070 -Ritsu-
律はスケートリンクに併設されている休憩所に、蒼乃とともにやってきた。氷の上にいる時は感じることのなかった足の重みがすごい。
「律は何を飲む?」
自販機の前で蒼乃が聞いてくる。律は椅子に座ったまま、「あったかいの」と答えた。
「はい、どうぞ」
確かに温かいものを所望したが、おしるこが出てくるとは思わなかった。確かに、温かいものではあるけど、飲むとは違う。
「ありがとう……。これ飲み終わった後、蒼ちゃんのほうじ茶を一口ちょうだいね」
おしるこの缶を開けて、口をつけてみる。自販機のおしるこなんて誰が買うんだろうと思っていたが、まさか自分が食べることになろうとは。しかし、疲れた体に甘いものはよく馴染む。
「そんなに距離を滑っていないはずなのに、結構疲れるわね」
蒼乃の言う通り、疲労感が体を満たしていた。明日は全身筋肉痛かもしれない。
「蒼ちゃんって筋肉痛になる?」
「なるわよ。私だって人間だもの」
「なにをしたら筋肉痛になるの?」
「…………」
蒼乃はちょいちょいと律をこ招く。律が疑うことなく顔を寄せると小さい声で言った。
「律を抱いたら」
左耳から順に熱くなる。逃げるように律は頭を下げた。
「律だってなるでしょ? 次の日」
なる。腹筋とか背筋とか太腿の筋肉とかが。
「今度筋肉痛になった時は、私が優しくマッサージしてあげる」
「遠慮しておくよ……」
マッサージだけで終わるわけがない。
一気におしるこ缶を煽る。缶の底に小豆が沈殿しているが上手く取れない。箸がないので諦めるしかなさそうだ。
「蒼ちゃん、お茶一口ちょうだい」
ぬるくなったほうじ茶のペットボトルを受け取る。綺麗に一口分だけ残っていた。
「蒼ちゃんって練習したら氷の上でジャンプできるんじゃない?」
マイシューズを持っていた小学生を尻目に律は言ってみた。後ろ滑りをすらりとやってのけたので、蒼乃にも才能はあるかもしれない。
「そんな危ないことしません。もちろん律もやろうだなんて考えないでよ」
「さすがにやらないよ」
律の視界にスケートの披露会に関するポスターが入る。
「スケート選手の格好って結構攻めたもの多いと思わない?」
「そうね。結構肩とか背中出ているものが多いわね」
「やっぱ全身タイツみたいな格好だと、格好つかないからかな」
律が言ったなにげない言葉を想像してしまったらしい蒼乃は、俯いて笑いを必死に堪えている。
「そんな笑う?」
「ごめんなさい……今のは私が悪いわ……」
蒼乃は深呼吸をしてから顔を上げた。
「でも律が選手みたいな格好をしたいと言うなら、私の前だけでお願い」
「別にしたいと思っていないよ……」
似合わないと律は思う。
「まぁでも、綺麗なドレスみたいな格好は蒼ちゃんなら映えるだろうね」
もちろん人前では着てほしくない。蒼乃の肩も背中も太腿も律のものだ。
「蒼ちゃんはさ、私にコスプレさせるならどんな格好がいい?」
「律がコスプレ?」
真剣モードのスイッチが入ってしまったようだ。あれもいいこれもいいと蒼乃はぶつぶつ言い始める。
どうせ聞かれると思い、律も蒼乃にどんなコスプレをしてほしいか考える。オーソドックスだとメイド服とかナース服とか巫女服とか? 巫女服いいなぁと想像をしていると、蒼乃が口を開いた。
「囚人服」
「え、なんか思ってた方向と違う」
なかなかにマニアックなところを攻められて、律はなんと返せばいいのか分からない。
「なんで、囚人服なの?」
「捗るから」
「左様ですか……」
「律は私になんのコスプレしてほしい?」
「普通だよ。……巫女服かな」
「確かに面白みがないわ」
「大喜利じゃないんだよ」
次の誕生日プレゼントが囚人服じゃないといいなと思った。
くだらない話をしていたら昼近くになったので、最後に数周だけ滑ろうという話になり、スケートリンクに再び戻ってきた。
「仲良く滑って、ごはん食べに行こ」
律は蒼乃と手を繋ぎ、ゆっくり滑走していく。シャッと刃が氷を削る音が清々しくて好きだ。
「椅子のソリなんてあるんだねー」
まさしく滑る椅子だった。小さな子供が乗って、後ろから母親が押している。
「律も乗りたいなら押してあげるけれど」
「ちょっと恥ずかしいかなぁ」
なかなかに注目を浴びる乗り物だ。
「それに蒼ちゃんと手を繋いでる方が楽しいしね」
三周走って終わりにした。足がやはり重い。
スニーカーに履き替えた時の爽快感が半端ない。そんなに滑ったわけでもなく、どちらかというとお喋りがメインだったが、律は世の中の選手はすごいなと感服するのであった。




