066 -Ritsu-
伸び切ったちゃんぽんを食べ終え、目下の目的である宿題に手をつけることにした。蒼乃はすでに全て終わらせたらしく、律の横でアイスを食べている。
「まず国語をやります」
宣言をしてから国語のプリントに取りかかる。
漢字は英語ほど苦手ではないが、得意とは言えない。分からない漢字をスマホで検索しようとして、蒼乃に止められる。
「私が教えてあげる。手、出して」
シャーペンを置いて、右手を蒼乃に差し出す。蒼乃の指が動いて『蛍』と書いた。
「ちょっぴりくすぐったいね」
「いいから早く書いちゃいなさい」
「はい……」
分からない漢字が出てきては、蒼乃が手のひらに正解を書いてくれる。毎度こそばゆくて、集中力が削がれていく。
「漢字ができなくても私より点数いいのよね」
蒼乃が悔しそうに言う。明らかに律より蒼乃の方が真面目に取り組んでいるので、悔しさは当然のものである。
律は国語の読解問題で点を落としたことがない。
漢字の項目を抜ければ、あとは簡単な問題だった。国語のプリントはさっさと終え、英語のプリントと取り替える。
「英語は年明けにテストあるって言ってたから、ちゃんとプリントの内容を覚えておいてね」
「八重ちゃんはテストが好きだよね」
「成績の悪い子をかまいたいんじゃない」
「え、私の話してる?」
「学年最下位の点数取ったことあるでしょ」
唯一赤点を取った生徒としても、律の周りからの認知度は高い。不名誉だ。
「いくら八重ちゃんでも、一人の生徒をかまうために小テストなんてやらないでしょ……」
八重樫もそこまで暇ではないだろう。たった一人の赤点獲得者である律だけのために、大量のプリントを作ってはくれたが。
「律は八重先生のことどう思う?」
走らせていたペンの動きが止まる。すると蒼乃は「解きながらでいいから」と言った。難しいことを言う。
「どう思うと聞かれてもなぁ……」
英単語を綴りつつ、八重樫のことを考える。教員の中では若い。そして、可愛い見た目をしている。でも、これを蒼乃に言っていいものか悩む。
「正直に言って」
「はい。……可愛らしい人かな……」
長く喋ると墓穴を掘りそうだったので、律は簡潔に嘘なく答えた。ちらりと横に座る蒼乃の顔を見る。特に顔色は変わっていない。
「律は可愛い人と綺麗な人、どっちが好み?」
「タイプなんて考えたことないよ……」
本当のことだ。恋愛とは無縁の生活をしていたので、友達ともそういった話題をしてきてない。今考えれば、周りは気を使って話題を振ってこなかったのかもしれない。
「どっち?」
蒼乃の手がテーブルの下にある律の太腿を触る。布地の上からでもぞわぞわする。
「私は蒼ちゃん一筋ですので」
「そういうところずるい」
不正解を言ったら機嫌が悪くなりそうなのに、蒼乃の方がずるかった。
「私は英語の宿題をやりますよ」
律は改めてシャーペンを握り直したが、蒼乃の手は太腿に置かれたままだった。
「あの、アイス食べないと溶けちゃうよ……?」
「片手で食べられるから心配しないで」
叩くほどでもないと判断し、律はそのまま宿題に戻る。考え込むたびに手が動くので、勉強が捗ったりしない。別方面に捗りそうだった。ファミリーもいるフードコートなのに。
アイスを食べ終えた蒼乃はスマホを取り出していた。蒼乃の貴重な時間を奪っている自覚はあったので、急ぎめに問題を解いていく。
「蒼ちゃんはさ、勉強中になにか音楽聴いたりとかするの?」
ただ待たせるだけも忍びなく、急ぎながらも世間話を振ってみた。
「聴かない。でも、解き終わったら律の写真を見るって決めてる」
「お、おう……。お気に入りの写真とかあるの?」
自分で聞くのも恥ずかしい話だが、なにを見られてるのかは気になった。
「最近はこれかな」
見せられた写真は横から律を撮ったものだ。顔も耳も真っ赤。……背景から察するに新年早々カラオケに行った時だと思われる。
「隠し撮りだぁ!」
「気づかないほどのぼせてる律が悪い」
気づかないうちによからぬ写真も撮られていそうだ。
「私も蒼ちゃんの恥ずかしい姿を撮りたい……」
「律に余裕がないうちは無理じゃないかしら」
一生無理だ。律は諦めて宿題を再開する。
期末試験のために必死に勉強をしたおかげか、前よりもスムーズに問題を解くことができる。そもそも二学期の総まとめとしてプリントの内容が構成されているようだった。
「律、またそこのスペル間違ってるわ」
