082 -Ritsu-
「持ってきたよー!」
遥がアルバムを抱えてやってきた。家族ぐるみの付き合いなので、当然律の写真もたくさんある。見られたくないものは先に回収しようと思ったが、律は蒼乃に拘束されていたため叶わなかった。
「こっちがりっちゃんのおばさんが作ってくれたアルバムで、こっちが卒業アルバム」
遥が卒業アルバムから開く。中学校のものだった。蒼乃と日向が覗き込む。
「相変わらず可愛いですね」
日向に言われると新鮮で照れる。
「中学の制服が結構可愛いデザインなのね」
「そうだね。公立中学にしては可愛いかも」
制服だけで言うなら、高校のものより中学のものの方がデザインはよい。
遥がページをめくるたびに、すぐに蒼乃が律を見つけ出していく。遥のことも発見してやってほしい。そちらの役割は日向が担っていた。
「遥は髪が短い時もあったんですね」
「小学高学年から中一くらいまでは短かったかなー。バスケ部みんな短くて」
「律と遥はいつも同じ写真に写ってるわね」
「りっちゃんとあたしは仲良しですから」
蒼乃が律に回していた腕をぎゅっと引く。お腹が苦しい。
「はい、こちらが小学校のアルバム」
「……遥も律も服に無頓着ですね」
小学生の頃は制服がなかったので、当然私服でアルバムに載っているが、律も遥もTシャツにズボン姿ばかりだった。二人とも毎日校庭で遊んでいたタイプなので、オシャレとは無縁だった。
「りっちゃんは今日の格好も大して変わらないよ」
「律は私の前でだけオシャレをしてほしい」
「あーはいはい」
遥は適当な相槌を打ち、アルバムのページをめくる。またしても蒼乃が「律」と反応した。恐ろしい反応速度である。
「ちっちゃい律も可愛い」
「あたしだって可愛いでしょ」
「律には勝てない」
「そこは比べないでほしいな」
「はるちゃんだって可愛いよ。私この写真お気に入りなんだよね」
蒼乃に抱えられながら、律はアルバムの分厚い紙をめくった。そこにあるのは低学年の時の出し物で、『ぐりとぐら』を演じた。青い方を律、赤い方を遥が担当した。とんがり帽子が決まっていると律は思っている。
「はるちゃん、劇の途中で歯が抜けたんだよね」
「そんなことあったね。りっちゃんが踏んで割っちゃったけど」
続いて遥は律の母親が作成したアルバムを最初から開く。今度は小学生一年生の頃から始まる。卒業アルバムとは違い、どの写真も律と遥が写っている。先程の劇の写真もある。
「このアルバム、私も欲しい」
「あげないよ?」
アルバムを見ていると、律はずっと遥と過ごしていたことが分かる。律は人見知りなので、環境が変わる度に遥の背中に隠れていた。
「律のお母さんは写真のセンスがいいですね」
「そう?」
「二人ともいい笑顔だと思います」
「りっちゃんが泣いてる写真あるけどねー」
「いい! 見せなくていい!」
律が伸ばした腕を蒼乃が掴む。
「これこれ。公園で大きな犬に追いかけられた挙句、転んで泣いたりっちゃん」
そこには目を真っ赤にして泣く律をよしよしする遥の姿があった。
「なんではるちゃんのアルバムにこれが入ってるのか解せない……。そもそもなんで私だけが追いかけられたのかも疑問」
「りっちゃんが大袈裟にリアクション取るから、わんこも喜んじゃったんだよ」
「ちなみに大きい犬って何犬に追いかけられたんですか?」
「ゴールデン・レトリーバー」
律は苦い顔をして答える。
「可愛いじゃないですか」
「こちとら小学生だよ? 犬より軽かったんだよ?」
小学生の時の思い出など大抵忘れてはいるものの、このエピソードについては強烈に覚えていた。
「で、これがりっちゃんが眉間に擦り傷作った時でしょ、こっちは腕を折った時ね」
「はるちゃんのアルバムなんだから、はるちゃんの話をしようよ」
「あたしにそんな面白エピソードないもの」
「私の怪我も別に面白くないけど」
日向が眉間に怪我をした律の写真を指して言う。「これは面白いですよ」と。
「律はもう怪我をしないように外に出ない方がいいかもしれない……」
写真で蒼乃の心配を煽ってしまった。
「りっちゃんは建物の中でも怪我するから」
また遥がページをめくる。律の家で遊んでいた時の写真だ。蓮も写っている。
「蓮ちゃんから逃げた時に階段で脛を打ったりっちゃん。このあと蓮ちゃんだけじゃなくあたしもおばさんに怒られた……」
