頼りに地上を目指す。
「律、絶対に手を離さないでね」
「こんなにしっかり握られていたら離すに離せないよ。それにしても平日なのに人多いねぇ」
蒼乃たちが最寄り駅から電車に乗った時はガラガラだった。二月の平日。大人は忙しいはずと思ったが、大学生は休みだし、池袋ならサラリーマンも多い。
「私、働くなら都会はやだなー」
律は人の多さに圧倒されていた。蒼乃だって人混みは嫌だ。デートだから我慢できるのであって、週五日も身を置きたくはない。
しばらく歩いて、本当にここかと疑問に思う細い通路を人の波に乗って歩くと地上へのエスカレーターが見えた。律を先に乗せ、ほんの数瞬の間だけ彼女を抱き締める。……エスカレーターはとても短かった。
「初池袋だ」
とりあえず律の手を握る。ここで迷子になっては再会できるか危うい。
「律、こっちよ」
手を引くと、律が腕にくっついてきた。何でこんなに可愛い生き物が隣にいるんだろうと蒼乃は思う。
「こんな都会にいたら律がスカウトされちゃうかもしれない……」
「またその話? されるなら蒼ちゃんだって」
蒼乃は律がアイドルだったら、握手会もライブも必ず行くし、グッズも全て揃えるし、SNSの投稿も全部チェックする。完全に推す。でも、他の誰かに推されたくない。律は蒼乃だけのものであってほしい。
原宿や渋谷にはスカウトが多いと聞いたことがあるので、蒼乃は絶対に律を連れて行かないと決めている。
「でも私たちだけで歩いてたらナンパされちゃったりしてね」
律はふざけた感じに言ったが、スカウトよりは可能性が高いかもしれない。
「律がナンパなんてされたらおかしくなりそう」
「警察沙汰はやめてね?」
話しているうちに地下道への入口まで来た。やっと駅のダンジョンから抜けたのに、また地下に潜る。
いつもの通り蒼乃が先に下りエスカレーターに乗ると、真後ろに乗った律が蒼乃の肩に両手を置く。意図は分からないが、すぐそこにいることは確認できるので一安心だった。
「あれ、なんだっけ。歩く歩道」
「動く歩道ね」
間違いも可愛い。動く歩道では歩く必要がなかったので、律が蒼乃に抱きついて、蒼乃は律の頭を撫でることに成功した。
「可愛い」
「蒼ちゃんだって可愛いよ。いつにも増して可愛い」
「律の方が可愛い」
遥がいたら舌打ちをされそうな会話だった。なんなら通りすがりのカップルが目を丸くしていた。半年近く経っても熱が冷めることなく、むしろ温度が上がっている二人だ。
「では、まずは水族館に行きましょうか」
動く歩道が終わり、ハグの時間が終わってしまった。これからは手を繋いで水族館まで向かう。実はここからも微妙に距離がある。
「明日はマラソン大会ね」
脳内では水族館への道のりを浮かべつつ、憂鬱なイベントの話題を上げる。マラソンは好きではないが、律と一緒に会場へ赴くし、一緒に走るし、一緒に帰って何か甘いものでも食べる約束をしているので言うほど憂鬱ではなかった。
「明日寒いって天気予報で言ってたよ」
「律、風邪引かないように暖かくしてね。レッグウォーマーとか腹巻きとか」
「マフラー巻いて走ったら怒られるかなぁ」
「ネックウォーマーなら怒られないんじゃない? 巻くやつは……怒られると思うわ」
「ネックウォーマーなんて持ってないよー」
「じゃああとで見てみましょう」
律に風邪を引かれては困る。律がいない学校なんて行く意味がない。




