073 -Ritsu-
来たる一月二十七日は、律の親友であり幼馴染である小谷瀬遥の誕生日だ。
「はるちゃん、お誕生日おめでとう!」
朝練を終えて教室に入るよりも前にフライングをして律は彼女を祝う。今年で十年目のお祝いだった。
九年目まではおめでとうのハグをしていたけれど、今年からは彼女がいるのでハイタッチに留めた。でも一回ではなんか物足りなかったので、二回した。
「いつも一番にメッセージくれてありがとうね、りっちゃん」
律がスマホを買ってもらってからの恒例行事である。この先も、クラスが離れたり、学校が別になってもちゃんとお祝いする仲でありたい。
蒼乃も日向も「おめでとう」と祝う。朝は時間がないので、プレゼントは昼休みに渡すつもりだ。
「誕生日をお祝いしてもらって誠に恐縮なのですが……、蒼乃! 英語の予習見せて!」
「誕生日だからってタダでは見せないわよ」
「分かってるって。今日はりっちゃんの赤ん坊の時の写真をあげよう」
「待って。まだ出会ってもない頃の写真を、なぜはるちゃんが持っているの!?」
蒼乃が律を無視して、英語のノートを遥に渡す。勝手に契約が成立する。
「はるちゃんはいい加減に予習を自分でやりなよ」
「部活で忙しくてねー。蒼乃に言ってごらんよ、ノート貸さないでって」
「蒼ちゃん」
蒼乃を呼ぶと、なぜか後ろから抱きつかれた。抜け出そうにも腕の力が強くて逃げられない。
「蒼ちゃん、はるちゃんにノート貸さないでよ」
もう一度名前を呼び、精一杯の抗議をする。
「嫌。私の知らない律の写真、欲しいもの」
「そこに私も知らない写真が混ざってるのが問題なんですよね」
抗議の途中だが、チャイムが鳴る。律は蒼乃に引きずられて席に戻った。余談だが、二週間前に席替えをし、今度は律と蒼乃は隣り合う席になっている。偶然って続くものだなと思った。
◆ ◆ ◆
「改めて、はるちゃん、お誕生日おめでとう!」
昼食を食べ終え、三人を代表して律からプレゼントを遥に渡す。
「三人からね」
「ありがとう。みんな。開けていい?」
遥が待ちきれない様子でラッピングを解いていく。中身は律と蒼乃が買ったオーガニックのタオルとボディソープだ。
「うわーなんかオシャレなやつだね。これ、なに?」
「ボディソープだよ」
「家のボディソープ切れそうだったんだよね。ナイスタイミング」
なぜか蒼乃が律を見る。
「いやいや、切れそうなこと知ってたわけじゃないから……。はるちゃん家のお風呂使ってないから……」
「いつでも使いに来ていいよ」
「黙ってても匂いでバレそう……」
そして本当に監禁でもされそう。
「遥は十六歳の抱負とかありますか?」
「ほーふ?」
日向の投げかけに遥は文字通り首を捻る。
「部活でレギュラー取るとか?」
「まともだ」
律がびっくりした風に言うと、遥は「なんだよー」と言いながら、机上にあった律の手を指先で弾く。そして弾いた手を蒼乃が叩こうとして、遥が勢いよく避けた。
「蒼乃、容赦なさ過ぎて怖いんですけど!」
「まさか。本気では叩かないわよ」
「叩くつもりじゃん! 怖い彼女だなぁもう」
「遥が律にちょっかいをかけるからですよ」
「そうよ」
「……このくらい友達同士のコミュニケーションだって。ねぇ、りっちゃん」
同意を求められても律は答えづらい。曖昧に笑うしかなかった。
「これでも全然セーブしてると思うけどなぁ。中学時代までは普通にハグとかしてたよね」
「してたけど……。そうゆう話を蒼ちゃんの前でしてほしくないなー。なんて」
遥は叩かれそうになった腹いせか、意地悪そうに笑う。そして、だんだんと蒼乃の表情が曇っていく。
「や、ハグくらいしない? 女子中学生だよ?」
律が起死回生のチャンスを目指して、蒼乃と日向に意見を求めてみるが「しない」ときっぱり返ってきた。この二人が、サバサバし過ぎなのだ。
「というか、蒼ちゃんと付き合ってからははるちゃんとハグなんてしてないからね」
「してたら怒ってる」
「ですよね。それで、私は無実なので、機嫌直してもらえませんか」
「別に怒ってないわ」
怒ってなくても不貞腐れている。少し面倒くさい彼女だった。
「じゃ、今ハグしよ」
「うわ、またいちゃつく気だ」
どうしろというのだ。どうせ毎日密着しているのだから、今さらどうでもいい気がする。律は席を立ち、座っている蒼乃を後ろから抱き締めた。
「日向さん、シャッターチャンスですよ」
「これくらいじゃもうネタにもなりません」
遥と日向がふざけた会話をしている。
「どうですかね、蒼ちゃん」
「しばらくそのままでいて」
蒼乃の命を受けて、律は彼女に抱きついたまま静止する。ふわふわの柔らかい髪に顔の下半分を埋めた。
「あたしの誕生日くらいいちゃいちゃを控えてもらえませんかね」
律が腕を剥がそうとすると、ぐいっと蒼乃に掴まれる。遥の願いは叶わぬようだ。
「りっちゃんのばーか」
小学生レベルの罵倒が飛んでくる。お触りは怒るくせに、罵倒は蒼乃の中でセーフらしくて言い返したりしない。
「なぜ私だけが言われるんだ……」
「蒼乃に言ったら今後ノートを借りられなくなるからだよ」
「そっちの方がずぶずぶの関係じゃないか」
物申すつもりで腕を締める。結果的に蒼乃が喜ぶだけで、律の足しになるものはなかった。
「いいですなー。堂々といちゃついても嫌味にならないカップルは」
「嫌味言ってるじゃないですか」
「だってあたしの誕生日なのに、あたしよりめっちゃ幸せそうにしてるから。世の中不公平じゃない?」
「世は常に不公平で不条理ですよ」
日向が悟ったようなことを言う。たかが女子高生がいちゃついてるだけで、話が飛躍し過ぎだ。
「遥、胸焼けもしましたし、飲み物買いに行きませんか? 誕生日ですから驕りますよ」
「行く行く! ありがとう、日向」
遥と日向が教室を出て行くと、蒼乃にまたもや腕を引かれた。蒼乃は自身の太腿を叩いている。座れということらしい。律は横向きで彼女の脚に座った。
「抱き締められるのも好きだけれど、抱き締める方が好き」
ぎゅーっとめいっぱい抱き締められる。次に律の誕生日が来たらどうなるのだろう。律の誕生日は祝日だから、学校でなにかはないだろうけど。
「律、可愛い」
他人の誕生日だと言うのに、本当に蒼乃はブレなかった。