「元はと言えば、はるちゃんがお姉ちゃんとケンカしたんでしょう……」
蒼乃が抱き締める力を強くする。「痛い痛い」と訴えるが聞き入れられない。
「律、健康でいてね」
「おばあちゃんに言うようなこと言わないで。高校生になってから怪我してないでしょ」
「怪我する時は私の前でお願い」
「まず怪我をしたくないんですが……」
いつ起こるか分からない怪我より先に、肋を折られそうな勢いだ。
「日向と蒼乃は大きな怪我とか病気したことある?」
「わたしは小さい時に肺炎に罹って、四十度の熱を出したぐらいですかね」
「え、大丈夫だったの?」
律は日向を心配するが、日向は笑った。
「大丈夫だから今ここにいるんですよ」
「私はインフルエンザに罹ったくらいしかないかも。怪我も大してしてないし」
「ちなみにあたしは木登りをして落ちて捻挫をしたこと。なお、りっちゃんも一緒に落ちて捻挫した」
蒼乃が「律」と短く窘めてくる。
「いやいや、本当に健康が一番だね。ね?」
律はみんなに同意を求める。女子高生がする話題ではない。
「あの、そろそろ時間なのでわたしはお暇しますね」
日向がスマホで時間を確認している。確かにもう日が暮れる時間になっていた。
「それなら私も……。私と律も帰ろうかしら」
「はい……」
「あ、ちょっと待って。りっちゃん、タッパ持ち帰って」
遥が立ち上がり、キッチンに消えていく。律も蒼乃の拘束を破り、タッパを紙袋に入れるのを手伝う。全てしまい終えた紙袋を持って戻ると、蒼乃が律の上着とマフラーを持って待機していた。日向はすでに玄関で靴を履いている。
「ほら、腕貸して」
「美容室みたい」
蒼乃に上着を着せてもらい、さらにマフラーも巻いてもらう。
「遥はここでいいけど?」
「んや、あたしも駅まで行く。どうせ暇だし」
順番に玄関を出る。四人もいると混雑した。主に蒼乃が律に引っついてくるので混雑した。
開発された道路は車通りが少ないのに、四人で歩くには十分な広さがある。四人でいても律の手は蒼乃にしっかり握られていて、更に密着していた。
「遥、今日はありがとうございました」
「いいのいいの。あたしもみんなで遊べて楽しかったからありがとう」
「アルバム見せてくれてありがとう」
「蒼乃は結局そこか。終日いちゃいちゃしてー」
駅はすぐそこだったので、あっという間にお別れがくる。
「また明日ね。律」
そう、また明日も会うというのに、蒼乃は律を力強くハグする。乗る電車は同じはずなのに、日向は蒼乃を待とうとしないで改札を通った。
「蒼ちゃん! ひなちゃんが行っちゃうから。ほら、早く」
名残惜しそうな蒼乃も送り出し、律は遥と共に来た道を戻る。
「はるちゃんの家で遊ぶのも久しぶりだったね」
「そうだねー。受験だったり部活だったりでタイミングが合わなかったししゃーないよ」
「私があそこまでボロクソに負けるとは思わなかった……」
「訓練が足りませんな。オンラインで遊ぶならいつでも付き合うよ」
「本当? はるちゃんって連絡してもすぐに返信こなかったりするじゃん」
「勉強してるから」
「ほんと?」
「ほんと」
遥の家はこのまま真っ直ぐなのだが、右折する律についてくる。
「おばさんにごはんのお礼言いたいから」
「そんなのメッセージで十分だと思うけどなぁ」
遥が部活に入るまでは、こうやって毎日一緒にランドセルを背負って相沢家に帰っていた。
「りっちゃんは蒼乃と付き合ってから毎日楽しそうだね」
「付き合う前も楽しかったけど、まぁうん、今も楽しいね」
「楽しそうならよかったよかった」
律は自宅に着くと、鍵を取り出すのが面倒くさく、チャイムを鳴らす。モニターで遥の姿を確認したからか、律の母親は嬉しそうに家から出てきた。
「はるちゃん、会うのは久しぶりじゃない。元気? ちゃんとごはん食べてる?」
「食べてますよ。今日はいろいろありがとうございました」
「いいのいいの。あ、暇なら夕飯食べていく?」
「いえ、今日はお礼を言いに来ただけなので」
遥は「じゃっ」と短く言うと、小走りで帰ってしまった。
「はるちゃんは良い子だね。どっかの誰かさんとは違って」
「私はわりと良い子だと思うんだけど」
「それなら料理の一つくらい手伝いな」
律がまだ家に入ってないのに、玄関のドアが閉じられた。




