078 -Aono-
バレンタインの翌々日。蒼乃はいつもより十分早く家を出た。律がどんな顔をして登校してくるのか見たかったからだ。
校門に着くところでちょうど律を見つける。
「おはよう、律」
律はえんじ色のマフラーを巻いていた。肌は見えない。
「蒼ちゃん、おはよう」
蒼乃は自転車を降りて、律と並んで駐輪場まで歩く。自転車を停めて、律と手を繋ぐ。毎日家を少し早く出て、校門のところで律を待つのもいいかもしれない。
昇降口で、律が靴を取り替えるより先に蒼乃が中身を確認する。遅れたバレンタインがあるかもしれないからだ。
「入ってる……」
「なにが?」
脳天気な律がローファーを持ちながら、横から中身を覗く。
「入ってますね」
律の声は少し狼狽していた。隣に蒼乃がいるからであろう。ローファーと上履きを取り替えてから、律は中に入っていた箱を取り出す。特にラッピングをしてない既製品のチョコレート菓子だった。この時期流行りのパッケージだ。メッセージが書き込めるようになっている。
「何か書いてあるわね」
律の指で隠れていたから中身は見えなかった。
「えっと『頑張れ』だって」
「受験のメッセージみたいね」
確かに明日と明後日は高校受験だけれど。
「どこの誰のか分からないものは食べちゃダメ」
「既製品だよ。封開いてないし」
「それでもダメ」
「もったいないよ?」
「遥にでもあげなさい」
蒼乃も靴を履き替える。チョコを律から没収し、きちんと手も繋ぎ直す。
律と歩いていると芸能人にでもなったかのように「アイザワ夫婦だ」と囁かれる。その声に混じって「やっぱりアイザワさんって可愛い」という声も聞く。律の方を指していると思われる。蒼乃は可愛いというタイプではないから。
教室に着くまで、律はマフラーを外さなかった。なんなら教室に入って、席に座ってからも外さない。なので、隣の席の蒼乃がマフラーを取ってやろうと手を伸ばした。
「なに、蒼ちゃん」
「そっちこそどうしてマフラーを外さないの? 教室で巻きっぱなしはおかしいでしょ」
「…………」
まともな理由も考えてこれなかったようなので、容赦なくマフラーを解く。まだはっきりと、白い肌に赤い内出血の痕があった。
「写真撮っていい?」
「いいわけがない」
律は蒼乃からマフラーを取り返し、リュックにしまう。首のことはそのままでいくらしい。
「律」
椅子を律の隣につけ、蒼乃は彼女に抱きつく。律は複雑そうな顔をしていた。
「どうしたの、浮かない顔をして。今日が終わったら、お休みなのに」
「そうだね。みんなで遊ぶもんね」
気になるようで、律の手がちょくちょくと首に伸びる。蒼乃が真似をして指を伸ばしたら叩かれた。
蒼乃が一方的に律をかまっていると、朝練を終えた遥が教室に入ってきて、蒼乃と律に挨拶をする。そして、すぐに遥の視線が首に落ち、律があからさまに隠す素振りをした。
「あーそうゆう」
遥が蒼乃を見るから、蒼乃は笑顔を返した。
「明日うちに来て変なこと始めないでよ」
「遥、このチョコあげる」
蒼乃は先程律の下駄箱から手に入れた既製品のチョコレートを遥に渡す。
「なにこれ? もしかしてりっちゃんへのじゃないの」
さすが幼馴染。察しがいい。遥は箱を受け取ると、吟味するように外側を見つめる。
「メッセージあるじゃん」
「でも、差出主が分からないから」
「そんなものをクラスメイトに渡す?」
文句を言いながらも、遥は渡されたチョコをリュックにしまう。
ちょうどリュックについていたブレスレットが目に入り、蒼乃は目を細めた。律がプレゼントしたとかいうやつ。
遥が来てから喋らなくなった恋人をもう一度強く抱き締める。
「どうしたの、律。黙っちゃって」
「別に……」
ほんのり律の頬は赤くなっていた。遥に見られたことが恥ずかしかったのか。また今度も痕をつけようと蒼乃は決めた。




