074 -Aono-
通常、女同士のカップルはバレンタインとホワイトデーの役割をどうするのだろうか。蒼乃と律は、ひとまずバレンタインで一緒にお菓子を作ることにした。
場所は律の家だった。まず、バレンタイン当日に蓮がバイトとデートで不在なことを確認済み。それから気を使った律の母親が、父親を連れて一日家を空けてくれる。クリスマスデートの時もそうだが、物分かりのいい親がいるというのはありがたい。
バレンタイン当日、蒼乃は律と待ち合わせをして買い出しから始めることにする。
買い物かごは律が持ってくれた。
「蒼ちゃんとこうゆう買い物するの新鮮だねぇ。新婚さんみたいだ」
「言ってて恥ずかしくならないの?」
蒼乃はちょっと恥ずかしかった。だから手元にあったスマホの買い物リストに視線を移した。
「まずチョコは買わないとね」
バレンタインデー当日で売り切れてやしないかと思ったが、特設コーナーができて山積みになっていた。
「八十グラムですって」
律がチョコの内容量を見て、二枚かごに入れた。それからさらに一枚追加した。
「多くないかしら」
「おやつ用に買おうと思って」
これから何を作って食べるのか、律は理解しているのだろうか。
「次はバターね。無塩だから気をつけて」
「塩入ってるのだとダメなの?」
「しょっぱくなるんじゃない?」
蒼乃はお菓子作りには詳しくなかったので、適当に返事をする。わざわざ無塩と記載されているのだから、無でないとダメなのだろう。
「バターって高いんだね。普段はパンに塗るくらいしか使わないのに」
大した量を使わないのに、売っているバターは大きいサイズばかりだ。残ったのは相沢家で消費してもらうしかない。
他にも生クリームやケーキの型をかごに入れていく。
「律、重くない? 私が持つわよ」
「ううん、大丈夫。そこまで重くないよ」
律がかごを高く持ち上げて平気だよアピールをする。律の細腕が心配であるものの、好意に甘えるのとにした。
「買うものはこれで全部かしら」
メモとかごの中身を照らし合わせる。メモより少し多いが、足りないものはない。
「他に買うものある?」
「甘いものにはしょっぱいものかなぁ」
律が蒼乃の腕を引いてお菓子売り場に戻る。
「ポテチとお煎餅どっちがいい?」
「私はどちらでも構わないけど……」
蒼乃はそもそもガトーショコラだけでいい。食べた後は律を堪能したいと思っている。律は散々迷って、ポテトチップスのコンソメ味をかごに入れた。はたして、食べる暇があるのか。
蒼乃と律はお買い物に来ている親子より、仲良く手を繋いでレジに向かう。
「荷物は私が持ちます!」
律が得意気にリュックを見せてきた。
「ありがとう、律」
「私さ、お菓子作るのほぼ初めてだよ」
「ほぼ?」
「幼稚園の催しものでクッキー作ったのと、中学の調理実習でケーキ焼いたくらい。自分の家で作ったことない」
無人レジで会計を済ませ、商品を律のリュックに詰めていく。
「蒼ちゃんは家で作ったことある?」
「あるわよ。バレンタインのチョコ作りで」
「えっ……、まさか男子に?」
いつもとは立場が逆転して、律が 怪訝そうな顔をする。しばらくその顔でいてほしかったが、蒼乃はすぐに首を振る。
「緋月が作りたいっていうから、一緒に作っただけよ」
リュックを閉じ律に背負わせ、空いた手を繋ぐ。逃さないようにしてから、蒼乃は問う。
「律はどのくらい手作りチョコをもらってきたの?」
律の足が止まる。必然的に歩き進めている蒼乃の手が引っ張られるが、引っ張り返して律を蒼乃の横に並ばせた。
「まず小学生の思い出でも聞きましょうか」
上りエスカレーターに律を乗せ、張り付くようにして蒼乃は一段下に立つ。
「律」
エスカレーターから降りて、律の腕にしがみつく。言い淀む彼女の名前をもう一度呼ぶ。
「小学生の時はそうね……そうだな……。友チョコだけど、クラスメイトの女子みんなからもらったり、前のクラスで一緒だった仲の良い子にもらったり……したかな」
クラスの女子全員からチョコをもらう話って本当にあるのだ、と蒼乃は素直に驚く。
「でもね! うちの小学校、いや中学校もだけど、女子の人数多くないから。仲もね、みんな良かったの。和気あいあいというの? だからね、そんなにすごいことじゃないよ」
「遥も全員からもらってたの?」
「…………」
「そんなにチョコもらってどうするの?」
「チョコだもの。食べるよ」
「食べたカロリーはどこにいってるのよ……」
改めて掴んでいる腕をしっかりと触る。余分な脂肪は一切ついていない。
「それじゃあ中学生の時は?」
「……まぁ、ほら、中学って母数増えるじゃない?」
「それで?」
「さすがにみんな少し大人になったからね。クラスの女子全員からもらうとかはなかったですよ?」
「確か後輩からモテてたのよね?」
遥がたくさんチョコをもらっていたとしっかり発言しているのを忘れてはいない。
「中学生なんてちょっと歳上に憧れを持つじゃん……それだよ……」
後半がもごもごしていてよく聞こえない。駅の近くまできて喧騒も激しくなってきているので、はっきりと言ってほしい。
「先輩には猫に餌をあげる感じでもらってただけだし、後輩からは、その、気持ちだけでも受け取ってくださいっていろいろもらったかな……」
「いろいろ。いろいろねぇ」
そこには数多くの本命チョコが紛れていたのだろう。
「念のため聞いておくけれど、昨日とかチョコもらってないでしょうね」
「もらってないよ。おはようからさようならまで一緒にいたから知ってるでしょ」
正確には一つもらっている。遥が友チョコと言って持ってきた、手作りチョコだ。蒼乃ももらった。隠さず堂々と持ってきたので許した。
「とりあえず律が私の想像の何倍もモテるのは分かったわ……」
「私は好きな人に好かれるだけでいいんだけど」
「どこの誰よりも律のことを好きよ」
「私も蒼ちゃんのこと誰よりも愛してるよ」
人通りの激しいコンコースで愛を語り合う。早く歩けと後ろのお姉さんが二人を抜かした。
最終的に甘いところに落ち着いたので、すでに蒼乃の胃も満たされたが、律が楽しみにしているのでガトーショコラは作る。
「時間通り、父と母は家を出たそうです」
律がスマホを確認する。
あとは律の家に行って、さっさとガトーショコラを作ればいい。蒼乃は電車内でレシピを見返す。最短時間で作ろうと思った。




