079 -Ritsu-
今日と明日は県内の公立高校の受験日になるため、在学生は休みとなる。もちろん部活動も休止。テストは二週間後なのでそれなりに余裕がある。気楽な休みだった。
そんなわけで今日は、律、蒼乃、遥、日向の四人で久しぶりに遊ぶことになった。場所は遥の家だ。律は一足早く幼馴染の家に乗り込む。
「りっちゃんは来るの早いねー。まだなんのおもてなしもできないんだけど」
「お気になさらず。はい、これ。母さんからみんなで食べなさいって」
食べ物が入ったタッパがたくさん紙袋に入っている。一番張り切っていたのは律の母親かもしれない。
「やったね。おばさんの料理美味しいから嬉しいな」
遥が中身を確認しながら、タッパをキッチンに出していく。律は自分の家のようにソファに座り、ひとまずテレビをつけた。平日の昼のテレビなんて、どれも女子高生向けには作られていないのでつまらない。
「さっき味噌汁いたよ」
「え、どこに?」
「うちの前の道路」
味噌汁とはこの付近に生息している茶トラの野良猫のことだ。
「その紙袋からいい匂いがしたのか、追っかけられた」
「可愛いじゃん」
「可愛くなかったよ。まじで追ってくるんだもの」
「いや、味噌汁じゃなくてりっちゃんがね」
遥はまだ部屋着であったので、一度自室に着替えに行った。家主のいなくなったリビングを見回す。小さい頃からあまり代わり映えしない。
律はここから三分の距離の移動だったので、ほぼ部屋着みたいな格好だった。
「りっちゃんはその格好でいいの?」
遥が小綺麗な格好で出てきた。
「今さら着替えに戻るの面倒くさい」
「私の服着る?」
「バレた時、二人とも刺されるよ」
「違いない」
遥は乾いた笑いを浮かべる。それからクシとヘアゴムを持って律の隣に座った。いつものポニーテールへと変貌していく。
「りっちゃんの髪も結ってあげるよ」
「本当? じゃあお願いしようかな」
律は深く考えずに、遥に背中を託した。
「どんな髪型がいい?」
律の髪にくしが通されていく。
「髪型はお任せしまーす」
「了解。なんだか懐かしいね、中学の頃は体育のある日はこうしてあたしが結ってあげてたよね」
中学の体育は厳しかったので、髪を結んでいないと小一時間怒られた。
「相変わらずりっちゃんの髪はまとめにくいな……」
遥は悪態をつきながらも、あっという間に律の髪を結い上げた。編み込みハーフアップだった。
「うんうん、可愛い」
蒼乃の前では言わないように控えているらしいが、二人きりだと遥もわりと律を褒めてくれる。
「服がちゃんとしてれば言うことなしなんだけどなぁ」
「しょうがないじゃん。いつもはるちゃんの家に来る時はこんなだし……」
「たまにはあたしのためにもオシャレしてよねー」
遥は冗談を言い、くしを片付けにまた部屋に戻った。そのタイミングでグループにメッセージが入った。蒼乃からで、途中で会った日向と最寄り駅に着いたという文言だった。予定より早い。
「蒼ちゃんたち着いたってー!」
廊下の先の部屋にいる遥に声をかけると、「えー!」と返ってきた。それから遥はコートを着てリビングに顔を出す。
「あたし迎えに行ってくるからお留守番しててね」
「はーい」
玄関まで遥を見送る。靴箱の上から取った遥の鍵には、見覚えのあるものがついていた。小学生の時に、二人でガチャガチャをした時の猫のキーホルダーだ。物持ちがいい。
「んじゃ、行ってきます。あ、知らない人が来ても出ちゃダメだよ」
「大人しく待ってまーす」
遥が急いで出て行く。その間に律はメッセージを送った。
『今からはるちゃんが駅に向かいます』
すぐに既読がついた。蒼乃かなと思う。
律はリビングに戻ってソファに座った。蒼乃の家にいた時はずっと緊張していたが、遥の家は昔よく来ていたこともあって落ち着く。
しばらくソファの上でうだうだしていると、外廊下の方で人の気配がした。遥たちが帰ってきたのかもしれないが、知らない人には出るなと言われていたので、律はその場で待機した。
すぐに玄関ドアを解錠する音がしたので、律は玄関の方へ走る。遥が蒼乃と日向を引き連れて帰ってきた。
「おかえり」
全然間違った挨拶ではないと思ったが、蒼乃の顔が陰った。それから靴を脱いだ蒼乃に抱き締められる。
「ただいま、律」
なにか物申したそうな蒼乃は、そのまま律を抱きかかえた。後ろで靴を脱いでる日向が迷惑そうに横を通っていく。
「律、素敵な髪型ね」
「あ、うん。ありがとう」
「誰に編んでもらったの?」
蒼乃からいったん逃れようと思ったが、腕が離れない。
「はるちゃんにやってもらいましたが……」
抱き締める腕に力が入る。律は足が浮いたままリビングに戻ることになった。
「本当にうちで変なことしないでよ?」
飲み物を用意しながら遥が強く言う。するつもりなどさらさらないが、律が解放される気配はない。
「蒼ちゃん、そろそろ離してくれる?」
「どうして?」
「ほら、お昼の用意しないと」
もうすぐで昼の鐘が鳴る時刻であった。当然律もお腹が空いている。
遥は律が持ってきた食材を並べ、日向は買ってきた料理を箱から取り出し始めたところだ。
「私たちも準備しないと」
「こっちは間に合ってまーす」
遥が横目で言った。律は冷や汗が止まらない。
「服も随分とラフな格好ね」
「家がすぐそこだから……。あ、ちゃんと私の服だよ?」
「当たり前でしょ。どうして他人の服を着るっていう選択肢が出てくるの」
律は、ははっと笑って場を誤魔化す。腕が疲れてきたのか、蒼乃は律を抱え直した。そのまま下ろしてくれればいいのに。
「いつまでこの状態でいるおつもりで?」
「ひとまずはお昼の準備が終わるまで」
どうにか蒼乃の機嫌を直す方法がないか、律は考えてみるものの、せっかく遥に編んでもらった髪を解くのも申し訳なかったので、昼ごはんが開始されるまでずっと蒼乃に抱えられていた。地に足がついた瞬間も浮遊感は抜けなかった。




