077 -Aono-
少し調子に乗ってしまったかもしれない。確かに蒼乃は絶好調だった。
律は少し不貞腐れた顔で、インナーをタートルネックのものに変えて着替えをしている。蒼乃が今日律につけた痕は片手の指では数え切れなかった。
「明後日、学校なのですが」
大人みたいに腰を擦りながら律が抗議する。蒼乃は申し訳ないとばかりに、律の腰を代わりに撫でてやった。
「だって律が可愛いから」
「毎度言ってない?」
「可愛いのは事実だから」
まさか律にああいった嗜好があるとは思ってもみなかったので、蒼乃はいつもより興奮した。
「……蒼ちゃんはSだね」
ボソッと律が言う。確かに今日の律を見て、興奮したのは事実だが、正しいとは言い切れない。
「あんな律を前にしたら誰でもサディストになります」
「囚人服がどうのこうのって言ってた人がよく言うよ」
確かに。蒼乃は自身の認識を改めることにした。相澤蒼乃はSっ気がある。
着替え終えた律は、ベッドの上に座る蒼乃の脚の間に腰を掛けた。不満そうな言い回しをしていても、怒っているわけではないらしい。
律は蒼乃によりかかり、両手で蒼乃の右手を握る。何度もにぎにぎしてくる。可愛い。
「どうしよ、首の痕……」
「いっそのこともっとつけちゃわない?」
「つけません!」
律にキスマークがあったところで、遥以外の誰も突っ込んではこないだろう。みんな察する。
蒼乃はさっきまで律の手を拘束していた左腕を、律の胴体に巻きつけた。
「私はどんなに律が変態になっても受け入れるからね」
「…………」
「そこは私もって言い返してくれないの?」
「嫌いにはならないけど、受け入れるのも限界が……。蒼ちゃんはどんなことしたいとかあるの?」
どんなことと聞かれると蒼乃にも難しい。ただ、どんなことでもできる自信はあった。
「一番したいことは……監禁かしらね」
律がモテるのがいけない。今は学校という狭い枠の中にいるならいいものの、大学生や社会人になっては手がつけられなくなるかもしれない。監禁が蒼乃にとって精神衛生上、一番いいものだった。
「蒼ちゃんと外でデートしたいよ」
「私がいる時は外に出てもいいわ」
律が黙る。脳内でシミュレーションをしているらしかった。
「ヒモかぁ」
ポジティブな言い回しであった。
「進路希望調査の紙にヒモって書いたら、間違いなく怒られるよね」
「家業って書けばいいんじゃない?」
めちゃくちゃな言い回しである。
口ではまともなことを言う律も、だんだんと蒼乃に毒されているらしい。ヒモになるのもやぶさかでない様子だ。
「私が稼げるようになったら、律が欲しいもの何でも買ってあげるから」
「ダメ人間になりそう」
しかし、律は蒼乃にもたれかかるのをやめない。蒼乃は律の重みを感じながら幸せに浸る。
「私がいないとダメな人間にしたい」
「すでに蒼ちゃんがいないとダメな人間になってしまったよ」
嬉しくてうなじにキスをする。律の香りがする。蒼乃も大概ダメな人間に成り果てていた。
「ところで蒼ちゃん。そろそろガトーショコラが冷えたのではないでしょうか!」
さっきまでへろへろに疲れていたくせに、食い意地を張った律は元気になっていた。
「そうね。そろそろ冷えたかしら」
蒼乃はもうガトーショコラなんてどうでもよく、このまま律を抱き締めていたかった。
「食べようよ、蒼ちゃん。バレンタインだよ」
確かにバレンタインに手作りを一緒に食べることに意義がある。納得した蒼乃は律を解放する。
「食べよ、食べよ」
律に腕を引かれて階下へ向かう。わくわくした様子の律が冷蔵庫を開け、冷えたガトーショコラをテーブルに置いた。律が包丁を渡してきたので、蒼乃が刃を入れる。四等分は大きそうだったので、六等分にした。
さすがに二人で食べるには多い。いや、律なら食べられるかもしれないが、体のために全部はやめてほしい。残ったら律の家族に食べてもらえばいいだろう。日持ちもしないし。
「あ、お皿いるよね」
律が慌てて食器棚から二枚皿を持ってきた。
「美味しそう!」
ガトーショコラを前に、フォークを持った律が目を輝かせる。
ソファに並んで腰を掛け、ガトーショコラにフォークを立てる。
「はい、蒼ちゃん」
あんなにも食べたがっていた律が、フォークに乗せたガトーショコラを蒼乃に差し出してくる。
「せっかくだから食べさせあいっこしない?」
することをした直後なのに、律はこんなことで顔を赤らめた。抱き締めたくなるのを我慢して、蒼乃は差し出された糖分の塊を口に入れる。冷やしたおかげかしっとり感がすごい。安物のチョコから作られたとは思えない濃厚さもあった。
「じゃあ、律。あーん」
律が嬉しそうな顔をして蒼乃のフォークに食らいついた。
「美味しい! やっぱさすが蒼ちゃんだね」
「律も一緒に作ったでしょ」
次を欲しがる律に再びあーんをする。こんなにも可愛い彼女を見られるなら、来年も何かしたい。
お互いにずっと食べさせあいをしていた。蒼乃は毎食このやり取りをしたいと思う。昼休みくらいやってもいいのではと考えたが、遥と日向に苦い顔をされそうだったので保留とする。
「蒼ちゃん」
皿とフォークを置いた律が自ずから蒼乃の腰に手を回してきた。
「いつもありがとうね。大好きだよ」
さっきまで扇情的な声を上げていた彼女から、こんな純真な言葉が出てくるギャップに蒼乃は悶え苦しむ。
「こちらこそありがとう。私も大好きよ」
邪な気持ちを引きずったままの言葉だった。
蒼乃はソファに対して九十度に座り直し、さっきベッドの上でしていたように脚の間に律を収めた。今度は両手で律を抱き締める。
「大好き」
何回言っても足りない言葉を蒼乃は繰り返す。こんなにも人を好きになってしまっていいのか、甚だ疑問である。世の中の恋人や夫婦というのは、こんなにも相手のことを愛して止まないのだろうか。
「律、愛してる」
耳元で囁くと、律の体が震えた。律がもぞもぞと動き、頬を蒼乃の顔面に擦りつけてくる。
「私ね、蒼ちゃんに好きって言われるの好きなの。世界で一番好きな人が、世界で一番私のことを好きでいてくれるって実感するから」
「いくらでも言う。律、好き。大好き。愛してる」
「私も好き。大好き。愛してる」
蒼乃は腕の中の律を精一杯抱き締める。毎日ずっとこうしていたい。
「「好き」」
二人の声が重なって、二人で笑って、二人が一つになる。幸せで怖くなる。