しかし、スペルミスは直らない。多分間違えてインプットされてしまっている。
「私が見ている限りで三回目だけれど、わざと間違えてない?」
「素で間違えてます……」
太腿をにぎにぎされる。あまり内側を触らないでほしい。
分からないところは蒼乃に聞きながら真面目に進めたところ、思っていた時間よりも早くに宿題を片付けられた。あとは小テストを乗り切ればいい。
「お疲れ様、律」
「ごめんね。ありがとう。待っててくれて」
「いいの。律と一緒にいられたから」
元々近い距離にいたものの、さらに蒼乃が律の方へ寄ってくる。肩と肩が触れた。
律がプリントと筆記用具をしまうのを待ってから、太腿にあった手が律の手を掴み、指と指を交互に絡める。
「このあとどうする?」
律的にはこのままフードコートでまったりしてもいいし、買い物をするでもよかった。
「律の行きたいところでいい」
「行きたいところかー。そうだ、次の遠出する時のデート計画を立てよう」
二人で蒼乃のスマホを見る。とりあえずオススメのデート先を調べてみた。
「スケート! スケートいいな!」
律が食いついたのは都内のスケート 場だったが、スケートリンクなら地元にもある。
「律、滑れるの?」
「小学生の時は滑れたよ。蒼ちゃんは……余裕で滑れそうだよね」
「まぁ、滑るだけなら」
「それなら冬のうちに遊びに行かない?」
「いいわよ」
「やった! 帰りに買い物もできる立地だし、一日中一緒に遊べるね」
デートはいつでも楽しみだが、スケートは数年ぶりな事もあって、なおのこと楽しみだ。
「帽子もあった方がいいみたいね」
蒼乃がきっちりとスケート場の公式サイトを読み込んでいる。
「私ね、めちゃくちゃ帽子似合うんだよ」
律の自慢できることの一つだった。オシャレな帽子から麦わら帽子までなんでもかぶりこなせる。
「律って頭小さいものね」
頭のサイズなんて測ったことない。律は繋いでない方の手で蒼乃の頭を触ってみた。よく分からない。
「もうちょっとゆっくりしたら帽子見に行ってみよう」
◆ ◆ ◆
「律、これなんて似合いそう」
耳まで隠せるもこもこのニット帽を蒼乃が持ってきた。
「なんか防御力高そうだね」
「律が万が一にでも転んだら困るから」
理由はともかくとして、せっかく選んでくれたものなのでかぶってみる。暖かい。
「似合う。可愛い」
そう言って蒼乃は無許可に写真を撮る。蒼乃は楽しそうに「こっちもかぶって」といろいろな帽子を持ち寄ってきた。
「全部可愛い。買えるなら全部買ってあげたいくらい可愛い」
「それはどうも」
めちゃくちゃ褒められるので照れてしまう。
「でもツバがあるのはやめましょう」
「どうして?」
「キスする時に邪魔だから」
なるほど。確かに。スケートリンクでキスなんてしないけど。
「やっぱり最初のニット帽が一番安全かしら。黒と白とベージュがあるけれど、どれも似合うわ」
防御力優先で話が進んだ。個人的には黒が一番無難かなと思いつつ、そう言っていつも小物は黒が多くなりがちなことを思い出した。
「蒼ちゃんは買わないの?」
「律が選んで」
「じゃあこの帽子の色は蒼ちゃんに任せるね」
蒼乃の顔を今一度見る。忖度なしに美人さん。
ツバつきの帽子がダメなら、蒼乃もニット帽がいいかもしれない。ただ、耳当てがないタイプの方が似合いそう。
律は目の細かいニット帽を手に取り、蒼乃にあわせてみる。なかなかに似合う。次はもふもふしたタイプを選んでみた。これも似合う。
帽子が似合う称号は、律だけのものではないのかもしれない。
「やっぱり大人っぽい方が似合うかなー」
モデルが輝いているので、シンプルな白いニット帽を選んだ。それにあわせて蒼乃も律に白いデザインを選ぶ。
「学校にもかぶってこようかな。あったかいし」
会計の時にタグを切ってもらい、律は買ったばかりのニット帽をかぶった。「どう?」って蒼乃に聞くと、答えるよりも先にまた写真を撮られる。
「買い物して浮かれる律も可愛い」
フードコートを出てから何回可愛いと言われただろうか。
「律」
蒼乃がスマホをしまい、手を差し出してくる。律はその手を握り返した。
「当日手袋忘れないようにね」
「そうか。滑るならいるよね。蒼ちゃんと常に手を繋いでるから、手袋のこと忘れてたよ」
「……片時も離さないで繋いでいたい」
「あはは……」
文字通り片時も離さないつもりだろう。怖い。




