067 -Aono-
三学期が始まった。体育館で行われた始業式が終わると、二学期の終業式の時みたいに八重樫が蒼乃と律の元へ来た。同じ教室に戻るのだから、確かに一緒になってもおかしくはない。
しかし、毎度のように蒼乃と律、というか律のところに来るのはやめてほしい。話しかけるなら他のクラスメイトだっていいはずだ。
「八重ちゃんは年末年始ゆっくりできました?」
律の手は蒼乃がしっかりと握っているが、会話の方向は八重樫に向いていた。一種の気遣いということは分かっているが、あまりいい気はしない。
「二人は一緒に初詣に行くとか言ってたわね。楽しかった?」
ほのかに律の顔が赤くなるのを蒼乃は見逃さなかった。
「年始早々に走ったけど、楽しかったですね」
「走った……? 危ないことしてないでしょうね」
危ない目には遭った。身内だとストーカー被害を訴えても受理はしてくれないのだろうか。
「八重ちゃんはご実家に帰るとか言ってましたよね。楽しかったです?」
「本当に顔を出しに寄っただけだから。普通だったわ」
「私も早く家を出たいなぁ。ねー蒼ちゃん」
堂々と同意を求められて、蒼乃は「そうね」と素っ気なく答えてしまう。内心は動揺していた。
律と暮らすことができたら……どんなに幸せだろうか。毎日めいっぱい彼女を愛したい。
「簡単な方のアイザワさん、あなたは一人暮らしの心配の前に受験の心配をしなさい」
「えーまだ一年生なのに」
「あと三ヶ月もしたら二年生です」
進学校の先生らしいことを言う。そして受験についての考え方については蒼乃も賛成だった。
今日は始業式と言えど、ホームルームを挟んだあとに通常の授業がある。お正月気分もここで抜かれる。
「二年生になったら、また八重ちゃんのクラスになれますかね」
教室に着く直前に律が笑いながら聞いた。
「さぁ、私の裁量ではなんとも」
八重樫はそう言うが、所詮人間が選ぶことなのだから教員たちの好みでクラス分けはされる。ほぼ間違いなく律は八重樫のクラスになると蒼乃は思っていた。
「あなたたちも席に着きなさい」
律とじゃれあいながら席に戻った。律の背中をまじまじと見ても怒られない席。ホームルーム中にシャーペンの背で律を突くと、困り顔で振り向いてくれた。やっぱり可愛い。
◆ ◆ ◆
「いやー明けましておめでとうございます」
朝もした挨拶を、昼休みになって遥が言う。みんな新年の挨拶は済ませていたので、律だけが元気に「おめでとうございます」と返していた。
遥は珍しくお弁当を持参していた。
「はるちゃんがお弁当なんて珍しいね」
「さすがに暇があったからね。今日だけ残りものを詰めたお弁当だよ」
彩りのいいお弁当だった。遥の料理スキルが伺える。
「はるちゃん、お料理上手だもんね」
言ってから、蒼乃の視線に気づいた律がしまったという顔をした。遥はニヤニヤと笑い、日向は我関せずを突き通している。
「そう。りっちゃんはあたしの手料理を美味しそうに食べてくれるよね?」
「いや、えと、確かにはるちゃんの料理は美味しいですが、別に毎日食べてるわけじゃないし。いや、毎日じゃなくて何ヶ月も食べてないですし。作り過ぎたものをいただくだけというか……」
「律」
「はい……」
「今度私がお弁当作ってきてあげる。そうね、準備したいから週明けね。その日はお弁当持ってこないでよ」
唐突な思いつきであったが、ナイスアイデアだと思う。彼女の胃袋を掴み直さなければ。
「愛妻弁当羨ましいなー」
遥は笑って「あたしにも作ってよ」と言うが、蒼乃は冷たく断る。
律の好きなもの、ハンバーグは絶対に作りたい。あとポテトも好きみたいだから入れる。彩りを考えたらミニトマトもほしい。
「蒼乃は料理をするのですか?」
一足早く昼ごはんを食べ終えた日向が聞いてくる。
「最低限はできるつもり。大丈夫、週末までにはスキル上げるから」
「……蒼乃らしいですね」
「りっちゃんも蒼乃を見習って料理すればー?」
「私はできないんじゃないよ。レシピ見れば作れるんだよ」
胸を張って言うほどのことでもない。
「そういえば二年生になったら家庭科の授業で調理実習があるらしいよ」
「!?」
いつもはクールに振る舞う日向が大袈裟にリアクションを取る。
「調理実習って……料理をするんですか?」
「まぁ、実習って言うくらいだし、作るね」
遥の答えに絶望する日向。
「日向も料理できないの?」
隣で律が「私はできるよ」と返してくる。一度も作ってもらったことがないので、都市伝説扱いにしよう。
「料理はてんでダメでして……。包丁も扱えません……」
日向がそこまでできないとは意外だった。でも、確かに運動も得意ではないし、実技系は苦手なのかもしれない。
「何を作るとか聞いてます?」
「えーそこまでは聞いてないなぁ」
「ハンバーグがいいなー」
律は相変わらずだった。そこまでハンバーグが好きなことには、何か理由があるのだろうか。
「でも好きなもの作りたいよね。あたしはお菓子系作りたいかな」
「中学の時、おっきいケーキ作ったよね」
「作ったねー。りっちゃんが食べ過ぎて、胸焼けしたやつね」
どんなサイズのケーキを作ったのか。
「蒼乃、りっちゃんはね、いろんな女の子から調理実習で作ったんですと言われて食べ物をもらってたんだよ」
「なるほど」
「食べ物に罪はないから……」
家庭科の授業にそんな罠があるとは思ってもみなかった。今から先が思いやられる。




