069 -Aono-
律と約束をしたスケートデートの日がきた。二人ともシューズは持っていないので、レンタルをした。身長のわりに意外と律の靴のサイズは大きい。
「律、紐はしっかり止めてね」
「うん、でも紐余るなぁ」
律は足回りも細い。蝶々結びをした紐が巻き込まれそうなので、交差している箇所に蒼乃が紐を押し込んでやる。
「うわーアンバランス」
立ち上がって、律が辺りを歩き回る。氷の上に上がる前に転びやしないか不安になる。
「蒼ちゃん蒼ちゃん、滑る前に写真撮っておこ」
「そうね。疲れる前に取りましょうか」
年明けに買った帽子を二人ともかぶり、ロッカーの前でひっついて写真を撮る。しょっちゅう二人で写真を撮ってはいるが、二人ともSNSはしていない。
「蒼ちゃんのほっぺた冷えてるね」
「律は相変わらず温かいわね」
律の柔らかい頬を摘む。
「なにするのさ。ほら、蒼ちゃんも手袋してね」
彼女といる時はつけないけれど、自転車に乗る時にはつける手袋をコートのポケットから取り出す。そして、手袋をした状態で初めて律と手を繋いだ。
「よーし、蒼ちゃん、リンクに行こう」
慣れない足元だけれど、手を繋いだまま歩く。二人ともペンギン歩きみたいになっていて、どちらかが転んだらもろとも転ぶ感じだった。
新しくできたスケートリンクということもあり、リンクも含めて全ての設備が綺麗だ。
土曜日だからか、家族連れも多い。まだ小学生にあがるかどうかという年代の子が、スイスイと氷上を滑っていて感心した。いずれはプロ選手になる子も、この中から生まれるのかもしれない。
そんな中で、蒼乃たちの実力は冷やかしレベルである。
律が先にリンクに降りた。ブランクがあっても、わりとしっかり立っていて安心した。しかし、手を広げて「蒼ちゃんもおいで」というのは驕りだと思う。言われるがままに飛び込んだら、転ぶだろう。だから蒼乃は普通に降りてから、律の横に立った。
「氷の上は寒いねぇ」
「最初は手を繋がないで滑りましょ。ちょっとまだ手を繋ぐのは怖いわ……」
「そうだねー。私も慣れなくて怖い」
律がすーっと滑っていく。
「意外といけるかも!」
自信満々に律が言う。蒼乃も律のところまで滑ってみた。悪くない。
「案外体が覚えているもんだね。これなら手繋いでも平気かもしれないよ」
もう少し我慢して練習すればいいものの、こんなに近くにいて手を繋げないことが嫌だった。蒼乃が差し出された手をしっかりと握ると、律が「よっこいしょ」と言いながら滑り出した。
「うーん、ちょっと重たい」
「そりゃ律よりは重いわよ」
順番を入れ替えて、蒼乃が律を引いてみる。普通に抱きかかえる方が軽く感じる気がする。
二人がじゃれている横を小学生がすごいスピードで滑り抜けていく。いつかぶつかりそうで怖い。
「未来のスピードスケーターかな。今のうちにサインもらっておく?」
「変なお姉さんが話しかけてきたって通報されるわよ」
もしかして律ってかなり歳下もいけるのかな、とか不穏な考えが蒼乃の中に浮かぶ。
「律って子供好きなの?」
「いやぁ全然。子供は好きじゃないよ。蒼ちゃんは?」
言い切るところが少し意外だった。公園で子供と遊んでいても違和感ないのに。
「私は好きとか嫌いとかじゃなくて……興味ない」
「どうせ私たち子供は作れないしねー。でも、もしも私たちに子供ができたらどんな子かね」
氷上を滑りながら、とんでもないことを聞いてくる律。
「蒼ちゃんに似たら美人さんになるね」
「それなら律に似たらめちゃくちゃ可愛い子になるわね」
律が「照れるなー」と言いながら、上手にカーブを曲がった。もう「可愛い」くらいでは照れてくれないか。
「いつもアイザワ夫婦って言われるけど、どっちが夫なのかね」
「それは……私じゃない?」
「でも私より蒼ちゃんの方が女の子らしいよ?」
そういうことではない。事を為す時に男役となるのがどちらかという話で答えた。
「では律には淑女たる振る舞いを身につけてもらいましょうか」
「嫌だよ。私におしとやかなイメージは似合わないって」
しばらく話しながら滑走をしていると、どこかのパパさんらしきおじさんが華麗なる後ろ滑りをした。子供にいいところを見せたかったのかもしれない。
それを見た律も何やら感銘を受けたようで、蒼乃の手を離すと体を百八十度入れ替えて、後ろに滑ろうとチャレンジを始める。
「どっちの足からやればいいんだ……?」
「どっちでもいいんじゃない?」
全然動く気配がない。蒼乃も見様見真似でやってみた。……律には悪いが、簡単に滑れてしまう。
「蒼ちゃんだけずるい」
「ずるいと言われても……。ぁ、律、両手をこっちに出してちょうだい」
こちらに向き直った律が、手袋をはめた手を差し出す。蒼乃はそれを正面から掴み、一つのサークルを作った。それから後方を確認して滑り出す。
「こうすれば律の顔を見ながら滑れる」
「私はいつも引っ張られてばかりだね」
「そんなこともないでしょ」
後ろ向きではカーブするのが難しく、二人で壁にぶつかる。蒼乃が律を抱擁する形になった。
「体も冷えてきたし、いったん休憩しましょうか」




